第3章 ベンゲルハウダーの一流冒険者

第74話 強くなったら、もっと強くならなきゃいけなくなる。どんな職業でもそうなんだって




「そいでさ、これからどうしよう」


 迷宮異変の打ち上げ宴会が終わった夜、ボクたちは宿屋でいつもみたいにお話し合いをしてるとこだ。

 明日は朝から『オーファンズ』のお見送りなんだよね。ちょっと寂しいなあ。


「どうするんだ?」


「そこだよウル。どうするのかってお話なんだ。はい、フォンシー」


「なんであたしに振るかなあ」


「役割分担だっけ、それだよ?」


「へいへい。じゃあ現状からだな」


 こういう話はフォンシーにやってもらうのが速いと思うんだ。

 そしてほら、ちゃんと今の状況から話し始めてくれたしね。



「まあ、あたしたちは強いし、稼げるパーティになったんだと思う。だろう? シエラン」


「今の『おなかいっぱい』なら70層くらいで素材を集めるだけで、十分食べていけると思います。素材の買い取り価格が心配ですが」


「あぁ、経済な。新人も食えることを祈るしかない」


 前にペルセネータさんがお金がないって言ってたもんね。経済だっけ? ボクには難しいけど、そこは偉い人たちに任せよう、そうしよう。


「じゃあボクたちはウハウハできるの?」


「そうですね。明日からお昼は干し肉じゃなくて、お弁当にするくらいには」


「ほんと!?」


「ほんとか!?」


 すごいよ! これはもうウハウハだよ! ウルとボクでしっぽがすごいよ。

 事務所の食堂で売ってるんだよね、冒険者迷宮弁当。どんなのかなって気になってたんだ。


「まあ弁当はいい」


「流さないでよ!」


「わかったわかった、弁当は明日から買うってことで、な」


「それならよしだよ」


 よし、決定。



「じゃあフォンシー、続けていいよ」


「あのなあ。……まあいい、あたしたちだが今のままやっていけば、そうだな二、三か月もあれば90層、上手くすれば100層だって夢じゃないと思うが、どうだ?」


「そうね、レベル90台が揃った上に、ガーディアンまでいるパーティなんだから」


 ミレアがチラってザッティを見て言った。二人の言ってることは、まあそのとおりだと思うよ。


「ウルはどうしたい?」


 フォンシーが今度はウルに振った。返事わかってて訊いてるよね。てことはそうか、フォンシーもその気だし、みんなもそうだって思ってるんだ。


「ウルか? ウルはビショップがいいぞ」


「ははっ、そうきたか」


 だろうねえ。ウルならそういう言い方するって思ったよ。


「フォンシー、だったら一番先に聞かなきゃならないのはザッティでしょ」


「そうだな。どうせこうなるだろうと思って訊いたけど、たしかにそうだ。悪かったな、ザッティ」


 そうなんだ、もしここからジョブチェンジをするなら、一番気になるのはザッティなんだよね。


「……いい、やるぞ」


「なにを?」


 一応だよ、一応確認。これは大事なことだから、しっかり訊いておかないとさ。


「……ジョブチェンジだ」


「わかったよ。ボクもジョブチェンジに賛成。はいミレア、理由をどうぞ」


 ボクとしてはもうジョブチェンジは当たり前だと思ってる。なんたってボクたちは『一家』や『ブラウンシュガー』、『ライブヴァーミリオン』みたいなすごい人たちを知ってるから。

 なので今度はミレアに話してもらおう。なんかそれっぽい理屈を出してくれるよね?



「わたくしも賛成よ。それとラルカ、単純に強くなれそうだからとか思ってるでしょ?」


「そうだけどさあ、それでもいいじゃない。だからミレアに頼んでるんだよ」


 だからため息吐くのやめて。


「強くなれるからよ」


「ボクのと一緒じゃん!」


「もっと強くなれる可能性があるからよ」


 言い直したし。


「半年前のわたくしなら、ここで満足していたかもしれないわ。けれど今はそう思わない」


 あ、なんか演説っぽくなってきた。


「ちゃんとした理由はあるわ。今の『おなかいっぱい』ならジョブチェンジして補助ステータスを無くしても、すぐに取り返してもっと強くなれるはずよ。たとえばわたくし」


 そう言ってミレアはステータスカードを差し出した。


 ==================

  JOB:LORD

  LV :88

  CON:NORMAL


  HP :83+422


  VIT:32+209

  STR:41+278

  AGI:23+104

  DEX:40+122

  INT:52

  WIS:26+100

  MIN:14

  LEA:15

 ==================


 なんていうか、すごいよね。補助ステータスが全部三桁だよ。いくら十分の一が残るからって、これを投げだす勇気があるかって話だ。今なら昔の冒険者さんがひとつのジョブにこだわる理由がよくわかる。


