第97話 すぐに地上を目指すのは無理があるね
「あった。元の場所だね」
下に降りる階段は元通りの場所にあった。まずは一安心、なのかな?
「降りたところが22層なら、ね」
ミレアが渋い顔してる。そっか、この下がどうなってるのかわかんないんだ。降りるなって言われてるけどね。
「けれど、ここがまず間違いなく21層だってわかったのは大きいわ」
ここまで出てきたモンスターと通路や広間の全部が21層だったんだ。これで別の階層だって言われたら、迷宮自体が信じられなくなっちゃうくらいにね。
「それよか今は上への階段だよ」
「ええ、行きましょ」
「あれ? 誰かくる」
出発しようとしたとこで、階段を誰かが登ってくるのに気がついた。モンスターとかじゃないよね?
「やあ、ここで会うのは珍しいね」
「よかったあ」
階段から出てきたのはリーカルドさんたち『ヴィランダー』だった。
「良かった? なにが?」
「それがですね、ああいや、歩きながらお話しましょう。とにかく行きましょう」
「あ、ああ」
なんだか意味がわかってないだろうけど時間がもったいないよ。『層転移』のことは動きながら説明だね。リーカルドさんたちも首を傾げながらついてきてくれた。
「なるほどね。下は間違いなく22層だったよ」
「じゃあやっぱり」
「話を聞く限り、僕も『層転移』の可能性が高いと思う」
21層を歩きながらお話したら、リーカルドさんも『層転移』じゃないかって思ってくれたみたいだ。やっぱりみんなそう考えるんだね。
「ラルカっ!」
「あっ」
そんで三十分くらいかな、ウルが指さした先にあったのは、あんなトコに無かったはずの階段だった。
「登ってみるのはナシかなあ。今なら二パーティだし」
「『おなかいっぱい』のレベルは?」
「えっと、20くらいです」
「ウチも一緒くらいかな。けど、そっちのほうが強いね」
『ヴィランダー』は強さより稼ぎを大事にしてるパーティだ。稼げる階層を狙って潜ってるから、そこまで気合入れてレベリングをしてないみたい。
最初の氾濫のときは『ヴィランダー』の方が強かったけど、今なら『おなかいっぱい』の方がジョブが二個くらい多いんだよね。ほら、ウチと『十五個』が巻き込まれたテレポータートラップとかもあったし。
「わかりました。『おなかいっぱい』が先で行きます」
「悪いね」
リーカルドさんが言ってるのはもしものときだ。階段を上がってすぐにヤバいのがいたら、逃げるしかない。最悪、奇跡を使ってもだね。
「大丈夫です。ウルとボクは速いですから」
「そうか。とにかく気を付けて」
『誉れ傷』や『錨を上げろ』はボクたちと同じくらいの強さだし、待ってる時間がもったいない。
「20層はマズいからな」
フォンシーも真面目顔だ。ホントに20層が『層転移』してたら、巻き込まれた冒険者がいるかもしれない。なんてったって20層は昇降機の終点になってる層なんだよね。昇降機を降りて17層まで歩く途中。この時間なら誰がいたっておかしくないんだ。
とにかく確かめなきゃならないよ。だから『おなかいっぱい』が先で『ヴィランダー』が後に続いて階段を登る。
『層転移』が確定だとして、一番マシなのは浅い層と入れ替わってることなんだけど、さあどうなるかな。
◇◇◇
「これは……」
「……マズい」
珍しくシエランとザッティが弱気な声だ。だけど気持ちはわかるよ。
階段を登り切った先にはきっちりしっかり、モンスターがいた。
「ヴァンパイア。しかもあれって」
本物は初めて見たけど、ボクもアレは知ってる。ヴィットヴェーンのごたごたがなかったら、次の目標だったから。いやいや、次の次かな。だからあいつらのこと、資料とかにあった絵を見て覚えてるんだ。
「ヴァンパイアロードとプリンセスです」
シエランが断言する。ならやっぱりそうなんだ。
金髪で青白い顔をして、貴族さまみたいな紺色の服を着てるのがロード。もうひとつは血の色みたいなドレスを着た多分女の人、それがヴァンパイアプリンセス。
「逃げるぞ!」
フォンシーが叫んだときにはもう遅かった。青白い光が周りを囲んでる。バトルフィールドだ。
「リーカルドさん、階段降りて!」
「だ、大丈夫なのかっ!?」
「いいから! 『BFW・SOR』!」
「『BF・AGI』!」
ボクに続けてウルもバフを掛けてくれた。AGIバフの相手はフォンシーだ。そのまま二人で前にでる。たぶんシエランも続いてくれてるはず。
ニンジャに慣れてないフォンシーと、カラテカのザッティは後ろのままだ。エンチャンターのミレアも、もちろんそう。
「うおっ!?」
「ウル!?」
気が付いたらウルが吹き飛ばされてた。盾で受けたみたいだから怪我はなさそうだけど、敵が速すぎる。ジョブチェンジのあとだからレベルが足りてないんだ。全力だして戦えば勝てるかもだけど、ここでムキになっても後が続かないよ。
「フォンシー!」
「『ラング=パシャ』!」
フォンシーが奇跡を起こす。『確定逃走』でボクたちはバトルフィールドから追い出されて、そのまま階段から転げ落ちた。
「ウル、レベルは?」
「盾で受けた」
ヴァンパイアはレベルドレインを使ってくるからね。無事でよかったよ。
「大丈夫だったかい?」
「レベルを二つ使ったよ」
「……そうか。それでも無事で良かったよ」
「まあな」
リーカルドさんたちが駆け寄ってきて、それにフォンシーが答えた。眉をしかめて悔しそう。
でも一番大事なことはわかったと思うんだ。だよね?
