第81話 前置きを長くしてもしかたないな




「冒険者としての流儀は認めましょう。ですが我らは貴族です」


「そうだね」


 どうも冒険者の話は終わったみたい。ってか、逃げたみたいにも見えるよね。それでこんどは貴族かあ。

 事前に聞いてたけど、だから公爵さまがここにいるんだって。


「私は高貴なる者として、そこの者たちを勧誘いたしました。それは事実です」


 へえ『俺』が『私』に変わってるよ。ちゃんとしてるんだね。


「冒険者などではなく、立場を与え、さらなる研鑽を積ませる環境を用意したのです」


「そして君たちも冒険者として立ち上がったと聞いているよ」


 なんかさ、ヴァルハースとレックスターンさんで冒険者の意味が違って聞こえるよ。いやいや、ここでヴァルハースたちだけかな。冒険者のこと、下だと思ってるよね。


「昨今の迷宮異変、我らも統べる者としての責務と考え活動を開始いたしました」


 ならなんであれから十日ちょっとあったのにレベル14のままなのさ。



「だからこそ許せないのです!」


 ああ、この人はボクたちの想像してなかった貴族だったんだ。

 フォンシーが言ってた、恥ずかしいからそんなことできるわけないっていうのを、やっちゃう人なんだね。


「そこのエルフは我々を侮辱し、あまつさえ手を上げた」


「それが訓練場での出来事でもかな?」


「もちろんです。片方は逃げ回るばかり、エルフの方は私の剣を掴み素手で殴りかかってきました。まったく誇りもなにもない。野蛮な行いです」


 怒ってたはずのヴァルハースは、なんか演説みたいな言い方してる。自分に酔ってる?

 周りが見えてないのかな。みんな呆れてると思うよ?


「あのような卑怯な戦い方でなければ……」


 結局は殴られて悔しいってだけじゃないか。

 ボクたちは冒険者で相手はモンスターだよ。どうして卑怯とかそんな話になるのかなあ。



「なにより、王国の法です。貴族を侮辱してはならじ。暴力など厳罰では?」


「それは君の言うとおりだ」


 つまり個人のカッコよさは、もうどうでもいいんだ。負けて悔しいからフォンシーを悪者にしたいんだね。逆らったのが気に食わないんだね。


 ここに来る前に、そうくるかもってミレアから聞いてなかったら、かなりマズかったね。正直ボクは怒ってるよ。しっぽが膨らんでる。

 フォンシーは冷たい目で、ミレアは俯いてる。ウルが鼻にしわを寄せて、シエランは目が座ってる。ザッティは、ああ、握った手が震えてるね。みんなみんな怒って呆れてるんだ。


「確認するよ、ヴァルハース・ヘシル・ルーターン。貴族への侮辱並びに暴力は確かに王国法において罪だ。平民がなした場合は特に重たい」


 レックスターンさんの声が一段低くなった気がする。


「そして親告だ。ヴァルハース・ヘシル・ルーターン。君は彼女らの罪を問うのかな」


「私は告発いたします!」


「……そうか。では私、レックスターン・ヴィエト・フォウスファウダーが告発を受理し、裁定を下そう」


 ああ、こうなっちゃうんだ。


 ヴァルハースのお父さんが無表情のまんまで頭を軽く下げたのが見えた。視線はボクたちの背中ってことは、相手はミレアのお父さんかな。ルーターン子爵だっけ、こんな話になってごめんなさいって感じかな。



 ◇◇◇



「残念ではあるけれど、これも法だからね」


 長いため息を吐いてから、レックスターンさんは話を進めた。


「貴族の勧誘を平民が断ること自体に問題はない。いいね?」


「はい。ですが冒険者フォンシーは訓練と称し、私を含む『エーデルヴァイス』六名に暴行を加えました」


 意地でも殴られたってことにしたいんだ。


「では私の裁量で賠償を提示してもいいかな?」


「納得できる内容であれば」


 なあんてヴァルハースは難しい顔で返事してるけど、これはボクたちも知ってることだ。


 無かったことにしようが一番だったけど、最悪がコレらしいんだ。ポリアトンナさんが教えてくれたんだよね。

 そのときはさすがにフォンシーも反省してた。貴族の誇りを勘違いしてたって。



「『おなかいっぱい』は先の氾濫鎮圧で重要な役割を果たした。その力は今後もベンゲルハウダーのためになるだろうと、そう私は考えている」


 レックスターンさんが確認するみたいにボクたちのことを持ち上げた。これが会長とフォンシーの言ってた『一家』がなんとかしてくれるってことかな。


「そこを勘案し、賠償金で六万ゴルド。さて、どうだろう」


 相手は六人だからひとり一万ってことだね。けっこうなお金だけど、今のウチならどうなんだろ。チラッとシエランを見たら頷いてくれた。なんとかなるみたい。

 ルーターン子爵もうんうんって頷いてる。誰かが言ってた落としどころなのかな。


 けどさ、ボクたちはなんにも悪くないのに、けっこう悔しいなあ。これじゃ貴族さまが言いがかりをつけてきたら、なんでもアリになっちゃうじゃないか。



「納得できません!」


「なっ!?」


 ヴァルハースが叫んだけど、それってお金が足りないってこと?

