第92話 ムリしないでがんばります
「100層……、マジかよ」
「いや、こないだの氾濫で出てきたのってレベル100以上のモンスターだったろ。行ける余地はあったのさ」
「しかしそれでもやってのけるとはな」
「いやいや『一家』ってヴィットヴェーンでも100層に行ったって話だぞ」
「負けてられないな。俺たちも続くしかねえ」
事務所がざわざわしてるねえ。でもどっちかっていうと、冒険者たちはやる気みたいだ。『一家』に続けって感じだね。
『おなかいっぱい』は、まあだいぶん先の話だねえ。今はパーティハウスだし。
「そしてだ、われは今からジョブチェンジをする」
そう言いながらオリヴィヤーニャさんがずかずかって足音を立てて『ステータス・ジョブ管理課』の窓口に向かった。受付のサジェリアさんがちょっとビクってしてるね。
それにしたって、いまさらジョブチェンジでここまで大袈裟なの?
「これよ。手に入れるのに苦労したが、初回のワイバーンで引けた。運とは面白いモノよ」
「『ニーベルングの指環』」
オリヴィヤーニャさんが通り過ぎるちょっと横に立ってたのは、『誉れ傷』のオランジェさんだ。
「おう、そうだとも。そういえば貴様、『ヴァルキリー』であったな」
「ああ。こないだの氾濫でねえ」
すごいなオランジェさん、オリヴィヤーニャさんにビビってないや。そういや前回の氾濫の後でジョブチェンジしたんだっけ。たしかヴァルキリー。
ん? ヴァルキリー?
「そう、われもヴァルキリーとなろう。そして、そしてだ」
妙にためて、それからオリヴィヤーニャさんはインベントリから鎧を取り出してテーブルにドカンって乗せた。もちろん『ヴァルキリーアーマー』だね。そしてこれは。
「これぞ『ヴァルキリーアーマー』よ! 超位ジョブ『アーマードヴァルキリー』への──」
長くなるヤツだ。
「ボクたちはもういこっか」
「おう。一回聞いたから大丈夫だ」
「そういうとこ、ウルって容赦ないよねえ」
「そうなのか?」
◇◇◇
「どれ、われが同行してやろう」
「えー?」
「利害は一致しておろう。50層まで案内してやろうというのだ」
なんで勝手に決めてるかなあ。たしかに今日はもうちょっとだけ潜る予定だったけどさ。
予約したバッタレベリングを三セット終わらせたとこで、オリヴィヤーニャさんとばったり会ったんだ。
しかもひとりで。この人なんで普通に46層歩いてるんだろ。攻撃魔法持ってないよね。バフもだけど。
「いいんじゃないか。今日は48層まで行くつもりだったから、ついでに50層でも」
「フォンシーはわかっておるではないか。案内は重要だ」
まあそうなんだけどね。ボクたちは46層までしか来たことないし、しかもモンスタートラップ部屋の近くだけなんだ。
ジョブも重ねたし、今は前衛がしっかりしてるからレベリングついでに50層まで行ってみようって話はしてたんだよね。もちろん一気にってわけじゃなくて、ゆっくりだよ。とりあえず今日は48層くらいかなあって。
「それにわれも回復が少々厳しくてな。貴様らが一緒だと助かるのだ」
ヴァルキリーになったオリヴィヤーニャさんは、行けるとこまで行こうとしてる途中でボクらを見つけちゃったってワケだよ。
「『マル=ティル=トウェリア』!」
「ほう。ウルラータもなかなかやるではないか」
「そうか?」
「うむっ。やはり速いウィザードはいいな」
結局オリヴィヤーニャさんと一緒に探索してるわけだけど、あっちは二人パーティだ。こっちは五人。
オリヴィヤーニャさんが一人寄こせって言うからさ、誰をって話になったんだ。ウィザードができなきゃダメだろうけどそれなりに前衛もってなると、それがシエランかウルだった。初めてウィザード持ってなくてよかったって思ったよ。
そいで口にできないけど必死の目でなんか言ってるシエランがあんまりにも可哀相だったからこうなったんだよ。
「レベルアップだ!」
「二人パーティだからな。上がりやすいであろう」
「おう!」
なんか仲良しだよ。ウルはすごいなあ。
◇◇◇
「ほれ、アレがゲートキーパー部屋だ」
「あ、ありがとうございます」
オリヴィヤーニャさんが顎をクイってした先にある扉が、どうやら50層のゲートキーパー部屋みたいだ。
いやあここまで来るのは大変だったよ。
ヒュージスパイダーの毒とか、メデューサスネークの石化とか、ドラゴンフライのブレスとか。逆にオーガとかには慣れてたからそっちは楽勝だった。
「やっぱり慣れだな。思い知った」
「そうね。ステータスだけなら60層でもいけるなんて、偉そうに考えていたのが恥ずかしいわ」
フォンシーとミレアがしみじみしてるよ。正直ボクらは調子に乗ってたんだと思った。ミレアが言うみたいに、ステータスだけなら50層なんて普通に歩けるはずなんだ。けれどそうじゃなかった。
「初見のモンスターはキツいであろう?」
「はい。知識はありましたけれど、実際は大違いでした」
大真面目な顔でシエランが頷いた。うん、ホント大変だったよ。
「何をしてくるのかわからぬ。特殊効果もあれば、クリティカルもあり得る。通常攻撃であっても挙動すら読めぬ。そもそもどれほどのステータスなのかもだ」
ボクなんかはしっぽで強さを感じなくもないけど、それにしたって『どんな強さ』かほとんどわかんない。それがこんなにおっかないなんて思ってなかったよ。
氾濫のときなんかは心構えもあったし、必死だったからなあ。
「貴様らは強くなった。ステータスなら今のベンゲルハウダーでも上位の手前であろうな」
「けれど、か」
フォンシーがため息を吐いた。
「冒険者の強さはステータスやスキルだけではないと知れ」
「わかってるさ。氾濫でも今日でも」
「知識もそうだが、実戦経験よ。プレイヤースキルというらしいぞ」
「プレイヤースキルね」
やれやれって感じのフォンシーだけど、目つきがちょっとアレだね。黒門を目の前にしたときみたいに鋭くなっちゃってるよ。オリヴィヤーニャさんが煽ってるのはわかってるんだろうけどさ。
「われら『一家』は常に最深層を切り拓いてきた。全てが初見だ。知識すらなにもない」
それはすごい覚悟だなって思うよ。ホントにすごいしカッコいい。
「さてラルカラッハよ、ここまで聞いてなんと返す?」
「ムリしないでがんばります」
いやいや、乗せられないよ?