「78層だ」
「わたしもそう思います」
「そうね。同感よ」
フォンシーとシエラン、ミレアが続けて言った。よかった、三人ならちゃんと確認してくれるって思ってた。
「ヴァンパイアロードとプリンセスが階段前にいて、玄室の大きさもおおよそ確認できた」
「フォンシーたちは行ったことがあるのかい?」
「いいや、けれど地図は知ってる。絶対とは言わないけど、あそこは78層だと思う」
「……わかった。すぐに地上を目指すのは無理があるね。とりあえず集合場所に行こう」
これでもう異変は『層転移』で確定だ。しかも入れ替わったのは20層と78層だ。どうしよう。
◇◇◇
「マズいねえ」
昇降機を背中にしてオランジェさんが腕を組んでる。
『おなかいっぱい』『誉れ傷』『錨を上げろ』そして『ヴィランダー』の四パーティで相談中だよ。
「『一家』と『エクスプローラー』が揃っていない時にこれだ。どうしたもんだか」
「いいかな?」
唸ってるオランジェさんを見て、フォンシーが手を挙げた。
「リーカルドの話だと『センターガーデン』は地上だ。それと『白の探索者』もだな」
リーカルドさんがクランリーダーをやってる『センターガーデン』、それとベンゲルハウダーに残ってる『エクスプローラー』で『白の探索者』。フォンシーが並べたのは78層でも戦えそうなパーティだ。
「『ナイトストーカーズ』は正直わからないけど、それでも下にいるような気がする」
あとはディスティスさんたち『ナイトストーカーズ』かあ。他にもなんとかできそうなパーティはいるだろうけど……。
「戦力の話はわかったよ。それでどうするんだい?」
「あたしたちは下を目指すしかないと思ってる」
「下、かい」
オランジェさんとフォンシーがにらみ合ってるみたいになっちゃったけど、そうするしかないんだよ。違うか、『おなかいっぱい』はそうしたいんだ。
「ああ、迎えにいく」
「いるかどうかもわかんないんだよ?」
20層から78層に飛ばされた冒険者がいるかもしれないんだ。
ボクたちは助けにいかなきゃなんない。もちろん確認なんかできてないけど、それでもだよ。
「誰もいなかったとして、そのときはレベリングとでも思うさ」
「……パーティを分けようか。ウチはこの場で上がってくる連中を待つ。『錨』はレベリングで、『おなかいっぱい』と『ヴィランダー』は78層を目指しな。いいかい?」
オランジェさんがみんなを見渡しながら言った。
「わかりましたよ。やりましょう」
リーカルドさんが頷いた。
今やらなきゃならないのは下に助けにいくのと、ここに来た人たちに説明することだ。いざってときのためのレベリングもだね。
ホントは全員で下にいきたいけど、異変の真っ最中だし、なにがあったか知ってる人がここにいないとマズいかもしれない。誰かがいなきゃなんないんだ。
「『ファーストライド』を忘れてもらっては困るな」
「ディスティスさん。いたの?」
思わず敬語が取れちゃったよ。なんかあっさり会話に入ってきたのは『ナイトストーカーズ』のトップパーティ、『ファーストライド』のディスティスさんだ。いつの間にきたのかなあ。
「俺たちは迷宮と共にある」
「……カッコいい」
やめようよ、ザッティ。あの人たち絶対ヘンだよ?
「わかったわかった、アンタら三パーティなら安心だ。暴れてきな」
「なあオランジェ、俺たち中途半端じゃないか?」
『錨を上げろ』のリーダーさんが苦笑いだよ。ワザとなんだろうけど、それでも盛り上がってきたね。
「ヘタしたらヴァンパイアが降りてくるまであるんだ。下の方が安全かもねえ」
「残ってやろうか?」
「止しとくれよディスティス。『冒険者は見捨てない』、だろ?」
「違いない」
笑いながらする会話なのかなあ。でもまあ、『冒険者は見捨てない』。当然だね!
「……オランジェもカッコいい」
ザッティ、ほら行くよ。誰かが待ってるかもしれないんだから。
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