第89話 お前たちが背負子とはな




「家を建てる職人を探しているのだろう」


 事務所のテーブルでミレアのお父さん、モータリス男爵さまが口を開いた。フォンシーのときと口調が変わってるね。


「どこでそれを聞いたの?」


 もちろんやり取りはミレア任せだよ。


「伝手があってな。西側に土地を確保したとか」


「まったくもう」


「そう言わないでくれ」


 ミレアはあきれてるけど、まあ男爵さまは心配してるもんねえ。どっかこっかでミレアの話を聞きつけてるみたいだし。今回はホーウェンさんとかブラウディーナさんとかかな。


「ザダッグは今でこそ庭師をやってもらっているが、元々は大工だ。ザッティは聞いていたか?」


「……知ってた」


 ザッティが頷いた。そうだったんだ。


「そうか。ザダッグ」


「……ワシがやろう」


「というわけだ」


 ザダッグさんが大工さんで『おなかいっぱい』の家を造ってくれるってことね。そいでレベリングもしておけばもっと手っ取り早いってことかあ。皮鎧のときにパッハルさんをレベリングしたのと一緒だね。

 あれ、じゃあ男爵さまは?



「なぜお父様のレベリングまで」


「私とザダッグのレベリング、当然二人分の費用は払う。私の方はな、思うところがあったとしか言いようがない」


 ミレアがちょっと眉をひそめるけど、ボクにはなんとなくわかっちゃった。


「迷宮総督閣下のお言葉だ」


「ああ、貴族に目覚めたのね」


「酷い言われようだが、そのとおりだ、ミレア」


 男爵さまがちょっと笑って、ミレアもそれにつられちゃったね。なんかいい空気だよ。


「パーティハウスの件を聞いてな、いい機会だと思ったのだ。レベリングも一人と二人なら大して変わらないだろう?」


「経験値効率が気になるけど、まあいいわ。お父様はナイトだったわね」


「ああ、ナイトのレベル5だ」


 貴族だねえ。


「条件をどうぞ」


「ジョブチェンジをしてプリースト。それを最低でもマスターで、できればコンプリートまでだな」


「プリースト?」


 ミレアが目を見開いて驚いてる。そこまでびっくりすることかな。プリースト、いいじゃない。


「これから異変が起きたところで、私は戦えるほどにはなれないだろう。ならば1層で医者の真似事だ」


「それがお父様の貴族ですか」


「ああ、今のところはだな」


 うん。いいね。カッコいいじゃないか。


「カッコいいな!」


 あ、ウルとカブったよ。


「そうかね?」


「おう。ミレアのお父さんはカッコいいぞ!」


 あ、男爵さまがにへらってしたよ。ホント、ウルの笑顔は反則だねえ。



「……じいちゃんは?」


「……ワシはソルジャーのレベル6だ。ザッティ、いいジョブはあるか?」


「……STRとDEX、どっちだ」


「……両方。どちらかといえばSTRが欲しい」


「……ファイターだな」


 なんだろ、この会話の間合い。なんかザッティとザダッグさんがにらめっこしてるみたいだよ。

 このまま二人にしてたらお話し合いが倍くらい時間かかりそう。


「えっとじゃあ、男爵さまがプリーストでザダッグさんはファイターでいいんですか?」


「ああ」


「……うむ」


 二人がそろって頷いてくれた。うん、いいんじゃないかな。


「ボクは賛成するよ。みんなは」


 まあ、ザッティとウルはいいんだろうけど。ちゃんと訊いておかないとね。


「あたしは気に入った。面白いじゃないか」


「わたしも賛成します」


「……仕方ないわね」


 ミレアはもうちょっと素直がいいと思うよ。



 ◇◇◇



「お前たちが背負子とはな」


「へへっ、すごいでしょ」


「無茶はするなよ?」


「もちろん」


 次の日、ボクとザッティは教導課のマヤッドさんから背負子を借りた。貸してくれるんだよねえ。そんなに使う人多いのかな。

 そう、今回ボクたちは背負子レベリングをやることにしたんだ。男爵さまとザダッグさんは実戦経験要らないし、丁度いい機会なんだよね。


「さてジョブチェンジだね」


 いよいよニンジャだ。



「ほう、これが」


 ザッティが左手に持ってたシュリケンがキラキラ光って消えてく。これでザッティはニンジャだ。

 アイテムを使ったジョブチェンジを見るのは初めてなのかな、男爵さまが興味津々だったよ。


「次はボクだね」


「ステータスカードをどうぞ」


 ボクもシュリケンを持って、受付のサジェリアさんにステータスカードを渡した。


 ==================

  JOB:ENCHANTER

  LV :47

  CON:NORMAL


  HP :167+135


  VIT:61

  STR:74

  AGI:57+62

  DEX:85+118

  INT:37+147

  WIS:40

  MIN:19

  LEA:16

 ==================


 今はこんな感じだね。ビショップとエンチャンターをやったから、INTがけっこう上がったよ。こっからジョブチェンジしたらINTは51で、まあそこそこってトコかな。ウィザード持ってないけどね。


