第86話 ただかなり安く手に入りそうなんだ




「出たねえ。どうしよ」


「喜びなさいよ。ニンジャがさらに二人なんだから」


「ミレア、ニンジャになる? AGIとMINが増えるよ?」


「ぐ、ぐぬぬ」


 なにが出たってシュリケンだ。『一家』とお別れしたあとでバッタレベリングを二セットやったらね。

 これで『おなかいっぱい』が持ってるジョブチェンジアイテムは六個。『シュリケン』が二つに『カタナ』、『強靭なカタナ』、『大魔導師の杖』と『ヴィシャップ殺し』。『強靭なカタナ』は武器のまんまで使う予定だから壊すのは無しだね。


 けっこう遅くなっちゃったから、急いで戻って夕ごはんだ。帰り道でジョブ談義だね。


「『ヴィシャップ殺し』はラルカ、『カタナ』はフォンシーでいいわね」


「いいのか?」


「サムライなんだから、ケンゴーまでやった方がいいわ」


 ミレアが当たり前って顔で言った。サムライからケンゴーになるときは『カタナ』が要るからねえ。ケンゴーになったフォンシーが『強靭なカタナ』を装備しなさいってことだ。


「その代わりってわけじゃないけど、エルダーウィザードはわたくしでいい?」


「あたしは構わないぞ」


 交換条件ってやつ? まあミレアなら文句なしだけど。前提ジョブのハイウィザード持ちはミレアとフォンシーの他に二人、ウルとシエランだけど……。


「ウルは前衛だ」


「わたしは、とりあえずビショップです」


 なにげに『おなかいっぱい』ってビショップが流行ってるんだよね。全員がプリースト持ちだから、ビショップも取って回復魔法を増やそうってこと。ザッティも次はビショップにするみたいだし。あれ?



「そしたらビショップ持ってないのって、ミレアだけにならない?」


「ついでに言えばメイジもだな」


 あ、フォンシーが意地悪いこと言った。ボクも似たようなもんか。


「ぐぬぬ」


 ミレアってシーフも最後になっちゃったの気にしてたんだよね。悪いことしたなあ。


「それでミレア、ビショップを挟まないか?」


「……そうね」


「前衛はウルとあたしがやる。へっぽこケンゴーだけど、ウルがパワーウォリアーなら大丈夫だろ」


 それからフォンシーがチラっとボクを見たよ。はいはい。


「それにどうせ、我らがリーダーが殴りエンチャンターをやってくれるさ」


 だよねえ。


「自分でバフして殴るのって、カッコいいよね!」


 だからノってあげるよ。



 ◇◇◇



「やあ、面倒ごとはなんとかなったのか?」


 遅めの夕ごはんを食べ終わって、さあ帰ろうとしたとこで話しかけてきたのは『ラーンの心』のレアードさんだった。

 ザッティが殴られたとき、かなり怒ってたもんねえ。相手が貴族さまだったのに飛びかかろうとして押さえつけられてたっけ。


「おかげさまでな。むしろあっちに罰がいった」


「ほんとかよ」


 フォンシーが肩をすくめたよ。


「あたしたちにお咎めはなしで、あいつらは本格的に冒険者だ」


「へえ、面白いな」


「余計なことしちゃダメですよ?」


 まさかバカなことしないと思うけど、一応釘刺しとかないとね。



「そいで調子どうなんです?」


「書類まみれだよ。もう大変でね」


 ボクたちと一緒のテーブルでグチってるレアードはホワイトロードだ。ロード系上位三次ジョブだね。でもクランを作る手続きなんかで、レベリングがあんまりなんだってさ。

 クランの名前は『旅人』。『ラーンの心』『夜空と焚火』そして『オリーブドラブ』の三つのパーティでベンゲルハウダーの外から来た新人冒険者を受け入れる、そんなクランにするんだって。のほほんってパーティ組んでる『おなかいっぱい』と違って、マジメっていうか、偉いっていうか。


「窓口が会長なんだよ。怖いだろあの人」


「ですねえ」


 クランの申請なんて滅多にないから、あの会長さんが担当なんだ。うん、想像しただけでお腹が痛くなりそうだよ。


「居場所がなあ」


「居場所?」


 どういうこと?


