第72話 ふしゃっ!
冒険者たちが道を開いて、そこをボクたちはずんずん歩く。トボトボって気分だけどね。
いやいやダメだ。こんな落ちた気持ちで戦ったら勝てるものも勝てなくなっちゃう。元気をだそう。
「さてリーダー」
「なにさフォンシー」
「指示をくれ」
まったくもう。まあいいや、こうなったらやってやるだけだ。
「どうせならハデにやるよ」
「それでこそラルカよ」
どれでこそだよ、ミレア。
周りの冒険者さんたちはみんな、ボクたちがそこそこやれるの知ってるもんね。一撃でやられないくらいにはHPもあるし、いざってなったら『ラング=パシャ』で確定逃走すればいい。
だけどさあ。
「ここまで素敵な舞台をもらって、逃げるわけにはいきません」
シエランの言うとおりさ。
ここでダメだから逃げましたー、なんてカッコ悪いことできるわけないじゃないか。
「ねえ、ボクたちって最高でも二体しか相手してないよね、マスターデーモンをさ」
「そうだな」
「目の前に三体いるんだよ」
「そうね」
「フォンシー、ミレア。だけどもう、あんまり怖くないんだ」
ゆら~りゆらりってしっぽが揺れるよ。
「もう慣れたぞ!」
そういうことさ、ウル。
「じゃあいっつもどおりで、もっとすっごくやろう。最初は当然ウル」
「おう! 奇跡を使うのか?」
「まさかあ。レベルがもったいないよ」
「わかった!」
「そいでね──」
それから十秒もしないうち、バトルフィールドが広がった。
今回の氾濫、最後の戦闘だ。カッコよくきめないとね。
◇◇◇
「がるぅっしゅっ!」
たったの一息でウルは三つのダガーをいっぺんに投げた。自慢の『切り裂きのダガー』じゃないよ。インベントリに入れといた『ダガー+1』を三本だ。
それが三体のマスターデーモンに向かって飛ぶ。一番避けにくい、体のど真ん中を狙ってる。
「にゅしゅーっ」
その間にボクは大きく息を吸った。
集中、集中。今はバトルフィールドの中だけでいいんだ。全部を見て、聞くよぉ。
「動いたぞ!」
ウルの投げたダガーはマスターデーモンをすり抜けた。もちろんテレポートだ。
どのみちウルのダガーは相手に刺さりっこない。STRが全然足りてないからね。とんでもないAGIとかなり高いDEXがあるから、素早くて正確に飛んだだけだ。
「弱点そのいち!」
今見てる人たちならこの一言で十分だ。
マスターデーモンは最初の物理攻撃をテレポートで避けるクセがある! ボクたちはそれを知ってるんだ。すごいでしょ。
ついでにグレイデーモンを呼び出すのも止められるよ。
いやまあこれに気付いたのって、うしろで盾を構えてるフォンシーなんだけどね。
それはいいや。さあ次はボクの出番だ。
「ふしゃっ!」
ボクのAGIはウルみたいにすごくない。それでも180はあるんだよ。ウルは240だけどね。いつかボクもニンジャになろう。
おっとそうじゃない。ボクには耳と目がある。それともひとつ、しっぽだってある。ウルにだってあるけどさ。
そうさ、ボクは敵がどこにいるかわかっちゃうんだ。
前はおっかない人やモンスターがいたら、しっぽがぶわってなっちゃうなあってそれくらいだったけど、今回の氾濫で気付いたんだよ。そのおっかないなにかが、どこにいるかもわかるんだって。見えてたり音が聞こえる範囲でだけどね。
「つかんだー!」
敵がどこにいるかわかっちゃえば、あとは一目散だ。一番ちかいデーモンの足元にしゅばって滑り込んで足首をつかんでやった。あとは捻ってそのまま投げる。
どんなに力があったって、関節さえうまくいじれば怪我をさせられるし、投げることだってできるんだ。ボクはグラップラーをやってたからね。
「どうりゃあ」
ごきんって嫌な音をさせたモンスターの足首を持って、ボクはそのまま近くのもう一体に向けてそいつを放り投げてやった。
「これが弱点そのに!」
マスターデーモンは一回テレポートしたら、多分十秒くらいは使えない。これもフォンシーが気付いたんだけどね。
テレポートが終わってすぐ、今投げられちゃったらなんにもできなくなるんだ。ぶつかる先のデーモンはフォンシーとミレアが逃げ道を塞いでる。AGIがそれ程じゃなくても、それくらいはやってくれる。
どすんって音を立てて二体のマスターデーモンが衝突したね。
そのあとすぐ、こんどはずがんって音がして、二枚の盾に二体のデーモンが挟まれた。やったのはもちろんミレアとフォンシーだ。
「やります!」
シエランはもう刀を上で構えてた。
「えいっ!」
そこから一気に振り下ろして片っぽのデーモンを切り裂いた。地面スレスレで刀を止めて、こんどはそこから上に向かってもう片方を斬る。すごいや、STRとDEXが高いもんだから、やると決めたらそこからは一息だ。