「さあ、ニンジャになってAGIとDEXを上げちゃうよ!」


 ボクの得意なのは、しゅばばってしてドスンだからね。

 ジョブチェンジアーティファクトに右手を置いて、むにゃむにゃってニンジャになれーって念じたら、ボクはもうニンジャだ。


 ==================

  JOB:NINJA

  LV :0

  CON:NORMAL


  HP :180


  VIT:61

  STR:74

  AGI:63

  DEX:96

  INT:51

  WIS:40

  MIN:19

  LEA:16

 ==================


 うん、DEXがもうちょっとで三桁だ。ってかニンジャだから、ここからギュンギュン伸びるんだよね。96っていうのはパーティで一番だよ。



「最後はわたくしね」


 フォンシーがロードで、シエランとウルはナイトになった。そしていよいよ最後にミレアだ。

 ミレアが『大魔導師の杖』をインベントリから出したら、周りに人が集まってきたよ。エルダーウィザードは珍しいのかな。


「ミレア」


「見ていてお父様。わたくしは大魔導師になるの!」


 ミレアがそう言ったとたん、杖が光になって消えた。そうさ、ミレアは『おなかいっぱい』初めてのエルダーウィザードだ。


 ==================

  JOB:ELDER=WIZARD

  LV :0

  CON:NORMAL


  HP :159


  VIT:55

  STR:68

  AGI:45

  DEX:71

  INT:72

  WIS:49

  MIN:14

  LEA:15

 ==================


「それなりの見栄えになったかしら」


「WISはウチで一番だな」


「INTよ!」


「ああ、ウチで二番目だ」


「すぐに抜かすわよ」


 ミレアとフォンシーが二人でワイワイやってるけど、まあいいか。エルダーウィザードはINTがすっごく上がるみたいだし、ガンガンレベルを上げないとね。



「ラルカラッハの後で見れば納得できるが、それでもすごいな。前衛ステータスも十分だ」


「まだまだよ、お父様。ただでさえ二ジョブも出遅れたんだから」


「そうか。ミレアも努力をしているのだな」


 お父さんに褒められてよかったね、ミレア。


「さ、さあ出発よ!」


 だから照れないでいいよ。



 ◇◇◇



「マスターでもいいんだが」


「ダメですよ。キッチリコンプリートです!」


 背中の男爵さまがなんか言ってるけど、ボクは認めないよ。ナイトをコンプリートして、それからプリーストだからね。できればプリーストもコンプだ。

 今回はメンターとは違って実戦はなしだけど、ハイパーレベリングはしっかりやり遂げるよ。


「噂では聞いていたが、本当に何もさせてもらえないんだな」


「ボクたちは二回、ミレアとザッティは一回ですけど、やってもらいました」


「総督閣下にも困ったものだ」


「言いつけますよ?」


「勘弁してくれ」


『おなかいっぱい』は今、二パーティに分かれてる。ボクとミレア、シエランと男爵さまでひとつ。もうひとつはフォンシー、ウル、ザッティ、ザダッグさんだね。

 ザダッグさんはザッティが背負ってる。こっちも男爵さまはミレアが背負ったらって訊いたら、ヤダって言われちゃったよ。ちょっと男爵さまが落ち込んでた。


「『ダ=リィハ』」


 たまに出会ったモンスターをミレアが焼き払って、ボクらはズンズン進む。とりあえずは12層で、そっから一気に19層だ。



「いやあ、レベリングの期間を休暇にしてもらったんだがね」


「へえ、レックスターンさんって優しいですよね」


「いやいや、戻ったら机の上に書類の山ができているだろうな」


「大変ですねえ」


 そっかあ、休んだらそのぶん仕事が増えちゃうんだ。


「お父様とラルカ、仲いいわね」


「なにさミレア、背負うの代わる?」


「けっこうよ!」


 代わってあげてもいいのにさ。まあミレアは魔法を撃ちまくってお父さんにカッコいいとこ見せればいいと思うよ。そのための19層なんだしね。効率効率。

 シエランに言わせれば今回はレベリング代がもらえるから採算度外視? なんだって。



「あ、あれはモータリス男爵では?」


「背負われているぞ」


「しっ、見ないふりをするんだ」


「しかし」


「いいからっ。おめーらも近々やることになるんだ」


「えっ!?」


 とりあえずボクたちがマスターになったとこで今日は終わりだけど、帰り道で変な会話が聞こえたよ。

 あれって『赤ワイン』と『エーデルヴァイス』かな。ヴァルハースたち、相変わらず頭がピカピカだねえ。


「アレもアレで頑張っているようだな」


「そうですかあ?」


「本当に嫌っているのだな」


「あったりまえですよ」


 男爵さまも、なに当然のこと訊いてくるかなあ。


「もしもだが」


「はい?」


「もしも彼らが迷宮で危機に陥ったとしたら、どうするのだ?」


「助けるに決まってるじゃないですか」


「……そうか」



『冒険者は見捨てない』ってね。さあ、戻ってごはんだよ。


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