第96話 一番あり得そうなのは……、『層転移』かもしれません




「せっかくヴァハグンになったのにさ」


「そう言うな、ラルカだってわかってるんだろ?」


「うん。そんなことよりヴィットヴェーンだもんね。もう着いたころかなあ」


『一家』や『オーファンズ』が出発してから三日、ボクたちは新しいジョブのレベリング中だ。

 ステータスの高い冒険者が旅をするってなると、もう走る。とにかく走るんだ。レベルアップしてVITとSTRが高ければ冒険者は馬車よりも速くいけるみたい。ボクはやったことないけどね。


「ステータスってすごいわよね」


 ニンジャを後回しにしてエンチャンターになったミレアがモンスターを焼き払いながら言った。なんかしみじみしてるね。


「華奢だったわたくしが大人の何倍も力持ちなのよ」


「自分で華奢って言うんだあ」


「うるさいわよ、ラルカ。なのに体形は全然変わってない。不思議よね」


 ベンゲルハウダーに来てからこんなのが当たり前で、こういうもんなんだって持ってたけど、言われてみればそうかもね。大人の人たちから見たらすごい不思議らしいし。

 力持ちは体がおっきい、村じゃもちろんそうだったし街でもそうだったんだ。ステータスねえ。


「でも、それのお陰で冒険者ができてます」


「そうね、シエラン。ありがたくこの力を使わせてもらうわ」


 なんだか難しいこと話してるけど、ほらほら、目の前の敵が先だよ。



「『稲妻』パンチ!」


 ヴァハグンは殴りジョブだ。それだけだとカラテカとかモンクとカブりそうだけど、そうでもないんだよね。

 もってるスキルそのものは技じゃなくって、たとえば『稲妻』はパンチのスピードが上がる感じなんだ。右でも左でも、真っすぐでも今みたいにフックでも、全部。


「手足にバフがかかる感じ?」


「んとね、どっちかっていうと体全体がわかるって言うのかな。てかミレア、パンチは体全部で打つんだよ?」


「それは、そうなのかしら」


「剣だってそうだよ。ナイト系やってたんだし、ちゃんとスキルトレース考えないと」


 まったくもう。『オーファンズ』でカラテカは当たり前ってなってるのが分かる気がするよ。体の使い方の練習になるもんね。


「う、ウィザードで、そっちに慣れてたから」


「次はニンジャなんだから、足さばきだけでも練習だね」


「わかったわよ!」


「ウルが教えてやる」


 ウルがしっぽを振りながら話に入ってきた。


 パーティハウスの庭に、いちおう訓練場があるんだよね。芝生しか生えてないけど。家を造るときにみんなでいろいろ注文したけど、ウルが希望したのが芝生だったんだ。

 家に住むようになってまだ三日だけど、一日一回、朝ボクが起きる前に芝生を突っ走ってるみたい。早起きで元気だね。



「……それで、どうする?」


 ザッティが訊いてきたのはボクたちがここんとこ三日、ずっと考えてることだ。


「できるなら、行きたいですね」


 ヴィットヴェーンに行きたいってシエランは言ってる。ボクもなんだよ。けどさ。


「ここを守るために残れと言われれば、な」


 ため息まじりなのはフォンシーだ。ミレアなんかも、どっちかっていうと残るって側。オリヴィヤーニャさんに言われちゃったから。

 けど、本心だと二人とも行きたいんだろうなあ。


「ウルはどう思ってるの?」


「ん? 強くなってからじゃないと、どうしようもないんだろ?」


「だねえ」


 ウルは真っすぐだったよ。それがボクらの答えだ。


 ヴィットヴェーンの話が飛び込んできたのがジョブチェンジのすぐ後だったからさ、行くにしても残るにしたって、強くなってからってことだ。特にエンチャンターになったミレアのVITとSTRが心配でさ。パーティで一番低いし、エンチャンターだと補助ステータスが入らないから、走って旅するのはちょっとね。



「もう少しでコンプリートよ。それからニンジャになって一日あれば、いけるわ。けど」


「行くかどうかもひっくるめてだもんねえ」


 ミレアとザッティがレベル19、フォンシーが18でシエランとウルは17、そいでボクがレベル15。うん、上位三次ジョブは経験値が重たいねえ。


「『冒険者は気ままに生きる』かあ」


「冒険者を縛る法が、今のところはないのよね」


 ミレアはそのへんに詳しいみたい。たとえオリヴィヤーニャさんとレックスターンさん、つまり迷宮総督や領主さまだってボクたちを縛りつけることはできないんだって。そういう決まりがないから。

 もちろん街の人として悪さをしたらダメだし、冒険者のルールはあるよ。


「こうも迷宮異変が続けば、いつかは、か。あたしはイヤだな」


 フォンシーってそういうの嫌いっぽいもんね。


 こないだの黒門氾濫のときだけど、ベンゲルハウダーに来たばっかりの冒険者が何人か逃げたみたいなんだ。べつにそれはダメってことじゃない。氾濫が終わってから戻ってきた人もいたし、そのままいなくなっちゃった人もいた。

