第78話 よくもまあ楽しく冒険をやってるあたしらの邪魔をしてくれたな
「へえ、この土モグラは俺に歯向かうのかい」
「……」
ヴァルハースが意味わかんないこと言ってるけど、ザッティは目を合せないで下を見たまんまだ。
「俺は理屈のわからない男爵令嬢を説得しようとしただけなんだけどねえ」
「まてっ! 手を出すな!」
背中からフォンシーの声が聞こえたんだけど、なんで止めるのさ。もう腕を振りかぶったとこまでいってたのに。ウルも横でおんなじようにしてるんだよ?
「ラルカ、ウル、止まってくれ。シエランもだ」
「フォンシー、ザッティがこんなことをされても、それでもですか?」
ボクとウルのうしろでシエランも一歩踏み出して、低い声で唸るように呟いた。
「そうだ、馬鹿馬鹿しいことになる。こいつらは貴族だ」
「フォンシー……」
シエランが拳を握りしめてる。悔しそう。相手が貴族さまだからってさあ。
だけどフォンシーはなんてことないって顔で、ボクたちの一番前に出た。
「こいつら、最初からこうするつもりだったんだ」
こうするって、ボクたちを勝手に雇うとか言ってること?
「返事だったか?」
「すぐにでも我が家に──」
「断る」
フォンシーはヴァルハースの言葉を遮って言い切った。
「……どういうことかな?」
「そのままだ。私兵? お断りだ」
「……」
ヴァルハースたちが顔を赤くして怒ってる。いや、怒ってるっていうのもあるんだろうけど、これは信じられないって、そういう顔だ。この人、驚いてる。
ホントに意味がわかんない。こんな当たり前のことを言われて、なんで怒ったり驚いたりできるんだろ。自分たちが言ったらそれって全部とおるって思ってるのかな。そんなの村の子供だって……。
「なあ、引いてもらえないか。せっかくレベリングまでしたんだ。強くなったでいいじゃないか」
いつの間にか辺りは静かになっていて、そこらじゅうの冒険者さんたちも立ち上がってこっちを見てる。あ、こっちに来ようとしてる『ラーンの心』を他の人がおさえつけてるし。
「……たしか冒険者同士の暴力沙汰はよくないと、どこかで聞いたかもしれないね」
ヴァルハースがいまさらなことを言いだした。
「あんたらは講習すら受けてないのか」
「優秀な者たち専門の講習が必要だな。あとで言っておくとしよう」
優秀って、講習を受ける前にどうやって決めるんだろ。
「ところで先輩冒険者のキミたちと、ぜひ訓練をしてみたいのだけど、いいかな」
「……ああ、かまわないぞ。こっちだ」
そんなこと言うフォンシーは、今まで見たことないくらい冷たい目で笑ってた。
怒ってるのは間違いないと思う。だけどフォンシーらしくって、めちゃくちゃ怒ってるのにどっか冷静なんだ。これは怖い。逆らえないよ。
そんなフォンシーにヴァルハースたちがついてちゃった。あっちって訓練場? いやいやボクたち置いてきぼりなんだけど。
「……ミレア」
「行くしかないわね」
ミレアがすっごい難しい顔してる。フォンシー、大丈夫だよね。
◇◇◇
訓練場は協会事務所の裏手にある。って言っても広い地面があるだけで、特別なものなんてなんにもないけどね。
そこに『おなかいっぱい』と『エーデルヴァイス』が集まってる。
「あんたはたしか、ヴァルハース・ヘシル・ルーターンとかいったな。子爵令息だとか」
そんな名前だっけね。貴族の名前は長ったらしいよ。だけどフォンシーはいまさらなんでそんなことを?
「そしてそっちがエルジャント・ギャレ・ケンタリィ、だっかかな。そして──」
フォンシーが『エーデルヴァイス』の六人の名前を次々と呼んでく。
「ウィザードのレベル15とナイトのレベル14。話にならないな」
「貴様なにをっ!」
ヴァルハースが叫んだ。ちょっと声が裏返ってるね。
貴族さまだからかな、怒られたことがないのかもしれないね。ちょっと嫌味な言い方だけど、フォンシーは嘘をついてない。
「ジョブも足りなければレベルも足りていない。実戦経験などお笑い種だな。どれ、ひとつあたしが稽古をつけてやろう」
「ふざけたことを、この耳長が!」
「さてメンターとしての最後の仕上げだ」
すっごい勢いで怒ってるヴァルハースだけど、フォンシーはあっさりそれを流しちゃったよ。
ここに来る途中でちょっとだけ冷静になれた気がするけど、これってマズくない?
