第73話 これでもボクたちはベンゲルハウダーの中堅冒険者らしいよ?
「そっか、行っちゃうんだ」
「あんな話、聞いちゃったらね。ひと月もしない内に戻ってくるよ」
「気を付けてね?」
「ふふっ、行くのはヴィットヴェーンだよ? あそこはね、どんなモンスターが出たってやっつけちゃう、すごい冒険者がたくさんなんだから」
「だったねえ」
ボクたち『おなかいっぱい』と『メニューは十五個』、『十九の夜』は事務所の同じテーブルで朝ごはんを食べてるとこだ。
氾濫が終わって、それから宴会があった次の日に、彼女たちは一度ヴィットヴェーンに戻ることになっちゃったんだよね。
◇◇◇
「こりゃあかかるねえ」
「時間もお代も、ですよね」
「そりゃそうだよ」
迷宮異変が終わってみんなで地上に戻ったら、空はもう茜色だった。
そこで解散ってなって、ボクたちは夕ごはんを食べてからパッハルさんの工房に来たんだけどね。
「で、どうするんだい?」
「……マスターデーモンの鎧下とボーリングビートルの装甲を一括でお願いできますか」
こういうやりとりはシエランにお任せだ。
「まあ、それが一番安上がりで確実だね。時間はもらうよ?」
「それはもちろんです」
「それにしてもマスターデーモンかい? 聞いたこともないよ。アンタら、がんばってくれたんだね」
「はい、がんばりました」
そう言ってシエランは嬉しそうに笑ったよ。ほんのちょっとだけだったかもしれないけど、街を守る力になれたんだもんね。
「しばらくは借り物鎧に逆戻りだねえ」
「『特盛』を付けるぞ!」
ウルはウチのシンボル気に入ってるんだよね。もちろんボクもだよ。
四日ぶりくらいで宿に戻って、ボクたちは装備の確認中だ。
「でも武器は良くなったわ!」
氾濫のドロップで色々出たからね。
まず片手剣の『鋭いショートソード+3』が三本になった。シエランの『強靭なカタナ』とあわせて、前衛剣士が四人分ってことかな。たぶんウチでそういうコトはなさそうだけどね。これでフォンシーが使ってた『グラディウス+2』は予備になるかな。
ロングソード系もそれなりのが出たんだけど、そっちも一応貯金代わりに保存するんだって。そういうのはシエラン頼りだよ。
剣の話が続くけど『ミセリコルデ+1』も手に入った。ちょっと長めの短剣だけど片手剣代わりにも使えてボクらにはちょうどいいんだよね。『切り裂きのダガー』と一緒に使えそうだよ。
なにより大きいのが『デーモンシールド』。形はヒーターシールドとほとんどいっしょだから、『闇のヒーターシールド』と入れ換えられるんだ。一枚だけだけどね。
「鎧関係は全部売却しますね」
「うん、使い道がないよ」
オーダーで革鎧を作ってもらうから、『おなかいっぱい』は鎧の仕立て直しとかはもう要らない。『鋼のフルプレート+1』とか、結構すごいらしいしザッティに似合いそうなんだけど、サイズがねえ。
「明日は一日お休みして、夕方から宴会だね」
「食べるぞ!」
「……お菓子が出ない」
たしかに。今度協会の職員さんにお話して、お菓子も出してもらえるようにしてもらおう。うん、いい考えだね。
「食べ物の話も大事だけど、これからどうするかよ」
「これから?」
なんかミレアが真面目な顔してる。
「ジョブチェンジよ。それが決まらないと武器もなにもないわ」
「そりゃそうだけどさあ」
氾濫が終わって、ボクたちのレベルはとんでもないことになってるんだ。
ボクはソードマスターのレベル90。90だよ?
フォンシーはナイトのレベル93。これがパーティを組んでから最高のレベルだね。
シエランがケンゴーのレベル88で、ウルがハイニンジャのこれまたレベル88。
ミレアもロードのレベル88で、途中でジョブチェンジしたけどザッティはガーディアンのレベル75だ。
これってもうジョブチェンジをするのかどうか、そこからのお話だよね。
「明日の夜にでも考えようよ。今日はもう眠いや。ここのとこ、いつ寝たんだかわかんないし」
「それもそうだな」
珍しくフォンシーも眠そうだ。ってか全員だね。
「んじゃ、お話しおしまい。みんな氾濫お疲れさまでした」
◇◇◇
「なあシエラン、ワザとじゃないよな?」
「そんなことないよ、お父さん」
「ラルカラッハさん」
「は、はい」
なんか前にあったぞ、こんな流れ。
「ウチの娘にならないかい?」
「やです」
「そんなこと言わないでおくれよ。ソードマスターのレベル90なんて凄いじゃないか!」
フィルドさんが意味わかんないこと言ってるし。酔っぱらってるでしょ。
シェリーラさんとシエランさんの目が冷たいよ?
