第71話 ここはベンゲルハウダーだ
「来たか。こちらで全部平らげてしまうところであったぞ!」
「オリヴィヤーニャ様は相変わらずですね」
オリヴィヤーニャさんが強がって、クリュトーマさんがそれに返事した。そういやお二人って同年代になるのかな。オリヴィヤーニャさんは滅茶苦茶若く見えるけど。
広間に入ってすぐ、通路組は戦いに参加した。
『ライブヴァーミリオン』と『ブラウンシュガー』はマスターデーモンを、ボクたち三パーティはグレイデーモンだね。レベル80も超えたし、そろそろマスターも相手にできるかも。
「聞いておるぞ。先日陛下たちと戦場を共にしたそうだな」
「叔母様、あれはたまたまです。ターンがあんなこと言うから」
陛下? ターン? なにそれ。ああ、ミレアの顔色がどんどん悪くなってくよ。ホントに大丈夫?
「して、超級になった者がいるともな。ここにいるのか?」
「わたし、です。アイネイアールス、です」
紫のこん棒を振り回しながらリィスタがぼそって感じで答えた。すごいよね、オリヴィヤーニャさんに訊かれてるのに、全然物おじしてないんだ。
「ほう。『ブラウンシュガー』の……、リィスタであったか。前回の助力には感謝している」
「がんばり、ます」
へえ、前回って第二次のヘルハウンドのときだよね。ん? てことは……。
「もしかしてワイバーンやっつけたのって?」
「おう。『ルナティックグリーン』と『ブルーオーシャン』、それとおれたちだ」
そうなんだあ。けどさシローネ、なんで毎回腕を組んでるわけ? しかも『ブラウンシュガー』全員で。戦闘中なんだけどなあ。
「まあよい。ベンゲルハウダーの者どもよ、頼もしき援軍の到着だ! ドラゴンスレイヤーぞ!」
「あれが……」
「あんなにちっちゃいのが、かよ」
「いやあ、あれがまた強いんだ」
「シローネたちか。久しぶりだな」
オリヴィヤーニャさんが高らかに援軍が来たって宣言した。
周りの冒険者たちは驚いたり喜んだり、いろいろだね。最後のはカースドーさんだよ。知り合いだったんだね。
「いよいよ祭りも終盤だ。冒険者の意地を見せてみよ!」
「おおうっ!」
『ブラウンシュガー』と『ライブヴァーミリオン』が『一家』と一緒に一番前に出た。他のパーティが周りでグレイデーモンを相手にしてる。マスターデーモンも混じってるけど、ちょっとずつちょっとずつ、削るみたいにバトルフィールドに引き込んでるね。うまい。
「負けてられないね!」
「やるぞ!」
フォンシーがノリノリなのって、冒険者になったころから思ったら変わったねえ。なんで笑ってるのさ。
「ラルカ、楽しいのか?」
「ん? ウル、どして?」
「ラルカ、笑ってるじゃない」
「ボク、笑ってた? そういうミレアこそ」
フォンシーだけじゃなかった。ウルもミレアも、シエランもザッティまで、みんな笑ってるよ。たぶんボクもなんだね。
しかも普通の笑い方じゃない。『フォウスファウダー一家』が見せてくれたみたいな、獲物を見つけた獣みたいな、そんな笑い方だ。これが冒険者なのかな。
さあ戦おう。グレイだけじゃないぞ、もうボクたちはマスターデーモンにだって負けてやらないんだ。
◇◇◇
「……『シールドバッシュ』」
ザッティの盾がモンスターを吹き飛ばした。
「ふっ!」
「がるあっ!」
シエランがカタナで、ウルがダガーでそれぞれ敵を斬り裂く。
もうスキルも使ってないや。あんまり残ってないのもあるんだけどね。
「まったく、こっちは囮ばかりだ」
「役割だから仕方ないでしょ」
フォンシーは文句を言いながら攻撃を盾で受け止めてくれてる。ミレアも一緒で、なんかナイトとかロードの剣技スキルを使ってるみたいだけど、あんまり上手じゃないねえ。
相手が魔法に強いもんだから、魔法スキルにあんまり意味がないんだよ。
「ふしゅっ! うん、いい感じだよ」
敵の攻撃をギリギリですり抜けて、ボクは猫パンチを叩き込んでやった。もうグレイデーモンならたいして怖くないね。
途中でジョブチェンジしたザッティは別だけど、ボクたちは全員レベル80の後半までいってる。マルチジョブの分もあるから、ステータスなら90台にはなってるんじゃないかな。そこにバフを乗せればマスターデーモンとだって十分戦えてる。いっぺんに二体が限度だけどね。
「あたしはレベル92だな」
「ずるいよフォンシー!」
「そう言うな。あたしとミレア以外はレベルと違う強さになってるじゃないか」
「どゆこと?」
違う強さ?
「ウルの反応、マスターのテレポート先まで見えてるみたい」
「なんとなくだぞ!」
ミレアまで混じってきたし。
「シエランの剣は凄いな。スキルを使っていないのに、あたしたちとはまるで違う」
「ザッティの盾もね。どうしてあんな風に受け止められるのかしら。AGIは低いはずなのに」
まあそうだね。シエランとザッティもすごいよね。ねえ、ボクは? ボクはどうなの?
