第75話 アンタ、やるじゃないか




「ああ、ちょっと待ちな」


「あれ? 会長さん、どうしたんです?」


 結局まずはジョブチェンジからだってなって列に並んだとこで、冒険者協会の会長さん、えっとバーヴィリアさんに呼び止められちゃった。

 相変わらず怒った顔して、背筋がピンってしたおばあちゃんだねえ。


「ついてきな、会議室だよ。『一家』の方々がいなくなっちまったから、アタシは忙しいんだよ。まったく」


 それはこっちもだよ。せっかく気合入れてジョブチェンジするとこだったのにさ。



 ◇◇◇



「ソレがメンターか」


 会長さんに連れられて二階の会議室には、男の人が六人いた。たぶんボクたちよりちょっと上、17とか18歳くらいかな。『ラーンの心』と同世代って感じ。なんかだらしない感じでイスに座ってる。それはいいんだよ、それは。

 それより、その人たちのひとりが言ったセリフが大問題だ。メンター?


「バーヴィリア会長、これはどういうことでしょう」


 ミレアが口から氷魔法を撃ったみたいな声で質問したよ。

 なんでミリアかっていえば一応会長は貴族さまなんだけど、どちらかっていうとそっちより目の前の六人が妙にきれいなかっこをしてるからだ。もしかして偉い人たち?


「まずはこれだよ」


「これは」


 ボクたちが男の人たちの反対側に座ったとこで、会長さんがなにかをテーブルにぽいってした。封筒? ふたつだね。それをミレアが手に取ったよ。


「モータリス男爵とポリアトンナ様からだよ」


 一番偉い人が座る場所にいる会長さんだけど、なんかすごく面白くなさそうな顔だ。ボクにはわかっちゃう。この人ほんとうに嫌がってるね。


「お父様が?」


「あー、『紹介状』だとさぁ」


「……拝見しても?」


「もちろんさ」


 向かいでニヤニヤしてる人たちが気になるけど、今は紹介状の方だ。メンターって言ってたけど、そういうことなのかな。そんなのをミレアのお父さんとポリアトンナさんが?



「ミレア?」


 封筒から出した紹介状を読んでたミレアなんだけど、眉毛がきゅってなっちゃってた。もうきゅっていうかぎゅって感じで。これってかなり嫌そうだね。


「バーヴィリア会長、申し訳ありませんが少々お時間をいただけますか」


「まあ、しかたないねえ。むかいの講義室を使いな」


「ありがとうございます」


 口元をゆがめてミレアが立ち上がった。ボクたちも背中を追いかけるんだけど、ミレアはなんにも言わない。


「俺たちも忙しいんだ、早くしてくれよ?」


 背中からなんか嫌な感じの声が聞こえたよ。



 ◇◇◇



「大体はわかった。あいつらのメンターをやれっていうことだろ?」


「……そうよ」


 講義室に入ってすぐに、フォンシーが言った。まあそれはボクに想像できてたけど、なんでミレアが苦しそうなんだろう。お父さんが絡んでるのかな。


「お父様なんだけどあそこにいたひとり、ヴァルハース・なんとか・ルーターンの父親、ルーターン子爵に借りがあるそうなの」


「どゆこと?」


「断ればお父様のメンツが潰れるわね。わたくしは別に構わないのだけど、それでも……」


 メンツねえ。村で大工のおっちゃんがそんなコト言ってよく喧嘩してたっけ。普段は面白い人なんだけどね。貴族さまだとどうなんだろ?

 けどミレアの表情見たらなんとなくわかる。村のとはワケが違うんだろうね。



「ポリアトンナさんの方は?」


 いちおうそっちも訊いてみた。ポリアトンナさんならそう酷いコトは言わないって思うんだけど。


「断っても構わない、だそうよ。文面から渋々書いたのが伝わるわね」


「それって紹介状なのか?」


 フォンシーが苦笑いだよ。


「ポリアトンナ様らしいわ。けれど、そういうやからということね」


「そうなんだろうな」


「あいつら感じ悪かったぞ」


 ウルもちょっと顔をしかめてる。あの態度がなくたって、ウルならわかっちゃうんだろうな。黙って聞いてるシエランとザッティも顔が暗いねえ。



「さて、その上でどうする、リーダー?」


「当然引き受けるよ」


「へえ?」


 なにさフォンシー、ボクのことなんだと思ってるのさ。


「だってミレアのお父さんが頼んでるんでしょ?」


「だからそれは」


「ボクは感謝してるんだけどなあ」


 あれ? なんでミレアは意外だーって顔してるの?


「だってミレアのお父さんって、ボクたちを助けてくれたじゃない」


「え?」


「わたしたちのレベリングを、お父さんとお母さんに頼んでくれたじゃないですか。偉い貴族さまが家まで出向いて」


 そうだよ、最初の氾濫のときフィルドさんとシェリーラさんに、お願いしてくれたじゃない。


「……爺ちゃんもよくしてくれてる」


「シエラン、……ザッティ」


 ミレアはなんか感動してるみたいだけど、そこまでのコトなの?


