第88話 じゃあ今日でいったん後衛をおしまいにしよう




「『オーファンズ』と『旅人』のあいだ?」


「ええ、街側から順に『オーファンズ』、『おなかいっぱい』、『旅人』です」


「たしか街に近い方が高いんだよな?」


「『旅人』は色々大変なんだと思います。新しいクランですから」


 みんなで家を持つぞって決めた次の日なんだけど、朝一番でボクとシエランでホーウェンさんとブラウディーナさんのとこに行ってきたんだ。四人はこれ以上レベルに差をつけたくないって、迷宮の入り口で待っててくれたよ。

 今は迷宮を歩きながらみんなに報告中だ。といってもボクは黙ってて、シエランとフォンシーで話してるけど。


「『センターガーデン』は?」


「あちらは育成施設の横みたいです。通りを挟んで南側ですね。クランハウスと育成施設を石壁で囲むのを条件に、土地代を安くしてもらうようで」


「そういうところはさすがだな」


 その場に『センターガーデン』のリーカルドさんもいたんだよね。難しい話だったからボクにはよくわかんなかったけど、なんか得したみたいだね。相変わらずだったよ。



「ただ家を建ててくれる大工さんがねえ」


「迷宮の石壁が最優先だそうです」


 そうはいってもシエランはそれほど残念そうじゃないんだよね。


「土地代は家を造り始めてから、支払うということになりましたので。場所だけ予約です」


「へえ、ずいぶん融通してくれたんだな」


「そうなんだよ、フォンシー。ヴィットヴェーンの紹介状がさ」


「ああ、なるほど」


 えこひいきは無しだけど、これくらいならいいよね。べつにタダで場所をちょうだいってわけでもないしさ。


「だからね、大工さんが見つかるまでたくさんお金を貯めとけばいいんだよ」


「そのためにも次のジョブでしばらくは役割を固定ね」


 ミレアが嬉しそうだね。なんたってエルダーウィザードだ。がっつりレベリングするんだろうな。


「んじゃ、今のジョブをがんばって終わらせちゃおうか」



 ◇◇◇



「あ、戻ってきた!」


「おー、シャレイヤ! みんなも!」


 家の話をしてから十日くらいかな、いつもどおりで夕ごはんを食べに事務所に来たら『オーファンズ』がいたんだ。みんなで手を振ってくれたよ。戻ってきたんだね。

 ざっと見た感じだと前と一緒で『メニューは十五個』『十九の夜』『二十三の瞳』のまんまかな。あれ、あっちでごはん食べてるのは?


「あっちはヴィットヴェーンの職人たち。といってもまだ卵だけどね。もちろん本職も二人いるよ」


「ああ、メンヘイラさんが言ってた」


 職人さんもレベリングしてVITやSTRとかDEXを上げれば、すごくなれるって話ね。もちろん壁の作り方とかパンの焼き方はなんでも勉強しなきゃだから、力があるだけじゃダメなんだけど。

 革鎧でお世話になってるパッハルさんなんて、今度またレベリングしてくれーってうるさいくらいだよ。



「村のみんなも、そうすればいいのかな……」


「どうしたの? ラルカ」


「ん、村の人たちもステータスカード作ってさ、レベルアップしたらすっごい村になるのかなあって」


「ヴィットヴェーンはそうしてるよ。とくにサワノサキ領なんてさ」


 そうだったねえ。サワノサキ領は全員がっつりレベリングしてるんだっけ。

 いつか村の人たちもそうなったら面白いかも。そういや冒険者やるって出てったお姉ちゃん、どこでどうしてるんだろ。


「それでね聞いてよラルカ、ウチのメンバーって全員ハイニンジャ取ったんだよ!」


「へえ」


 やりすぎでしょ。


「ここからはナイトとロードでいく予定なんだ。あとエルダーウィザードも」


「『大魔導師の杖』は?」


「一本だけね。自分たちで集めろっていわれてるの」


「ウチももうちょっとでミレアがエルダーウィザードになるんだよ」


 なんだかけっきょく冒険者談義だねえ。


 そのあともボクとザッティがニンジャになるんだって話したら仲間だって喜ばれてさ、ウルはウルでニンジャの上位三次ジョブを教えてもらってた。イガニンジャとコウガニンジャ、フーマなんだって。

 ヴィットヴェーンの『オーファンズ』はニンジャ系とナイト系が人気らしくって、ガーディアンもけっこういるみたい。ザッティが目を輝かせてる。

 サムライ系はって訊いたら、そっちはそうでもないみたい。シエランの目が怖いよ。ザッティを見習って。けど、『ブラウンシュガー』のシローネとシュエルカがサムライ系なんだって。それとなんとサワさんもらしい。なのになんで人気ないのかなあ。



「ターンがかっこいいからね」


「『ルナティックグリーン』の人だっけ、サワさんと一緒のパーティ」


「うん。ターンは『最強の黒柴』。サワお姉ちゃんより強いの」


 黒柴セリアンのターン、かあ。ボクと同い年くらいで、それなのに一年も前にカースドーさんを二秒でやっつけちゃった女の子。サワさんと並んでヴィットヴェーンで一番強い冒険者。すごいよね。