「ラルカはまあ、よくもそこまでじゃれつけられるもんだって、驚いてるぞ」
「じゃれてないよ!?」
こっちは必死でやってるんだけど!
「マスターデーモン相手によくやるわね。かすっただけでも危ないでしょうに」
「当たりそうになったら、こっちからちょいって触って、ずらすんだよ」
「それがすごいって言ってるのよ」
「どうして死角からくる攻撃を見ないで避けられるのか、あたしには意味がわからん」
そうかあ、ボクってすごかったんだ。うぇひひ。
「……そろそろ終わる」
「そうですね」
ボクたちの話を聞いてたんだかどうだか、静かに戦ってたザッティとシエランだけど、キッチリ周りを見てたみたい。
もちろんボクもわかってたけどね。たぶんウルも。
「黒門ならさっき消えたよ」
「え?」
「……言われてみれば」
ミレアとフォンシーは気付いてなかったんだね。ちゃんと周り見てないとダメだよ?
「残りは三つだな!」
パーティでおバカな会話をしてる間にどんどんモンスターが減って、残ってるのはマスターデーモンが三体とグレイデーモンがえっと……、十二体だね。
黒門も消えたし、いろいろあった氾濫も終わりが見えたね。最後になってみれば、なんとかなってよかったよかった。いやあ疲れたよ。
あ、『ライブヴァーミリオン』が前にでた。最後はあの人たちでやるのかな?
「クリュトーマ、まて」
「どうしたの? シローネ」
あれ? シローネが『ライブヴァーミリオン』を止めちゃったよ。『ブラウンシュガー』がやるってこと?
「ここはベンゲルハウダーだ」
そうきたかあ。
「はははっ、なるほどなるほど。シローネはわれらに花を持たせてくれるか」
「そうじゃない。おれたちは助っ人だ。ワイバーンはしかたなかったけど、今はもうできるんだろ?」
「もちろんだとも!」
うわあ、『一家』のみなさんがすっごい顔してるよ。笑ってるけど……、笑ってるけどさあ。
シローネもシローネだよ。そんな言い方したらあの人たちがどうするかって、わかってるんだよね? 横でチャートも頷いてるしさあ。
「われら『一家』で締めるのも悪くないが、それではどうにも面白味に欠けるな」
そんなこと言ってる場合なのかなあ。あ、『エクスプローラー』がグレイデーモンだけやっつけてるね。なんか楽しそうだけど、オリヴィヤーニャさんに付き合うのって大変そうだよ。
「ふむ……」
そんなオリヴィヤーニャさんが辺りを見渡した。チラっとだけ目線が合った気がするけど、きっと絶対、気のせいだ。
「『おなかいっぱい』。貴様らだな」
やだよ?
◇◇◇
「シローネよ」
「なんだ?」
「たしかに貴様らは若く力もある。われらよりも遥かに強いであろう」
そうだね。ボクもそう思うよ。それがどんだけとんでもないかも。
「だがな、ベンゲルハウダーにも若き力は芽生えつつある。それこそが『おなかいっぱい』だ。どうだ、貴様らと同年代であろう。しかも女子ばかりときた」
「なるほど。たしかに」
ねえ、それって若い女の子ってだけで、それ以外が全然違うんだけど。なんかさ、すっごい迷惑な話に聞こえるんだよなあ。
「はいっ!」
「どうしたラルカラッハ」
「『ラーンの心』がいいと思います!」
うん、あの人たちの方がなんていうか、そう、冒険者っぽいよ。そうだよね!
「お、おまっ、ラルカラッハっ!? そういうとこだぞ。お前のそういうの良くないぞ!」
「えー、だってレアードさんってこういうの好きそうじゃないですか」
「好きだけどやだよ! なんでベンゲルハウダーの代表みたいなことしなきゃなんないんだよ」
それはボクもだよ。
じゃあさ、ほかの誰か……。なんでみんな目を逸らしてんのさ! しかも笑いながらだよっ!?
オラージェさんとかカースドーさんたちなんて、もうゲラゲラ笑ってる。酷くない!? えっとならさ、あ、あの人たちなら若手だし──。
「迷宮総督閣下、僕もここは『おなかいっぱい』が適任かと思います」
「ほう、貴様もそう思うか」
「リーカルドさん!?」
『センターガーデン』のリーカルドさんが割り込んできた。口元が薄っすら笑ってるんだけど。
「先に言われましたね」
ボクたちにだけ聞こえる声でシエランが言った。そういうことかあ。自分たち『ヴィランダー』に振られる前にってことね。憶えとくからね、このこと。
「先の氾濫において、僕は彼女たちと共闘しました。その際に思ったのです。『おなかいっぱい』は伸びると。そして彼女らは証明し続けています」
「ふむ、中々の慧眼だな」
「はっ!」
なんか勝手に話進めてるよ。なんかどうでもよくなってきたなあ。
ああ、マスターデーモンも困ってるよ。グレイデーモンを呼び出してるけど、現れたらすぐに倒されてるもんねえ。なんでボクはモンスターに同情してるんだろ。
「ラルカラッハ」
「はいっ!」
「やれ」
「……はい」
こうして『おなかいっぱい』はベンゲルハウダー代表にされちゃったんだ。
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