「それにほら、46層に飛ばされたときだって、心配して事務所に来てくれてたじゃない」


「あれは、フォンシーの心配だったのよ!」


「それはかんべんしてくれよ、ミレア」


 あ、みんながちょっとだけ笑えたね。



「まとまったってことでいいよね?」


「わたくしとしてはありがたいけど、気を付けてね」


「なにを?」


 せっかくみんなで団結したんだけど。


「アレは貴族らしい貴族よ」


「どゆことさ」


「自分たちを平民と別の生き物だと思っている連中」


 ごめん、意味わかんないんだけど。



 ◇◇◇



「もちろんいい返事だろうね?」


 会議室に戻ったらすぐにこれだよ。ミレアに言われてたとおりだ。このお兄さんたちは、自分に都合いいことしか考えてない。


「メンターの依頼、受けます」


「ほう、キミは?」


 返事したのは当然ボクだ。リーダーだからね。


「『おなかいっぱい』のリーダー、ラルカラッハです。敬語が苦手なのでごめんなさい」


「ふふっ、構わないさ。平民に、ましてや冒険者にまともな敬語なんて、求めるわけがない」


 そんな考え方で生きてて楽しいのかなあ。だからミレア、どうどう。言い出しっぺが最初に怒ってどうするのさ。



『わたくしたちを暴力でどうにかできるわけもないし、いざとなればポリアトンナ様の顔を潰すことになるわ。変なことにはならないと思うけど、それでも注意してね』


『どう注意すればいいんだ?』


『そうね、黙っていればいいと思うわ。……ウルは特に』


『わかったぞ』


 なあんて会話をしてきたからねえ。


「じゃあ会長さん、契約? でしたっけ。どうすればいいんですか?」


「ああ、これだよ」


 面白くなさそーな顔で、会長さんが書類をテーブルに出してくれた。カースドーさんたちにメンターをお願いしたときのと似てるね。あのときって全部シエランに任せちゃったんだっけ。

 もちろん今回もだよ。こういうのはシエランとミレアだね。よろしく。



「リーダーはヴァルハースさんですね。よろしくお願いします」


「ああ、氾濫鎮圧の英雄さんたちには、せいぜい期待しているよ」


 誰が英雄なんだかわけわかんないけど。


 ヴァルハースさんはナイトのレベル5だって。ほかの人たちだけど、エルジャントさん、ウィラーウィンさん、デッタリアスさんもナイトでレベル5、ヘラジャーンさんとギスヘンバーさんがウィザードのレベル6だった。書類には家名とか男爵だか子爵だかって書かれてたけど、とても覚えられないね。気にしないでおこう。

 ナイト四、ウィザード二。貴族の息子さんたちだけのパーティで、名前は『エーデルヴァイス』だってさ。


 それにしたってナイトが多すぎだなあって思う。たしかにファイターをしなくてもなれるジョブだけどさ。あとで聞いたんだけど、貴族の人たちって最初はナイトかウィザード、たまにビショップなんだって。


「ねえフォンシー」


「ん?」


「回復役いなくない?」


「しるか」


 こっそりフォンシーに言ったら、すっごい笑顔で返されちゃったよ。ああ、これは冒険者なめるなーってことだね。怒ってるんだか呆れてるんだか。



「ではマスターレベルまでレベリングを──」


「レベリングとは失礼だね。共に戦うんだよ」


「申し訳ありません」


 シエランが頭を下げて、ウルのしっぽが膨らんだ。

 書類にメンターってハッキリ書いてあるんだけど、これはなんなのかな。


「レベ……、戦うのはいつからですか」


 レベリングって言えなくなっちゃったよ。


「今からに決まっているだろう? 俺たちを待たせる気かい?」


「いえ」


 ああ、もう。シエランの口数が……。


「じゃ、じゃあ早速いきましょう」


 ここはもうボクが話をするしかない。

 ウルとザッティは黙ってる係だし、シエランは可哀相、いやおっかないかな。フォンシーは絶対相手を怒らせちゃうだろうし、同じ貴族様で対等に話せそうなミレアは目が変な色になってる。

 ほら、ボクってこういうのあんまり気にしない方だしさ。任せといてよ。


「じゃあ行こうか。キミが案内役かな、まだら猫」


「ラルカラッハですけど」


「そうかい、まだら猫クン」


 へえ、そういうコト言うんだあ。けど全然気にならないなあ。ホントだよ?



「すまないねえ」


 会議室を出るときに会長さんがボソッて言った。顔は怒ったまんまだけど、いつもとちょっと違うかな。


「なんとかなりますよ」


「アンタ、やるじゃないか」


 会長さんの表情がちょっとだけ変わった。怒ってるけど少しだけ嬉しそうな感じだ。難しいことするね。


「領主様たちはヴィットヴェーンで、いつ戻ってくるかもわからないからね。気をつけな」


「はい」



 前々からいつかはやらなきゃって思ってたメンターだけど、最初がコレってどうなんだろうね。


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