 もし『訳あり』が来なくて地上にデーモンが上がってたら、もっとたくさん逃げてたかもしれない。


「意地を張るなら強くなれってね。ボクはもうちょっとのんびりしたいんだけどなあ」


「強くなってからのんびりすればいいんじゃないか?」


「ウル、それってできるの?」


「ウルはやるぞ!」


 ならやるしかないか。



 ◇◇◇



「ホントにコンプリートでいいの?」


「わたくしはかまわないわ」


「……オレはまだ上げる」


 いつもよりか遅い時間になったけど、ミレアとザッティがそれぞれエンチャンターとカラテカをコンプリートさせた。レベルは22だね。

 ミレアはここでジョブチェンジだって決めてたみたい。


「INTはオーバーエンチャンターか上位三次で稼ぐわよ。いざとなったらハイニンジャでも上がるんだし」


「じゃあミレアのニンジャを上げたら、それから会長さんに相談だね」


 なんの相談かって、そりゃもちろんヴィットヴェーンに行っていいですかってことだよ。あとでオリヴィヤーニャさんに怒られるかもだけど、それでもかまわないってボクは思ってる。

 だからフォンシーとミレアにお願いしたんだけど、黙っていくのはやっぱりよくないから、会長さんとお話しようってことになったんだ。



「あれ?」


「なんかおかしいぞ」


 気付いたのはボクとウルだ。


「……どうした?」


「それがねザッティ、昇降機が止まるのがいつもより早い気がするんだよ」


 ボクたちが乗っていたのは24層から20層まで帰る昇降機なんだけど、いつもよりほんのちょっと止まるのが早い気がする。いやいや、ウルもそう思ったんなら、これはもう気のせいじゃない。


「とりあえず降りてみよっか」


「気を付けましょう」


「シエラン、なんかあるの?」


「……可能性ですけど。降りてからですね」



「21層だ」


「だねえ」


 こういうときに先頭を切るのがウルとボクだ。そいでまたもや意見が合った。昇降機を降りた通路をちょろっと確認したから間違いない。

 ここって20層じゃない。21層だ。なんで?


「つまり昇降機が20層に行けなかったってことか」


「そうですね。一番あり得そうなのは……、『層転移』かもしれません」


 フォンシーとシエランが頷きあった。

『層転移』っていうのは迷宮の階層そのものが別の階層と入れ替わっちゃう迷宮異変だ。中にいるモンスターと、もしそこいたらだけど冒険者も一緒に。


「そうだったら、どうなるの?」


「『層転移』だとしたら、20層がどこかと入れ替わったと思います」


「確認できるの?」


「……上への階段、ですね」


 どゆこと?


「階層ごとに階段の場所は変わりますから」


「元の場所に階段が無ければ、20層が無くなってるってことね」


「そうです」


 ミレアもシエランが言いたいことがわかったみたいだ。なるほどねえ。


「じゃあやることは、20層への階段がどうなってるか、だね?」


「はい」


「行こう!」


 ボクたちは迷宮に駆けだした。



 ◇◇◇



「あっ!」


「アンタらも来たか」


「オランジェさん」


 そこにいたのはオランジェさんたち『誉れ傷』と『錨を上げろ』だった。なんでそこにっていえば、そりゃもう。


「階段が、ありませんね」


「そうさシエラン、気付いてたのかい?」


「想像だけは、していました」


「『層転移』だ。間違いないと思うよ」


 オランジェさんの答えも同じだった。


「もしくは誰も知らない異変かもねえ」


 あ、そうでもなかった。そういう考えもあるんだね。


「けどまあ、いくつか扉を開けたんだけどね、今のとこ出てきたのは21層のモンスターだった」


 変な言い方だけど、21層は21層のまんまだってことかな。



「じゃあ、どうするんです?」


「上への階段を探すしかないね。ここにいるのは全員昇降機から来た連中だ。そこ以外を手分けして探そうか」


 そんな風に言ってオランジェさんはみんなのジョブとレベルを確認してく。

 テキパキしてて頼りになるよなあ。


「どこで落ち会うんだ?」


 そいでフォンシーもだよ。そういうとこまで気が回るんだね。


「わかりやすいのは昇降機の前だねえ。もしかしたら戻ってくる奴らもいるかもしれないし」


「なるほど、わかった」


「いくら21層だからって異変は異変だよ。どんなモンスターやトラップがあるかわかりゃしない。気をつけな」


「おう」


『錨を上げろ』のリーダーさんも頷いた。


「『おなかいっぱい』は22層に行く階段を通ってみておくれ。降りなくていい。確認するのは階段の有り無しだけだ」


 ここからだと一番近くの区画になるね。楽なトコを回してくれたのかな。


「『錨』は北西、アタシたちは南側全部だ」


 ボクたちは北東側だね。


「階段を見つけられなくてもいい。三時間で集合だよ。モンスターの種類も確認だ」


「はいっ!」



「『一家』がいないってのに、まったくもって面倒ごとだね。さあ、キビキビやんなあ」


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