第82話 しかしこれはケジメです
「私から説明しよう。いいかな、フォンシー」
「お願いするよ」
「では全員が席に座るところからだね」
そういえばボクたちも立ったまんまだった。レックスターンさんに言われて、みんながガタガタ音を立てて座った。
ガタガタと言えば、ルーターン子爵とかは体をガクガク震わせてる。もちろんミレアのお父さんもだ。なのにミレアも首を傾げてる。ボクもそうだけど、意味がわかってないんだろうね。
ヴァルハースたちも分かってない側かな。話がおかしなことになってきて、怒ってる怒ってる。さっきまで言いたい放題だったもんねえ。
「閣下これはいったい」
「ヴァルハース君、ここからは黙って聞いていてくれないか。君のためでもあるんだよ」
レックスターンさんが本気で憐れんだみたいにヴァルハースを黙らせた。目が怖いよ。
「フォンシーはね、ここから西にあるエルフの里の出身で族長の娘だ。そうだね?」
「ああ、そうだ」
フォンシーって族長の娘さんだったんだ。村長の娘さんみたいなもんかな。
「まずはエルフの里の説明からかな。かなり昔からエルフの里とベンゲルハウダーは交流があってね──」
話自体はそんなに難しくなかった。
昔っからベンゲルハウダーはエルフの里と食べ物とかをやり取りしてたらしい。十年とか二十年とかじゃない。それこそ百年とかそれくらい、とにかくそれくらい昔からだったんだって。
「つい二十年程前にステータスが現れるまで、特にプリーストのスキルが無い時代だね、エルフの薬には多くの冒険者たちが世話になったんだよ」
ステータスが無い時代、迷宮探索はほんとに大変だった。それはボクも知ってる。『誉れ傷』のオランジェさんたちがいろいろ話してくれたからね。
ジョブが無いからレベルも上がんない。だから補正ステータスもスキルも無い、それでも目の前にいろんな素材が手に入る迷宮があるんだ。たくさんの人たちが潜ってたみたい。命がけで。
『あの頃はねえ、3層に行くだけで大変だったもんさ』
今なら魔法一発で終わりの5層にいるゲートキーパーに全然歯が立たなかったんだって。そりゃそうか。
だから迷宮に潜る人たちは『冒険』してるって言われてたんだ。今みたいに行って帰ってくるのが当たり前なんかじゃなくって、すごく準備して毎回命がけで戦って、たくさん怪我して、それでもドロップを持って帰ってきた。迷宮に潜る人のことを『冒険者』って言うようになったのはそういうことみたい。もちろん行きかえりっていっても、今でも命がけだけどね。
そっか、ボクなんかは生まれてなかったけど、お父さんやお爺ちゃんたちならそんな時代を知ってるんだ。
「四つの迷宮が一つの国になったとき、エルフの里とキールラントの間に約束事ができた」
レックスターンさんの話を聞いてる人たちはいろいろな顔をしてる。たぶんだけど、知ってる人と知らなかった人でわかれてるのかな。ヴァルハースは分かってない方だ。
「エルフの族長、『フォートライズ』を名乗る者を公爵と同等に扱う、とね」
ああなるほど、エルフの村長さんはすごいんだね。
あれ? 公爵ってフォウスファウダーと同じくらい偉いってこと?
じゃあフォンシーって?
「もうわかったろう。そこのフォンシーは族長の娘、つまり公爵令嬢相当として遇しなければいけない」
公爵令嬢って、ポリアトンナさんとかペルセネータさんと一緒だよ!
顔色が悪い人が増えた。こっちだとミレア、あっちだとサジェリアさんだね。二人は知りたくなんてなかったってとこかな。
そして何より『エーデルヴァイス』の人たちだ。
◇◇◇
「知らなかったのですっ!」
ヴァルハースのそれはもう叫びというか、悲鳴だったよ。半分泣いてるし。
「そうかもしれないね」
レックスターンさんは哀れんだ声で返事したよ。
「だがね、知らなかったで済むと思うかい? たとえばそこらの冒険者が貴族の令息だと知らずに君たちを嘲ったとしたら」
「……」
ヴァルハースは口を開けたまんまでなんも言えない。
ボクなんかは知らなかっただからしょうがないじゃないって思うんだけど。ダメなの?
