第79話 それは……、偉いから?
「フォンシー、あなた」
「心配するな。酷いことにはならないさ。間に入るのがあの『一家』だぞ?」
「そうだけど……」
「考えてもみろ、あたしたちは一応でも異変にも対応できる冒険者だ。子爵の手下にするなんて、ここの領主が許すはずがない」
「それもそうかもしれないわね」
ミレアが真面目な顔で訊いてるけど、フォンシーはなんてことないって感じで答えてる。
宿に戻ってきてからみんなでいつも通りに話してるけど、今までなかったくらいに重たい空気だよ。やだなあ。
「……すまん」
「ザッティが謝ることじゃないわ!」
「そうだね。ザッティはなんにも悪くない」
それくらいは胸を張って言えるよ。あれはどう考えたって『エーデルヴァイス』が悪い。
「ねえミレア、貴族さまってあんななの?」
「ああいうのもいる、くらいかしら。ベンゲルハウダーはまだましな方だと思うわ」
「そうなんだ」
ボクはここに来るまで貴族さまなんて見たこともない。こっちに来てからだって会ったのは、ミレアのお父さん、会長、それと『フォウスファウダー一家』くらいだから、かえってわかんないんだよね。『エクスプローラー』の人たちは貴族さまとはちょっと違うらしいし。
「今回は会長が釘を刺してくれたからいいけれど、そうでなかったら問答無用で攫われていたかもしれないわ」
「どうやって?」
「どうやってって、力づく……。ムリね」
「だよねえ」
わからないのはそこなんだよね。無理やりいうこときかせようたって、どうやって? お金かな。
「くくっ。さすがはラルカだ」
フォンシーは楽しそうだけど、なんか笑い方がやらしいよ。
「ラルカ、あの人たちは平民は貴族の言うことに従って当然だって、そう思っているんです」
「なんで?」
シエランが答えを教えてくれたみたいだけど、それでも意味がわかんない。
「それは……、偉いから?」
「シエランだってわかってないじゃない」
「あれ? そうですね」
「ウルもわかんないぞ」
みんなで首を傾げるわけだよ。ミレアはなんか言いたそうで、ちょっと悩んでる。
「ミレア、あたしたちは平民で冒険者でキッチリ税金も払ってる。そして貴族に勧誘されて断った。これは罪か?」
「……ないわね」
「だろう?」
「けど、訓練場の一件はどうかしら」
「あたしが殴ったからか」
それってマズいの? ああ、だからフォンシーはボクに手を出すなって言ったんだ。ならフォンシーはどうなるの?
「だから会長は言っただろう、冒険者としてはって。ついでに裁定を領主に振った。これ以上ゴネるのは貴族として恥をかいてまでこだわることかな」
「フォンシーはそこまで考えてたのね」
へえ、すごいや。
「なら問題なしだね。『一家』がどれくらいで戻ってくるかわかんないけど、やることはいつも通りってことで」
「当然異議なしだ」
ホント、無駄に疲れたよ。
「あ、そうだ。明日からお弁当にしようね!」
◇◇◇
「『スタンクラウド』!」
「とうっ!」
「えい!」
ウルが相手を麻痺させて、ボクが殴る。ついでにシエランが蹴る。うん、いいね!
「新しい鎧もいい感じだし、殴りビショップにも慣れたね」
「おう!」
ロックバイパーからドロップした石をインベントリに入れて、三人で拳をこっつんこだ。
つい昨日だけど、パッハルさんから新しい革鎧を受け取ったんだ。
マスターデーモンとキングボーリングビートル、ブルースライムの組み合わせ。軽くなって硬くなって、魔法にも強くなってって、最高だよね。
色はもちろん『オリベ色』だけど、甲殻部分はちょっと白っぽくなってるのが新しい。左肩にはもちろん『特盛』だよ。
「二人も攻撃してもいいんだよ?」
「いや、譲るさ。シエランも素手に慣れたほうがいいだろ」
「わたくしはシーフよ」
フォンシーとミレアはもう合計AGIがウルより上なんだから、魔法攻撃してもいいんだけどなあ。
「それにしても、……いいな。見ろよミレア、合計MINが48だ」
「わたくしこそ見てよフォンシー、AGIが122よ」
「ふふふっ」
「あははは」
二人がステータスカードを見せ合いっこして、仲良さそうなのはいいんだけどね。ああ、ウチのパーティが変な方に向かってる。
「……INTが上がる」
ザッティまで張り合ってるよ。
みんながレベル30の前半まできてるんだけど、ザッティだけはプリーストをコンプリートして、すぐにエンチャンターになった。WISが上がるよりスキルを増やしたいみたいだったからね。
「ザッティはこのあとビショップだよね? その後どうするの?」
「……悩んでる」
ザッティとボクはウィザード持ってないからねえ。いつかは取ろうって思ってるけど、ボクとザッティ、ウルってやっぱり前衛だよ。
そうだなあ、ザッティならニンジャとかいいんじゃない?