迷宮異変でもないと、危ないことはしないから。『冒険者は気ままに生きる』んでしょ?
「らしさか。そうだった」
フォンシーがぽつりって呟いた。さっきまでの目とはちょっと違うね。いっつもみたいに口元がニヤってしてる。
えっと他のみんなはっと。ミレアがちょっと不満そうだけど、シエランとザッティは納得してくれてると思う。ウルはうん、きょとんってしてるね。こりゃ夜にお話し合いかな。
それでも話は続けないとね。
「先頭なんてムリです」
「……ほう」
怖いって。普通にしててもよくわかんない圧があるんだから。
「もちろん強くなるのは続けます。レベリングするし、ジョブチェンジだってします」
冒険者だからね。
「食べてかなきゃならないし、今、家だって造ってます。異変だっていつあるかわかりません」
「そのために強くなる、か」
「はい!」
今の『おなかいっぱい』はそういうパーティだよ。
がんばってるのはボクたちだけじゃない。みんなだ。後から追っかける方が速く強くなれるのはわかってるけど、だからって一番になるなんてムリに決まってる。
「うむ、よかろう。それもまた冒険者だ」
オリヴィヤーニャさんは納得してくれたみたいだけど、なんで普通の冒険者やるのにこんなやり取りしなきゃならないのさ。歩く速さとか目的地なんて人それぞれだと思うんだけどなあ。
「だがいつか貴様らは最深層にいる、そんな予感がするな」
勘弁してよ。
「じゃあそのときに備えて、とりあえず50層のゲートキーパー、やっつけますね」
「その意気だ。やってみせよ」
これくらいは言い返さないとね。
◇◇◇
「『BFW・SOR』」
打ち合わせどおりにボクのバフからスタートだ。前衛ステータスが上がったよ。
目の前にいるモンスターは五体、四つはオーガロードで、ボスはキングトロルだね。シエランから聞いたとおりだ。
「『BF・AGI』」
「『BF・INT』」
続けてザッティとウルがミレアのステータスを上げる。最初はエルダーウィザードの見せ場だからね。その間はシエランとフォンシーが前に出てタンク係だ。もちろんウルもだね。
「いくわよ。『フォルマ=ティル=トウェリア』!」
ドカンドカンってオーガロードが盾を殴るけど、そこにミレアの最強魔法が撃ち込まれた。
ちゃんとギリギリで仲間に飛び火しないトコを狙ってるね。さすがはエルダーウィザードのレベル44だよ!
「やるではないか」
うしろの扉で腕を組んでこっち見てるオリヴィヤーニャさん、相変わらず偉そうだねえ。
「『活性化』『向上』」
「『烈風』」
「『克己』『一騎当千』」
「『渾身』」
「『ハイニンポー:ハイセンス』」
「『ニンポー:四つ身分身』」
全員で一気に自己バフだ。ニンジャ組の三人は、全員四つ身分身で十二人になったぞ。
「さあ、いくよ!」
みんながいっせいに飛びかかった。もちろんミレアは後ろのまんまだからね。勢いで前に出ちゃダメだよ。
「『ヤクト=ティル=トウェリア』」
「やっちゃって、シエラン!」
「『八艘』『三連斬』」
ミレアの魔法を追っかけるみたいにして、シエランがキングトロルに飛び込んだ。
そのまま剣がばばって振られて、そして戦闘が終わったね。うん、バトルフィールドが消えてくよ。
「うむっ! 見事であった」
一個だけ残された宝箱は置いといて、こんな感じでボクたちは全然予定してなかった50層を乗り越えたんだ。
戦ってるより、オリヴィヤーニャさんと話してるほうが疲れたよ。
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