「『おなかいっぱい』は冒険者として間違っていない。平民として貴族に対する償いも提示した」
顔を俯けた『エーデルヴァイス』は肩を震わせてる。
「なぜそこで収めようとしなかったのか、残念だよ」
「あー、いいかな」
「なんだね、フォンシー」
ちょっとのあいだ黙ってたフォンシーが軽く手を挙げた。
「ヴァルハースが最後に言った要求、召し抱えるだとかいうのを撤回してくれれば、あたしはそれでいい」
「ほう?」
「ああそうだ、ついでに六万のとこを三万に負けてくれると助かる」
あ、フォンシーってば自分が偉いからって値切り始めたよ。さすがだね。
「金銭など受け取れるはずもありませんっ!」
立ち上がって叫んだのはルーターン子爵だ。他のお父さんたちも頭を下げる。あ、泣いてるよ。涙がボタボタ落ちてる。
「息子は廃嫡! 今後一切フォンシー様、いえ『おなかいっぱい』の目に触れぬよう対処いたします。我々はあなた様のことをもっと知っておくべきでした」
なんなのそれ、すっごいおおごとになっちゃってるみたいなんだけど。
「おいおい、あたしはそんなこと望んじゃいないぞ」
「しかしこれはケジメです」
ルーターン子爵は頭を下げたまま言い張るんだよ。なんでそんなに意固地になるかなあ。
ヴァルハースたちは青い顔のまんまで凍り付いてるし。
「だからあたしも反省してるって言っただろ。まさか王国の貴族があんなだとは思ってなかったんだ。とっとと名乗れば良かったって」
そりゃフォンシーだって困るよね。苦い野菜ジュースを飲んだみたいな顔してるよ。
「あんたたちだって跡継ぎがいなくなったら困るんだろ? それに──」
途端フォンシーの目が細くなった。
「はっきり言ってもう『エーデルヴァイス』に興味は無いんだ。冒険者をやるのも勝手にすればいいし、変なコトを言いださなければそれでいい。あたしたちはあたしたちで勝手に冒険をさせてもらう」
興味がない、かあ。本気なんだろうけどさ、ちょっと冷たい言い方なのかなっても思う。フォンシーらしいっちゃそうだけど。
だけどそれじゃ相手を見てないってことじゃないか。水に流すのとは違うよね?
気持ちはわかるけど、そういう怒り方はダメだよフォンシー。そんな氷みたいな目をしないでよ。
「フォンシー、それじゃダメだ!」
ウルもそうなんだね。
「うん、ボクもそう思う」
ボクは違うよ。ザッティを殴られて怒ったし、みんなをモノみたいに言われて腹が立った。訓練場でフォンシーが勝ったときはスカってしたんだ。
公爵とか偉いとかは大事なのかもだけど、あいつらは悪いことをしたんだから、ゲンコツでゴツンってされなきゃダメだよ。
「ウルラータとラルカラッハはそう言っているが、フォンシーはどうするのかな?」
レックスターンさんが確認してきた。ちょっとだけ楽しそうに口元がゆがんでるよ。
「そりゃあウチのリーダーはラルカだ。好きにすればいい」
ちょっとだけ目をつむってたフォンシーが、こんどは嬉しそうに笑ってくれた。
シエランもミレアもザッティも頷いてくれてる。うん、ボクは間違ってない。
「あたしはウチのリーダーに従う。ラルカの言葉はあたしの言葉だ」
そういう責任が重たそうなこと言わないでよ。
「とっくにだけど、あたしは名前をラルカに預けてる。ラルカラッハを支えると誓い終わってるんだ」
「なにそれフォンシー」
「リーダーを決めるときに言ったろ?」
フォンシーが真顔だよ。いつの間にそんなことを……、って、あ!?
「確かに言ってたわね。なにか引っかかる言い方だったけど、そういうことだったの」
ミレアが口に手を当てて驚いてるよ。で、ボクも思い出した。あのときのこと。
『支えてやるさ。フォンシーの名を賭けてやる』
たしかこんな感じだったかな。
なんだよそれ。
「あのさあフォンシー、そういうの要らないんだけど」
「ひどい言われようだな」
苦笑いしたってごまかされないからね。あとでキッチリ話しするから。
いまはそれよか。
「ではラルカラッハ、私は君の提案を聞く事になるのかな」
レックスターンさんがニッコリ笑ってる。なんかやだなあ。
『エーデルヴァイス』は、ああもう呆けてるね。大丈夫なのかな。
「じゃあまず繰り返しみたいになっちゃいますけど、ザッティにごめんなさいってしてください」
最初っからドキドキだよ。平民にそんなことできるかーって言われたらどうしよう。
「当然だな。詫びよう。この度は私の息子、ヴァルハースが君たちに無体を働いた。本当に申し訳ない」
レックスターンさんがそうしなさいって言う前に、ルーターン子爵が思いっきり謝ってくれた。他のお父さんたちも。ヴァルハースたちも釣られたみたいに頭を下げたよ。ちゃんと悪いことしたって思ってるのかな。
えっと、あとはどうすればいいんだろ。『エーデルヴァイス』の罰にならなきゃダメだよね。お父さん子爵に謝ってもらってもしかたない。
「ええっと、あとその……」
なんでボクが困ってるのにフォンシーはニヤニヤしてるのかな。さっき支えるって言ったのどこいったのさ。
なんかそのとき、ヴァルハースの微妙に長い金髪が気になった。ホント、なんとなくなんだけどね。
「じゃあヴァルハースさんたちは、悪かったって思うなら全員坊主頭になってください」
なんでみんなは静まり返って変な顔してるのかな。
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