「わたくしはシーフになるわ」


「おいおい」


 いきなり宣言しちゃったミレアにフォンシーがツッコんだ。気持ちはわかるよ。


「なによ。エルダーウィザードになるって言ったわけじゃないわ。この中でシーフを持っていないのはわたくしだけよ」


 たしかに講習でもシーフは絶対だって言ってたけどね。


「それにわたくしには、速さが足りないわ!」


「127でも?」


「ジョブチェンジしたら33じゃない。遅すぎるわ」


 まあ、そうだけどさ。



「話がずれてるぞ。ミレア、ちゃんとしろ」


「フォンシーに言われたくないわね」


 そこの二人、火花を散らさないで。ほらミレア、話を続けて。


「その先に見えている強さがあるのよ。一時的に弱くなるかもしれない。けれどわたくしたちは取り戻せるわ。レベルアップをやり直して、ジョブチェンジをして、スキルを増やして」


「そのとおりだと思います。わたしも次のジョブを考えてます」


 シエランも会話に参加してきた。


「強くなるのはこれからも必要だと思います。今回の氾濫で強い冒険者が増えました。もしかしたらこの先、一部素材の暴落が起きるかもしれませんし、それをつかまされるかもしれません」


「そんなことになっても領主様が手当てしてくださるわ」


「ミレアの言うとおりなら問題はありません。けれど制度を調整するには時間がかかるでしょうし、わたしはそれに頼ったりするような『おなかいっぱい』じゃないと信じたいんです」


 あー、さっき言ってた経済ってやつだね。ボクにはさっぱりだよ。



「そっちはわかんないけど、なるべく急いで強くならなきゃって理由はあるよね」


「そうだ、あたしたちは次の迷宮異変に備えなきゃならない」


 ボクの言葉にフォンシーが返してくれた。

 レベルが90になっちゃったボクたちは、そうそうレベルが上がんない。だったら一時期弱くなってもジョブチェンジをするしかない。結局はこれなんだよね。


「べつに最強だーってなりたいわけじゃないけど、氾濫をうしろで見てるだけっていうのはね」


「……ジャリットは、『ブラウンシュガー』は強かった」


 ジャリット、ああ『ブラウンシュガー』のドワーフの子だね。あの子の盾ってすごかったもんねえ。やっぱりザッティだと、そっちが気になっちゃうのかな。


「結局、なにをやるにしても強くなるしかないってことだよ」


「それがいいと思うぞ!」


 ウルがきっちり賛成してくれた。

 長々とお話ししてきたけど、最後はこうなるのはわかってた。当然わかってたんだけど、もしかして意味がなかった会話かもしれなかったけど、それでもこういうのはハッキリさせとかないとね。


「まったく、ウハウハするために冒険者になったはずなんだがな」


「それはパン屋でも農家でも一緒だと思います。強くなったら、もっと強くならなきゃいけなくなる。どんな職業でもそうなんだって」


「人生は長いな」


 エルフがそれを言うのかなあって、多分全員が思ってるよ? ウルはどうかな。


「フォンシーは長生きするぶん、もっと強くなれるな!」


「そうだな、ウル。そのとおりだ」


 ちょっとだけ細くなったフォンシーの目はなにを見てるのかな。

 だけどボクたちの心は決まった。あとはやるだけだね。



 ◇◇◇



「こりゃひどいな」


「列になってるねえ。こんなの初めて見たよ」


 みんなで話し合った次の日の朝、ヴィットヴェーンに向かう『オーファンズ』と一緒にごはんを食べて見送って、戻ってきたらこれだよ。


「……やる気だな」


 ザッティがニヤって笑ってる。最近そんな顔すること多いね。


 列ができてるのは『ステータス・ジョブ管理課』の窓口なんだよ。おじさんおばさん、おにいさんおねえさん、いろんな人が並んでる。

 この人たちは新人なんかじゃない。だってみんな見たことある顔ばっかりだもん。


「ジョブチェンジだな!」


 ウルがとっても嬉しそうだ。

 ボクもちょっと背筋がブルってしたよ。ボクたちが昨日みんなで話し合って決めたこと、それとおんなじことをベンゲルハウダーの冒険者が考えたんだ。この人たち、全員ジョブチェンジする気だよ。


「やるじゃないか」


「そうね。悔しいくらい見事だわ。ほらあそこ、『ラーンの心』と『夜空と焚火』までいる」


 フォンシーとミレアは苦笑いだ。

 ボクとしては『ラーンの心』に先を越されたのは、ちょっと気に入らないかな。


「素材の買い取り価格、本当に危ないかもしれませんね」


 シエランはそっちの心配なんだね。顔がすごい真面目だよ。



「じゃあさ、鎧を借りるのを先にしちゃう?」


「あっちも並んでるぞ」


 あらら、ウルは見ててくれたんだ。ホントに教導課の窓口も列になってる。なんでだろ?


「あたしたちと同じ理由だろ。防具をやられたんだ」


「ああ、そっか」


 防具を壊したのってボクたちだけのわけないもんねえ。さて、どっちから並んだもんだか。



 氾濫が終わってたった二日。それでもベンゲルハウダーの冒険は、もう始まっちゃってるんだ。


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