二体にトドメを刺したのはミレアとフォンシーだ。それぞれ手に持った剣を動きが止まったデーモンの胸に突き立てた。
そうしてマスターデーモンは消えてった。さあ、あと一体。
◇◇◇
「思った以上にやるではないか」
「ふむ。スキルを使わないで終わらせるんだな」
「そのようだな。どうだ? ベンゲルハウダーの新人もなかなかであろう」
「見どころがある」
なんかオリヴィヤーニャさんとシローネの話し声が聞こえるよ。二人ともすっごい偉そうだね。
っていうか、オリヴィヤーニャさんとそうやって会話できてるシローネがちょっと怖いよ。
「……むん!」
最後の一体はウルが足を使って混乱させて、ザッティが盾で押しつぶすようにして終わらせた。
ウルの見切りも、ザッティの力もすごいよね。ウルお得意の『ずり足』使ってたけど、意味ってあったのかな。
「終わったねえ」
「やったぞ!」
バトルフィールドが消えたと思ったら、ウルがボクに抱き着いてきた。よっしよし、お互いがんばったねえ。
「……疲れた」
「お疲れ様、ザッティ」
その場に座り込んじゃったザッティにミレアが声をかけてる。
「まあ無事でよかった。レベルも上がったしな」
「素材も沢山ですね。トロルは止めてマスターデーモンの皮で鎧を作ってもらいましょう」
フォンシーとシエランは現実的だねえ。シエランって前まで素敵な冒険とか言ってなかったっけ。
「見届けたぞ。やるじゃないか」
「あ、イェラントさん。お疲れさまです」
おじさんって言ったら怒られるかな、『白の探索者』のみなさんがすぐそばで笑ってる。
そっちはずっと広間にいたから大変だったんだろうなあ。
「氾濫は終わったが冒険は終わってないぞ、ほれ」
チラっとイェラントさんが見た先に、宝箱が落ちてた。これは開けるしかないね。
「ウル」
「おう!」
どこに力が残ってたんだか、ばばばってウルが駆け寄ってカギをカチャカチャしはじめた。
「杖だな」
「杖?」
「おう……、『大魔導師の杖』だ」
ソレをウルはぽんって放り投げた。相手はミレアだね。あわあわしながら受け取ってるよ。
「な、なんでわたくしなの?」
「ミレアじゃないのか?」
『大魔導師の杖』。有名なアイテムだからボクでも知ってる。ハイウィザードの上、『エルダーウィザード』になれるジョブチェンジアイテムだ。
ハイニンジャとかケンゴーと一緒で上位二次ジョブだけど、あんまりドロップしないから数は多くないみたい。パーティにひとりいたら、もう立派な中堅だって聞いたよ。
「話し合いよ。あとでじっくり話して、それから決めるわ!」
そんなこと言いながら自分のインベントリにしまっちゃうんだねえ。まあボクも『ヴィシャップ殺し』を隠してるから言えたことじゃないか。
◇◇◇
「整列せずともその場のままでよい! 冒険者たちよ、立ち上がれ!」
「おう!」
オリヴィヤーニャさんが叫ぶ。座ったりしてダベってた冒険者たちの顔つきが変わって、みんなが立ち上がった。
立ち上がったのはいいんだけど、みんなボロボロだねえ。鎧のいろんなとこが壊れたり外れちゃってたり、デーモンとハウンドの返り血で紫やら赤やらベトベトだよ。迷宮でやっつけたモンスターってドロップの他はすぐに消えちゃうのに、返り血とかだけは残るんだよね。
「戻ったら鎧を作り直しですね。修理じゃなくって」
「だねえ。鎧下までボロボロだよ」
ボクの革鎧なんて、肩とか腰とかのパーツが無くなっちゃってるもんねえ。ブラックリザードのインナー、鎧下もあちこち破けかけてるんだ。外したガントレットもモンスターに踏みつぶされちゃってた。
なぜか左肩の『特盛』ワッペンは無傷なんだよ。ペルセネータさん、なんかおまじないでもしたのかな。
「さて、まずはご苦労であった。皆の尽力もあり、此度の氾濫も無事鎮圧された」
広間にオリヴィヤーニャさんの声が響く。そっか、終わったんだあ。
「しかし皆もわかっておろう。地上に戻り、宴を開くまでもが冒険よ。地上では昼頃か……、明日だな。明日の夕刻、定例通り迷宮前広場にて戦勝会を行うとしよう」
「それと素材ね。明らかに自分で倒したのはパーティのモノにしていいわ。それ以外はいったん集めた後で割り振ることにするからね」
ポリアトンナさんがドロップの扱いを説明してくれた。自分たちで倒して手に入れたぶんってことは……。
「『ヴィシャップ殺し』と『大魔導師の杖』は、あたしたちのだな」
「っしゃあ!」
フォンシーと右手同士でパチンってしちゃったよ。うんうん、ミレアも嬉しそう。
レベルも上がったし、ジョブチェンジアイテムも手に入った。もちろんみんなも無事ってことで、めでたしめでたし。
こんな感じでボクたちにとって二回目の迷宮異変は終わったんだ。
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