「俺たちにそんな、そんな口をきいて──」
「口を開くな。ほれ、刃引きなら剣でもなんでも好きに持ってかまわない。こっちは素手だ。ついでに客もたくさんだな。高貴な腕の見せ所だぞ」
ボクたちの周りは見物人だらけなんだよね。
冒険者のみんながぞろぞろついて来てたし、事務所の窓なんて協会の職員さんだらけだ。二階から会長さんまでこっち見下ろしてるよ。
「どうした? あたしは『おなかいっぱい』最弱の前衛だぞ。怖いのか?」
フォンシーの言ってることはウソじゃない。レベル10のサムライで補正を入れて、それでもミレアと同じくらいだ。
「一対六だ。いっぺんにかかってきていいぞ。こっちはレベル10でそっちは14と15だろう?」
「あのさフォンシー、弱い者いじめはよくないなあって、思う、よ?」
ちょっとだけ勇気を出して言ってみた。だってフォンシー怖いんだもん。
「ははははっ! 聞いたか? あんたらは弱いらしいぞ? ウチのリーダーが保証してくれた」
「ちょっとフォンシー!」
それだとボクが悪いみたいじゃないか。
「うおああああ!」
「おうおう、やる気になったな」
ヴァルハースたちが剣を振り回して襲い掛かってきた。相手はフォンシーと、ボク!? ちょっとなんで!?
「はははっ。ラルカは手を出すなよ? あたしがやる」
「貴族さまに手を上げるとか、するわけないでしょ!」
「そうだ。それで合ってる。せいぜい避けててくれ」
避けるよ。当たり前だよ。
あ、フォンシーは避けないで受け止めるんだね。手のひら、ばしぃんってすごい音してるけど。
「くっ、離せっ!」
ヴァルハースとフォンシーだったらSTRはどっこいなんだけど、なんてったってAGIとDEXが違う。反応と力の流し方だね。だから受け止められた剣はフォンシーの手から離れない。
「あたしの手もそこそこ痛いんだ。どれ、こっちの番だ」
どんって音がしたのはヴァルハースのお腹あたりだ。もちろんフォンシーが殴ったんだよ。
ただまあフルプレートの上からだから、それほど効いてないないかな。もしかしたら殴った手の方が痛いかも。
「いいか、『おなかいっぱい』の全員が怒ってる。よくも、よくもザッティを殴ってくれたな!」
「それがどうした!」
ヴァルハースの言葉の意味、やっとボクにもわかってきた。
この人たち、悪いと思ってないんだ。いけないことをしたんだって、そんなこと欠片も考えてない。
「もちろんあたしも怒ってる。仲間を殴られたのにも腹が立つけど、それ以上におまえらみたいのが目の前にいることに怒ってるんだ。よくもまあ楽しく冒険をやってるあたしらの邪魔をしてくれたな」
「貴様なにを」
「貴族らしくしたければ、このあと好きにしていいぞ。だからこうして、あたしがやってるんだからな」
貴族さま、か。ミレアならどうしたらいいかわかるのかもだけど、オロオロしてるだけでなにもできてない。
それにさっきからずっとなんだ。フォンシーはまるで、こうするのは自分じゃなきゃダメなんだって言ってるみたいなんだよ。ほかのみんなも気付いてるんだろうね。だから手を出せないでいるんだ。
ただ、どすんどすんって音が訓練場に響いてた。
◇◇◇
「アタシの手にゃ余るよ」
ボクたち六人と『エーデルヴァイス』の六人は、バーヴィリア会長の前に並ばされてた。『エーデルヴァイス』の人たちはとっても不満そうだ。けどねえ。殴られて転ばされて痛い思いはしたかもだけど、怪我なんかしてないくせに。
どっちかっていえば、フォンシーの腕のほうが心配なくらいだ。
「訓練以外で手を上げるのはご法度。『冒険者として』あんたは罪を犯しちゃいない。それは断言してやるさ」
「ああ、助かるよ」
夜も遅くにボクたちは会長室にいる。怒った顔した会長さんがフォンシーになんか当たり前のコトを言ってるけど、なんなのかな。フォンシーも納得してるみたいだし。
「ついでにあいつらの家にも一言入れといてやるよ。親の方はまだ理解がある」
「そうか」
フォンシーがちょっとだけホッとした声をだした。親の方? なんでそんなのが出てくるのさ。
「さて、ルーターンとこの小僧どもだったね?」
『エーデルヴァイス』の方を向いた会長が吐き捨てるみたいに言った。
この言い方って前にもあったね。面倒ごとを嫌ってるのかな。
「言ったとおりさ。フォンシーは冒険者としてなんにも悪いことはしちゃいないよ」
「タイルバッツ閣下──」
「その呼び方はやめな。アタシはバーヴィリアだ。冒険者協会会長だよ」
「ふっ、そうですか。ですが会長」
ヴァルハースたちが嫌な顔で笑ってる。ちょっと前までだったら変な顔だなあってくらいだったけど、今ならよくわかる。この人たちは悪いこと考えてるんだ。
「あたしは冒険者としてって言ったよ。そして分限に余るともね」
「ならば──」
「当然、領主様に報告するさ」
「なっ!?」
えっと領主さまって、この場合オリヴィヤーニャさんじゃないよね。だんなのレックスターンさん?
「そこまでするのですか?」
あれ、『エーデルヴァイス』がちょっと面白くなさそうだ。
「そりゃあそうさ。『おなかいっぱい』は氾濫の英雄で『一家』とも面識があるからね」
どういうことかわかってないボクの横でフォンシーが薄っすら笑ったよ。なんだろ、フォンシーらしくない、くたびれちゃったおばあちゃんみたいな笑い方だ。
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