第104話 サムライだけの氾濫か
「いやまあ十指は大袈裟であったな。足もあわせて二十といったところか」
「なら最初っからそう言ってくださいよ!」
ああ、ツッコんじゃったじゃないか。フォンシーがお腹押さえて笑ってる。足ってところが笑えてたのかな。よくわかんないとこでツボに入るよね。
「そうか? ならば此度の氾濫が終われば、そのときはどうであろうな」
「そういうのは勝ってからです」
「ほう、乗り気であるな」
べつに乗り気ってわけじゃないけどさ。それでもやっぱりねえ。
「やるぞ!」
「……おう」
ウルとザッティが真っ先に賛成、っていうか最初っからやる気だね。
「やります」
「や、やるわっ」
シエランはあったりまえみたいに、ミレアもいつもだったらそうなんだけど、さっきから緊張しっぱなしでなんか可哀相だね。
「足の指のままでも悪くないが、笑った手前やるしかないな」
最後はひねくれたフォンシーだ。
はい、『おなかいっぱい』は参加決定ってことで。
「俺たちだって王都組みたいなもんです。やります!」
ギリーエフさんが言いきった。ここの出身だもんねえ。
「どうだ親父殿。ベンゲルハウダーの冒険者はなかなかであろう」
「うむ、実に心強いな。『おなかいっぱい』に『夜空と焚火』よ、感謝する」
「そ、そんなっ!?」
ギリーエフさんはほとんど悲鳴だ。王様にお礼言われたなんてねえ。感謝されてるのに脅されてるみたいになってるよ。
「それで、時間とかいいんですか?」
「であるな」
氾濫の真っ最中なのに、こんなとこで時間使ってる場合なのかな。
オリヴィヤーニャさんと顔を見合わせてから、一緒に王様の方を向いちゃったよ。これじゃあ仲良しみたいだ。なんかヤだなあ。
「氾濫が確認されたのは五日前、52層だ。迷宮の形状を考慮し、43層で受け止めることになっている。あと一日といったところか」
「オーブルターズの手際か」
「そうだ。此度も鎮圧指揮を委ねた」
なるほど、氾濫から上の階層で待ち受けるってことかあ。すごいこと考えるね。
それと、また知らない名前だ。オーブルターズ?
「オーブルターズを知らんのか。あそこのメッセルキール公の息子で、ほれ『ライブヴァーミリオン』にいるクリュトーマの旦那だ。コーラリアとユッシャータの父親だな」
「ええええ!?」
聞いてないよ、それ。『ライブヴァーミリオン』とはあんまし話しなかったし。
「強いぞ。本人は超位ジョブ持ちだ。ああ、あやつのことはいい。それで敵は?」
「鎮圧に参加させるならば、そちらの説明が先だったろうに」
王様がため息だよ。ボクも勢いでやるって言っちゃったけど、まずはなにが出てくるか訊いておく方が先だったね。
「サムライだ」
「……サムライか。キールランターならではだな。種別は?」
「確認できただけで、全てだな」
「全て、だと」
なんだそれ。いやいや、サムライは当然知ってるよ? けど、そういう話じゃないよね。モンスターがサムライ?
「サムライオーク、サムライゾンビ、サムライマミー……。他にもだ」
「質の悪い冗談に聞こえるが」
「70層から90層にいるサムライ種だけの氾濫だ。それらが何故か52層に大量発生した。余としても意味がわからん」
「サムライだけの氾濫か」
やっぱりモンスターのことなんだね、サムライ。名前でどういうのかは想像できるけど……、カタナ持ったゾンビとかヤだなあ。サムライ、カッコイイのにな。
「繰り返しになるがベンゲルハウダーの助力に感謝する。明日までの時間を準備に充ててほしい」
「ここには宿泊することもできる。部屋を用意させてもらおう」
王様に続けて第一王子様が助かることを言ってくれた。だけどさあ。
「あの、パリュミとサータッチャを『安全』なところに」
迷宮の真上だからとかそういうんじゃなくって、あのなんとか侯爵から離れたトコがいいなあ。
「……安心してほしい。ここは様々な意味で『安全』だ」
ああ、第一王子さまはわかってくれてるんだね。ならいっか。
二人はレベル23のソードマスターだから、危なくなったら逃げればいいんだしね。ジョブチェンッジしてレベリングもしたんだよ。フィルドさんが大喜びだったんだ。
「んじゃ、二人は氾濫が終わるまでお留守番だね。そのあとで王都を見て歩こうよ」
「わかりました」
「うん。待ってる」
よしっ、パリュミとサータッチャのためにもがんばらないとね。
◇◇◇
「準備に一日だね。どうしよう」
騎士さんに部屋を案内してもらって、そこでお話し合いだ。
ここにいるのは『おなかいっぱい』と『夜空と焚火』、それともちろんパリュミとサータッチャだね。『一家』と『白の探索者』は現場を見に行くんだって。
「モンスターの資料を読んでおくのがひとつ。必要ならジョブチェンジとレベリングだな」
まあフォンシーの言うとおりだね。
「ラルカとウルもちゃんと読んでおけよ?」
「おう!」
なんでボクたちだけ名指しなのさ。
「ジョブチェンジってお前ら、一日しかないんだぞ」