「そろそろ46層も見えてきたな」
「そだねフォンシー。トラップの予約しとかないと」
バッタレベリングは予約しないとダメってことになってるんだ。前は三十パーティくらいだったけど、今じゃ四十くらいがいけるみたい。
教導課に行かないとなあ。そういやペルセネータさんとかポリアトンナさんはどうしてるのかな。ヴィットヴェーンに行っちゃってからもう十日以上になるよね。『オーファンズ』も大丈夫だといいけど。
◇◇◇
「『一家』が戻ってきたんですか?」
「ああ、昼間の内にな」
バッタレベリングの予約をしようって教導課の窓口に行ったら、マヤッドさんが『一家』が戻ってきたって教えてくれた。
「『オーファンズ』は?」
「そっちは見かけてないな。けど、ヴィットヴェーンの方で問題は無かったらしい。それどころか着いたら終わってたとさ」
よかったあ。シャレイヤたちが心配だったんだよね。なんとなくだけど『一家』は絶対に大丈夫そうだし。
けどヴィットヴェーンの氾濫が終わってたんなら、なんですぐ戻って来なかったんだろ。
「それで課長がお呼びだ。ほれ、入れ」
マヤッドさんが窓口の横にある扉を開けてくれたけど、ペルセネータさんってもうお仕事してるの?
「ごめんなさい。迷惑をかけたみたいね」
「いえいえいえ、とんでもないです」
課長室に入ったらペルセネータさんの他にポリアトンナさんまでいた。しかも謝られちゃった。
さすがのボクでもこれはわかる。あいつら『エーデルヴァイス』のことだよね。ここはミレアかフォンシーに任せた方がいいかな。
「経緯はあたしから説明しよう。もちろん『おなかいっぱい』の目から見てってやつだな」
「そうね。お願いできるかしら」
説明はフォンシーがしてくれることになった。っていうか、勝手に話し始めた。
こっちからはフォンシーが事情を話して、ミレアが時々それに付け足した。あっちは全部ポリアトンナさんが頷きながら話を聞いてる。ペルセネータさんは黙ったままだ。固まったみたいな笑顔がちょっと怖いよ。
「──こんなところかな。さて、あたしたちはどうなる?」
「私兵になる話もあわせて、なにも無しになると思うわね」
「それは助かる。そんなのはごめんだ」
「それとごめんなさい、ザッティさん」
ザッティを叩いたのは、あいつら怒られないってことだね。私兵なんてのにならないで済みそうなのはいいけど、そっちは悔しいなあ。
「……いい」
「そう」
「……オレのSTRは三桁だ。痛くもない。そんなことより冒険だ」
うわあ、いつかのペルセネータさんと似たようなこと言ってるよ。しかもニヤってかっこよく笑ってるし。それにしても、冒険かあ。
「ザッティさんは素敵な冒険者ですね」
ペルセネータさんが初めて話に入ってきた。さっきまでみたいのじゃなくって、前にウルと話したときの嬉しそうな顔だ。やるじゃない、ザッティ。
「あの、ポリアトンナ様。審問は」
「二日後よ。朝一番から、場所は公爵邸」
「公爵邸!? そこまでおおごとなんですか」
ミレアがおずおずって質問したら、ポリアトンナさんからすごい返事が返ってきた。公爵さまたちが住んでる家だよね。あれ? それってすごいの? まあミレアの感じだとすごいんだろうなあ。
「たぶんお母様が同席するわね。本来は関係ないはずなんだけど、絶対に出るって言うと思う」
「それはわたくしたちを助けてくださると?」
「どうでしょうね。今回の場合、判断するのはあくまでお父様、公爵閣下になるから」
助ける、助けるねえ。ボクたちは悪くないと思うんだけど、なんでこうなっちゃうかな。
「けっして悪いことにはならないし、させないわ。当然わたしも同席するわよ。ペルシィもね」
「お姉様は紹介状を書いた手前、責任をとらないといけませんね」
「ほんとにもう、貴族の相手はこれだから嫌なのよ」
お二人とも偉い貴族じゃなかったっけ?
「あいつらよりポリアトンナとペルセネータの方がずっと強いし、かっこいいぞ!」
「あら、ウルラータさんは嬉しいことを言ってくれますね」
ホント、ペルセネータさんってウルのこと気に入ってるよねえ。
これって聞いたことある。犬派ってやつだ。猫派と別れることがあるんだって。どっかに猫派はいないのかな。ミレアはセリアンならなんでもアリって感じだし。あ、ザッティは猫派な気がする。
「ラルカ、変なこと考えてないか?」
「『おなかいっぱい』の将来だけど」
「そうか」
フォンシーは犬と猫、どっちが好きなのかな。
「ふふっ」
あ、ミレアがちゃんと笑ってくれた。まあそれならいいか。しっぽがゆらりゆらりだよ。
二日後ね。なんとかなんもなしで終わってくれるといいんだけど。
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