「書類上は『フェイルート』でも構わないんだけど、人数が増えても大丈夫なようにしておけってね」


「宿じゃダメってことですか?」


 ボクたちはずっと『フェイルート』の四号館だけどね。最近は十日先払いにして、ちょっと割引してもらってるんだ。


「空き部屋の関係もあるし、いっそパーティごとに分けるっていうのもあるだけどね」


「大手はクランハウスですよね」


 おっと、シエランが会話に入ってきた。こういう話、興味ありそうだもんね。


「シエランの両親は店を出してるんだったか。なにか伝手はないかい?」


「ウチは民家を買い取って改装したみたいで、大きな屋敷はちょっと。すみません」


「いやいや、こっちこそすまん」


「領主様に相談してみたらどうだ? 知らない仲でもないだろ」


「フォンシー、勘弁してくれよ」


 フォンシーは意地悪だね。


「でもさ、いいよねクランハウス。ボクたちはクランじゃないけど、ほら、パーティハウスなんてどう?」


 実は『誉れ傷』は持ってるんだよね。息子さんたちが『傷跡』になって家を出てから、オランジェさんの家を改築したんだって。家のお世話は旦那さんたち。


「パーティで家を持つのはあまり多くないと聞きます。けれどそれも素敵ですね」


「シエランの場合は宿代が節約できるから?」


「もうっ、素敵だなって言ってるじゃないですか」



 ◇◇◇



「土地だけ手に入れた?」


 シエランがびっくりしてるよ。

 だってあれから二日だもんねえ。


「いやいや、まだだよ。ただけっこう安く手に入りそうなんだ」


 慌てた感じでレアードさんが声を小さくした。今日は『ラーンの心』も勢ぞろいだね。


 ボクたちはボクたちで昨日の朝に全員でジョブチェンジしたから、全員でレベリング二日目だ。

 シエランがビショップ、ウルはパワーウォリアー、フォンシーはカタナを使ってケンゴーになった。ミレアとザッティもビショップで、ボクはエンチャンターだね。

 なんとビショップが三人だ。全員がメイスを振り回して前衛できてるけど。一番後衛のはずのボクもロッドと素手でがんばってるよ。


「街の西側、迷宮とここの間に育成施設があるだろ。そこから北の土地を貸し出すみたいなんだ」


「それって街の外じゃ、あ」


「そうさシエラン。迷宮からこっち側に石壁を造ってるじゃないか」


 なるほど、そゆことか。

 ベンゲルハウダーは真ん中を街ってことにしたら、西側に迷宮がある。普通に歩いて三十分くらいかな。一応街は木でできた柵に囲まれてるけど、育成施設はその外だ。南西側だね。今回は北西側の土地を使っていいよってことなんだ。



「迷宮のそばに石壁さえできれば、街をどんどん西側、迷宮まで伸ばそうってのが上の考えらしい」


「それって大丈夫なんでしょうか」


 シエランの心配もわかる。もしモンスターがあふれたりなんかしたら。


「だからこそらしいよ。石壁と建物が街を守ってくれるってね。人は逃げればいいし、冒険者はもちろん」


「戦うんですね。なるほど、育成施設が立派な石造りだった意味がわかりました」


「俺たちもこの話を聞いて知ったんだけどね」


 シエランとレアードが頷きあってる。いざってときには建物まで壁の代わりにもするってことかあ。


「じゃあ『旅人』は最初に場所だけで、建物はあとで?」


 訊いたらレアードさんが縦に首を振った。


「もちろん先に土地を抑えておくだけだけどね。建物はそうだな、素材はなるべく持ち込みで。だけど今は職人が足りていないそうだし」


「大工さんたち、迷宮の横で石壁造りですもんね」


 まずは土地だけでもかあ。それならボクたちにだって。


「シエランはどう思うかな?」


「……条件、とくにお値段次第ですね」


 そりゃそっか。


「ウルたちの家か! すごいぞ!」


「……いいな」


「面白いわね」


「ああ、目標にはなりそうだし、なにより楽しそうだ」


『おなかいっぱい』のパーティハウスかあ。いいね、楽しそうだね!


「今のとこ他には『センターガーデン』もだよ。そもそもこの話は最初、リーカルドさんから聞いたんだ」


 ああ、『センターガーデン』ならこういうの好きそうだよね。

 そいでまさか。


「『オーファンズ』もです」


 声が聞こえたのと同時に振り返ったら、そこにいたのはメンヘイラさんだった。

 ちょっと前からしっぽがぶわわってなってたんだよね。テーブルにいたみんながビックリして口を開けてるよ。


「わたしも会話に加えてもらっても?」


「あ、ああ」


 レアードさんがビビってる。メンヘイラさんも趣味悪いなあ。



 ◇◇◇



「今回の件はフォウスファウダー公、レックスターン様主導によるものです」


「なんでメンヘイラさんは知ってるんです?」


「『フォウスファウダー一家』の皆さんは先日までヴィットヴェーンでしたから」


 そういやそうだった。


「元々このやり方はサワノサキ領での手法です。迷宮の傍に石壁を造るもの、施設やクランハウスを障壁代わりに使うのも」


 何回聞いてもサワノサキ領ってすごいとこだねえ。


「そして職人もです」


「どういうことです?」


「サワさんが言うには、職人でも商人でも、いないなら育てればいいそうです」


 そんなに簡単な話なのかなって言いたいとこだけど、サワさんのコトになると『オーファンズ』も、たぶんメンヘイラさんもおっかないしなあ。


「そう疑う必要はありません。今回はヴィットヴェーンから職人も同行しますので」


「あ、そういえばシャレイヤたちはどうしてます?」


「わたしの後で出発予定でしたので、もう少しで着くと思いますよ」


「そっか、やったあ」


 思わず声を上げちゃったよ。『オーファンズ』と一緒の冒険、楽しかったからねえ。


「ふふっ」


 あらら、メンヘイラさんが笑うトコ、初めて見たよ。



 そんなボクらの向こう側で、頭をピカピカに光らせたお兄さんたちが冒険者に背中をバシバシ叩かれて困った顔してるね。うんうん、仲良くやってるみたい。


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