「必要だったらね。今のウチなら……、ラルカとフォンシーかしら。わたくしは状況を見ながら現地でハイニンジャね」
「おいおいミレア。今からそこまでやるのかよ」
ギリーエフさんが呆れてるけど、ここはジョブチェンジだってボクも思う。
「フォンシーはヘビーナイト?」
「そうだな、せいぜい硬くなっておくさ」
フォンシーはナイト系に慣れてるだろうし、盾で受け止めてから魔法攻撃って感じだろうね。
ミレアも本当だったらここでジョブチェンジなんだろうけど、まーだINTを上げる気だよ。
「そうか、そうだな。ハドル、ナティルド、ジョブチェンジして前衛だ。『おなかいっぱい』に負けてられるか」
「ああ」
「わかってるさ」
ギリーエフさんたちもやる気だね。
『夜空と焚火』はだいたい七ジョブで、全員がプリーストを持ってるはず。ウィザードとエンチャンターもいるし、前衛ジョブになっておけばあとはレベルを上げればやれるはずだ。
迷宮で助けてあげて、レベリングしてたころが懐かしいよ。こないだのヴァンパイア氾濫でもがんばってたみたいだし、明日も期待してるね。
「ラルカはどうするの?」
「むふふ、ニクシィさん、それはジョブチェンジしてからのお楽しみですよ」
「なにか悪い顔ね。まあ楽しみにしておくわ」
じつは次のジョブ、みんなで話し合ってもう決めてあったんだよ。ホントはナイチンゲールをもうちょっと上げるつもりだったけど、氾濫ってなったらやっぱり前衛じゃないとね。
「そいじゃ、王都の協会事務所だね」
◇◇◇
「王都の協会って、ちょっと緊張するね。怖い人とかいたりして」
「ベンゲルハウダーと違ってキールランターはステータスが有料だし、大人しかいないかもしれないわね」
「ミレア、怖い?」
「そんなことあるわけないわ!」
当然冗談なんだけどね。いまさらミレアが怖がるわけないし、フォンシーやシエランだって慣れたもんだよ。冒険者の人たちなんて、怖いっていうより頼もしいって感じだよね。
「さてここだ。入るのは俺たちも初めてなんだけどな」
ギリーエフさんが先頭で協会事務所に突撃だ。
迷宮からここまで五分も歩いてないよ。どうせなら一緒の建物にしちゃえばいいのにね。
「おいっ、アレ見ろ」
「若いな。あれってまさか」
「見たことないけど、関係者か?」
なんだこれ。事務所に入ったら中にいた冒険者たちがこっち見てひそひそ話をしてる。視線が『おなかいっぱい』を向いてるね。関係者? どういうこと?
やっぱりボクたちが小さいのが気になるのかなあ。
「な、なあアンタら」
「はい?」
近くにいた冒険者さんが話しかけてきたけど、なんかオドオドしてる。
「もしかして『訳あり』か?」
「あー、そういうことですか」
なるほどなるほど、わかっちゃったよ。『ブラウンシュガー』から聞いてる。あの子たち、王都でも大活躍したんだってね。
「知り合いはいますけど、違います。ボクたちはベンゲルハウダーから来たんです」
「そ、そっか、悪かったな」
「いえいえ、ボクたちあんなに強くないですから。それでもがんばります」
ホント、『訳あり』は有名なんだね。
「お前ら、氾濫に出るのか」
「そうだけど、やっぱり頼りなく見えますよね」
こんどは別の人がすっごい心配そうな顔してるよ。王都の冒険者もいい人そうだね。
「そうか……、王都のためにありがとよ」
「あ、そうだ。『ステータス・ジョブ管理課』ってどこですか?」
人が多くって窓口が見えないんだよね。
「……まさか、ジョブチェンジか?」
「そうですけど」
「前日だってのにか」
「これから急いでレベリングするつもりです」
「そうか……」
あれ、おじさんなんかプルプルしてるよ。マズいこと言っちゃったかな。ジョブチェンジしたいだけなんだけど。
「てめえら道あけろ。『戦場の女神』がお通りだ!」
おじさんが叫んだら、ざざざって道ができたよ。窓口まで一直線だ。あそこが『ステータス・ジョブ管理課』なのかな。
「さっ、行ってきな。俺たちも戦うぜ!」
「あ、えーと、ありがとうございます?」
それはおいといてさ、これって絶対『訳あり』がなんかやらかしたんだよね。『戦場の女神』ってなんなのさ。
「ここでジョブチェンジかよ。すげえ度胸だ」
「『千匹斬り』を思い出すな」
「銀髪のハスキーセリアンか、雰囲気あるな」
「あの三毛猫セリアンの嬢ちゃん、アレはやるぜ。俺にはわかる」
あ、わかっちゃう?
「ラルカ、褒められるぞ。やるな」
「ウルもだね。こりゃもうやるしかないよ」
「……オレもやるぞ」
「ラルカの度胸は相変わらずね」
「これくらいの方が、らしくていいさ」
「そうですね」
横でみんなが勝手なこと言ってるけど、ボクはちょっと機嫌がいいよ。すんごいやる気が出てきた。
ほらほら『夜空と焚火』のみんなもポケってしてないで、さっさと行こう。ジョブチェンジだ。
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