「シエラン、ハイウィザードって素敵よね」
「そ、そうだね」
「ところで」
「な、なに?」
「『大魔導師の杖』を手に入れたのよね。エルダーウィザードになるの?」
「それはその、みんなで話し合ってからだよ」
シェリーラさんもたいして変わんなかったよ。
「わはははっ!」
オラージェさんたち、笑ってないでなんとかしてよこれ。
オリヴィヤーニャさんとか会長さんの挨拶が終わって、まだ一時間もしてないのにこれだよ。
ボクたちの首には革ひもがぶら下がってて、前にもらった二つの飾りとヘルハウンドの紫の牙、マスターデーモンの爪の欠片が仲間入りした。これで四つだね。
そしてそして、なんとカタナとシュリケンを一個ずつもらっちゃった。
『上位三次は自分で手に入れよ』
なあんて言われたけどさ、ボクたちには『ヴィシャップ殺し』と『大魔導師の杖』があるもんね。まあ、オリヴィヤーニャさんもそれを知ってるんだけどさ。
『オーファンズ』はシュリケンとクナイをもらってたよ。当たり前すぎて、そだねってしか思わなかったよ。
「やあ、飲んでるかい?」
「ボクはお酒飲めないから」
「ラルカラッハもお子様だな」
なんか『ラーンの心』が絡んできたよ。特にレアードさんがお酒臭い。
「見てくれよこれ。『フルンティング』だぞ」
なんかカッコイイ飾りのついた剣だね。鞘が真っ白だ。でもおっきくてボクたちには使えそうもないかな。
「へえ、ホワイトロードか」
「そうだぞフォンシー。どうだラルカラッハ、すごいだろ!」
はいはい。
こんな酔っ払いのお兄さんたちだけど、『夜空と焚火』やメンター依頼のときに知り合いになったパーティとでクランを作るんだってさ。
地元の子たちは育成施設があるから、『ラーンの心』は地方から出てきた人たちを助けてあげられるようなクランを作るんだーって。それって『センターガーデン』とカブってる気もするけど、本人たちはやる気みたいだし、まあいいや。
「『おなかいっぱい』もメンター、手伝ってくれるよな?」
「まあ、それくらいなら」
「頼むよ!」
なんか楽しそうだねえ。前の氾濫のときなんて突っかかってきたくせに。
それからもいろんな人たちとお話しした。クランとかパーティとか、もちろんカースドーさんたちとも。知り合い増えたよねえ。
「なんですって!?」
「そうか。わかったアッシャー」
あれ? 今のってクリュトーマさんとシローネの声だよね。
「ほう。ならばわれらも行くしかあるまい」
なんか『一家』の人たちが立ち上がってるけど、どうしたんだろ。
横にいつの間にか黒い鎧の人がいたよ。あれってメンヘイラさん? いや、違うね。雰囲気似てるけどエルフさんだし。
「すまぬがわれらには用事ができた!」
オリヴィヤーニャさんが声を張りあげた。
「後のことはタイルバッツと『エクスプローラー』に任せる。では宴を楽しむがいい」
それだけ言い残していなくなっちゃった。『ブラウンシュガー』も『ライブヴァーミリオン』も。
すぐあとに聞いたんだけど、ヴィットヴェーンで黒門が出たんだって。シローネたちには挨拶しときたかったなあ。
◇◇◇
結局『オーファンズ』もヴィットヴェーンに行くってことになったよ。ボクも行きたかったくらいだけど、こっちだってなにがあるかわかんないからって止められちゃった。
「ボクたちも強くなって待ってるよ」
「ありがと! すぐ戻ってくるから。そのときにはみんなニンジャになってるかもね!」
「ウルはもっとすごくなってるぞ!」
「あははっ、ウルならそうかもね」
そうやって『オーファンズ』はベンゲルハウダーを背中にして走って行っちゃった。なんかニンジャっぽかったよ。
「さて、あたしたちも行くか」
「サジェリアさん、ビックリするかな?」
「どうだかな。他の連中も似たようなもんだろ」
フォンシーが口の端を吊り上げて悪い顔してるよ。
ボクたちは『オーファンズ』と反対にベンゲルハウダーの協会事務所を目指して歩きだした。
「……やるぞ」
ザッティがニヤって笑う。ホントにやるのかな。
「ウルもがんばるぞ!」
「わたくしもよ!」
ウルとミレアが元気に気合を入れた。
「わたしはちょっと不安です」
シエランは……、えっと、大丈夫だと思うよ?
「やっぱり冒険者は冒険をしないとな。だろ?」
逆にフォンシーは上機嫌だ。
「そうそう、昨日の宴会でいろいろ聞かされたんだけどね。これでもボクたちはベンゲルハウダーの中堅冒険者らしいよ?」
「そりゃまたずいぶん持ち上げられたもんだ」
「そうかしら、わたくしたちは強くなったわ!」
「……うむ」
「ウルたちは強いのか?」
「どうでしょうね」
ほんと性格も種族もバラバラなパーティだねえ。でもそれだから楽しいのかもしれないなって思うんだよ。
さあ、朝ごはんも食べてお見送りもしたし、今日もこれから冒険だ。今から夕ごはんが楽しみだよ。
◇◇◇
第2章はこれで終了です。閑話その3を挟んで第3章(最終章)に続きます。
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