「サワお姉ちゃんはすごいんだけど、よくわかんないの。ターンはそうね、がんばったら追い付けるのかなあって気がするんだ」


「そうなんだ」


「チャートなんかはもう、絶対ターンに勝つんだってがんばってるよ」


「ボクも会ってみたいかな。いつかヴィットヴェーンに行ってみるのもいいかも」


「うんうん! そのときは案内するよ」


 そだねえ。ヴィットヴェーンだけじゃなくって王都も行ってみたいかも。せっかく冒険者になったんだし、いろんなとこを見てみたいよね。



 ◇◇◇



 しばらく『オーファンズ』は職人予定の子たちのレベリングをするみたい。もちろん自分たちもだね。

『おなかいっぱい』も負けないぞってがんばって十日くらい経ったんだけど、いよいよだ。なにがいよいよって、全員がレベル30を超えて目の前にあるのはバッタレベリング部屋だね。事前に予約してたから、今日は朝からで四セットやることにしてる。やっちゃるぞお。



「『剣豪ザン』。MINを上げたかいがあった。捨てるのがもったいないな」


「そのうち三次ジョブでも取ったらいいよ」


「それもいいな。シエランもどうだ?」


「いいですね。サムライ系を取りたいです」


 バッタまみれで、バッタの血まみれなんだけど、ボクたちは普通に戦ってる、慣れちゃったねえ。フォンシーとシエランはサムライとケンゴーでMINを上げてから、全然余裕になっちゃった。


「がるぁぁ!」


 そんなノリの中で一番がんばってるっていうか、大暴れしてるのはウルだ。まともな前衛がケンゴーのフォンシーとパワーウォリアーのウルってことになるとさ、当然ウルなんだよね。

 フォンシーが待って斬るなら、ウルは突撃して殴るって感じなんだ。

 ビショップのシエラン、ミレア、ザッティは近づいてきたのをデモンメイスで叩き落として、エンチャンターのボクはロッドで似たようなことをしてるだけ。いやあ、『おなかいっぱい』も強くなったもんだよ。


「バッタに慣れちゃったねえ」


「担がれて気を失っていたころが懐かしいわね」


「フォンシーなんて──」


「ラルカ」


「なんでもないよ」


 ミレアといっしょにちょっと笑っちゃっただけだから、怒らないでよ。


「……ニンジャか。いいな」


「やっぱりザッティは前衛がいいの?」


「……ああ」


「ボクもだよ。じゃあ今日でいったん後衛をおしまいにしよう。いつかはウィザードだけどね」



 ◇◇◇



「そいでまた出ちゃったねえ」


 バッタレベリングの四セット目が終わって宝箱を開けたらこれだよ。クナイが出たんだ。三人、ニンジャになれちゃうね。


「ミレア、ニンジャになる?」


「……エルダーウィザードの後にするわ。そっちの方が安定すると思うから」


「補正INTもったいなくない?」


「エルダーウィザードをレベル70くらいまで上げるわ。そこからニンジャでもINTは上がるし、むしろ補正AGIが欲しいわね」


 なるほどね。INTを取るかAGIを取るか、かあ。まあどっちも大事だし、ミレアの好きにすればいいかな。

 ミレアがニンジャになれば、これで全員MINも上がるしね。


「あたしがニンジャになるのはダメか?」


「フォンシーはMINがほしいだけでしょ。あきらめてロードになって、回復増やしてよ」


「言ってみただけなんだけどな」


 けっこう本気だったくせに。ほら、地上は夕方だろうし、とっとと帰ろう。



 ◇◇◇



「レベルアップした後のごはんっておいしいよね」


「おう!」


 あ、やっぱりウルもそう思う? だよね。毎日そうなんだけどさ。


 そんなボクらは夕陽を背中にしてごはんを目指してるとこだ。いやいや、事務所だね。おなかが減ったよ。


「さってさて、明日からは久しぶりに前衛だあ」


「ラルカは嬉しそうですね」


「後衛ジョブばっかりだと体が重たいよ。シエランもでしょ」


「そうですね。やっぱり前衛系の補助ステータスが欲しいです」


『おなかいっぱい』の後衛系ジョブはこれでプリーストとビショップが全員、エンチャンターが五人でハイウィザードが四人だ。

 ここからミレアがエルダーウィザードで、残り五人が前衛ジョブになるから、かなり安定すると思う。いよいよ60層とか70層に突撃ーってことだよ。



「あれ?」


「……じいちゃん」


「お父様」


 事務所に戻ってきたらなんでかしらないけど、ザッティのおじいちゃんとミレアのお父さんが入り口にいた。


「フォンシー様、ご無沙汰しております」


「あのなあ。様付けはやめてくれ」


「はっ」


 ミレアのお父さんは、真っ先にフォンシーに頭を下げたよ。なんか表情が前と違ってるよね。『一家』の人たちを相手にしてるときみたいだ。


「それで、こんなとこでどうしたんだ?」


 すっごい迷惑そうにフォンシーが訊いたらさ。


「私とこちらのザダッグをレベリングしてほしいのです」



 えっとザダッグってザッティのおじいちゃんのことだよね。それにレベリング? なんで?


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