 ルーターン子爵とか『エーデルヴァイス』のお父さんたちがびっくりしてる。聞いてないぞって顔だ。


「ほう?」


 ああ、ずっと優しい顔してたレックスターンさんの空気が変わってるよ。顔はそのまんまだけど、青い目がちょっと暗い色になってる気がする。


「不服と言うのかな?」


「それでは足りないと考えます!」


 足りないって、やっぱりお金なのかあ。


「止めろっ、ヴァルハース!」


 今まで無表情だったルーターン子爵がおっきな声を出した。本気で焦ってるよ。


「聞けませんね、父上。俺の受けた屈辱は晴らします」


「ヴァルハース──」


「閣下、私は要求致します!」


 お父さんの声をさえぎって、ヴァルハースが言い放った。


「……なにかな?」


「そこなエルフ、たしかフォンシーとかいう者を、我が私兵としていただきたく思います」


 部屋が静まり返ったよ。ボクも驚いてなんにも言えない。驚きすぎて声が出ないってあるんだね。

 ただ妙にかっこつけたヴァルハースの声だけは続く。


「無論、迷宮異変が起きた際には我が家の戦力として供出したく」


 まず立ち上がったのはミレアとシエランだ。最初意味がわかんなかったけど、それからボク、多分一緒のザッティとウルがその後だった。


 これはちょっと、いくらなんでも許せないよね。平民とか貴族とかそういう話じゃない。

 だけどねえなんで、フォンシーは目をつむって座ったままなの? 怒ってないの?


「みんな座れ。当事者はあたしだろ?」


 だけどさフォンシー。なんでそんなに寂しそうに笑ってるのさ。



 ◇◇◇



「呆れてものも言えないという言葉もあるけど、意外と口は動くもんだ」


 フォンシーが立ち上がって言った。ボクたちは立ったまんまでそれを聞くしかできてない。


「フォウスファウダー公、王国の貴族っていうのは、こんなのが多いのか?」


「残念ながらね」


「貴様ぁ! 長耳ごときがなにを!」


 ホントに残念そうに言うレックスターンさんと、叫ぶヴァルハースの声がかぶった。


「残念だ。本当に残念だよ。貴族の誇りとやらに期待して、怒ったまま行動したあたしが馬鹿だった。反省するよ」


「いまさら反省だと」


 いやいや、フォンシーはそういう意味で言ってないでしょ。


「前置きを長くしてもしかたないな。あたしの名前はフォートライズヴァイアルトフォンシー。これで十分だろ?」


 なにそれ。フォンシーの名前って、そんなに長かったの?



「なるほどな」


 ここまでずっと黙ってたオリヴィヤーニャさんがニヤって笑いながら、納得したみたいなことを言った。


「気付いてたのか?」


「もしかしたら程度だ。フォンシー、貴様に姉妹はいるか?」


「姉さんを知ってるのか」


「まあ、そうだな」


 なんでいきなりお姉さんの話になってるんだろ。あ、そういやフォンシーって冒険者になるとき言ってたっけ。お姉さんを探すのも目的だって。


「姉の名を聞かせてもらえるか?」


「フォートライズヴィヨルトフェンサー。どうせ姉さんのことだ、隠しもしてないんだろ」


「いや、フェンサーを名乗っていたぞ。それどころか『自覚』すらなかったな」


「そうだった。姉さんはそういうのだった」


 お姉さんの名前も長いんだね。それと自覚ってなに?


「それにしても、なるほどよく似ている」


 あ、ちょっとフォンシーが嫌そうだ。お姉さんに似てるって言われるの、やなのかな。なんとなくわかるよ。ボクもちょっとそうだし。


「髪型まで一緒とはな。瓜二つとまでは言わんが」


「引っかけはよしてくれ。姉さんがあの派手な巻髪を止めるわけがないだろ。どうせ、ですわですわって言ってるだろうし」


「はははっ、間違いなさそうだ」


「間違いもなにも、西のエルフが『フォートライズ』を名乗ったんだ。そこらのヒューマンと一緒にしないでくれ」


「違いない」


 変なやり取りだけど、フォンシーとオリヴィヤーニャさんが分かり合ってるよ。



「姉さんは元気だったか?」


「ああ、『ヴィットヴェーン五大ウィザード』の一角だそうだ」


「なにやってるんだか。ああいやすまん、今はこんな話じゃなかった」


「であるな。説明が必要な者も多そうだ」



 あれ、うしろの方でガタンって音がしたからチラっと見たら、ミレアのお父さんが頭を抱えて震えてるよ。それにあっち側、ルーターン子爵とかが青い顔してる。なんだろ、フォンシー絡み?


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