第70話 『暴虐』
なんかさ、遠くの方でぶわってバトルフィールドができたと思ったら、どかんばかんって音がして、すぐに消えちゃうんだ。
それからまたバトルフィールドが光って、消えて、それがだんだん近づいてきてる。
「あれ……、なんなの?」
すぐそばからミレアの震えた声が聞こえてくるけど、ボクもおんなじ気持ちだよ。
「ちょっとおい、モンスターが全部……」
「へ?」
フォンシー、なに言ってるの?
「あっちに行ってる」
ウルまでさあ。
「……近くに、いないね」
ああ、ボクの目までどうかしちゃったのかな。周りにまだいっぱいモンスターはいるんだけど、アイツらこっちを相手にしてやしないよ。全部が全部、視線が通路の奥にむいてそっちに移動してる。群がろうってしてるんだ、あっちからくるナンカに。
前に見たことある墨色の革鎧を着てる、十二人の冒険者たちに。
「……来てくれた」
「すげえな。スキルをほとんど使ってない」
シャレイヤとガッドルが安心しきった顔してる。どういうことさ。
「シャレイヤ、あの人たちを知ってるんですか?」
「もちろんだよ」
シエランとシャレイヤがおんなじ方を向いてしゃべってる。それもそっか、アレから目を離せない。もちろんボクだってそうだ。
シャレイヤ、泣きそうになりながら笑ってるよね。声だけでわかっちゃうよ。それって転んで泣いちゃったときに、お母さんが抱っこしてくれたときみたいな、そんなだよね。
◇◇◇
だんだん近づいてきたその人たちが、すぐそこでバトルフィールドを作った。二パーティだからそれが二つ。
マスターデーモンがたくさん中にいるよ。ボクたちが必死になって、少しずつ減らしたより多いくらい。
戦闘が始まったのにボクは一歩も動けない。それを悔しいとも思えないや。だってアレはさあ、もうなんか全部が違うんだ。
「『そのとき、ロガフィエルから光がさし、その光の中から閃光がひらめいた』……」
二つのバトルフィールドの片っぽ、なんか品のよさそうな人たちのひとりが、ブツブツって呟いてる。これってなに? まるで歌ってるみたいだけど、スキル?
「『シグルーン』」
ごうって音を立てて銀色の大剣が振り回されたと思ったら、二十体くらいいたはずのモンスターが半分に減ってた。マスターもグレイも関係なくだよ。
「ヴィルターナ様、お見事です。残りは私が……『これは遊びだ』『剣の舞』」
黒髪を短くしたお姉さんが、たぶんカタナなのかな、赤い刀身のおっきな剣をかついだまま敵につっこんだ。
「踊ってる?」
「うん、そう、なんだろうね」
ミレアが唖然としてるけど、だけど言うとおりだ。剣を振り回してるのはそうなんだけど、お姉さんはまるで踊ってるみたいなんだよ。
「きれい」
シエランはもう見入ってる。だよね、あんなきれいに刀を使われたら、そうなっちゃうよね。
一分もしないうちに、片方のバトルフィールドは消えてたよ。
「ふむ」
そしてもう片方だ。茶色い髪したちっちゃな犬セリアンの女の子が腕を組んで鼻を鳴らしてる。柴犬タイプだね。
そこに群がるモンスターはこれまた小さいドワーフの子が差し出した盾で止められてた。おかしくない? そっちも二十体くらいいるんだけど。マスターデーモンも混じってるのに、なんで一個だけの盾で止まってるの?
「……『ワイドガード』だ。大きい」
「『ワイドガード』ってあんなことできるの?」
「……たぶん」
ザッティが冗談だかホントだかわかんないコト言ってるよ。
「リィスタ、やれ」
「やる、です」
茶色の子とおんなじ風に腕を組んでた、こっちは白柴セリアンの女の子が、横にいた子に声をかけた。リィスタっていうんだ。絶対ボクより年下だよ。
そんな小さな子が、肩におっきなこん棒をかついでる。紫色でちょっと気味悪い。ウォリアー系なのかな。だけど盾は持ってない。
「『暴虐』」
たった一言だったよ。その子は、なにげなく片手でこん棒を振り回しただけだ。それだけで二十体くらいいたモンスターが全部消えちゃった。
横でやってたちょっと派手な戦闘なんか嘘みたいに、簡単に終わった、終わったんだよね? うん、バトルフィールドが消えてくよ。間違いない。
「悔しいけれどやりますわね。さすがはアイネイアールスですわ!」
「リィスタは『オーファンズ』の前でいいとこを見せたかっただけです」
銀髪のお姉さんと、小さいエルフの女の子が変なやり取りしてるね。やっぱりこの人たちって『オーファンズ』の知り合いなのかな。っていうか、絶対そうだよね。
「シャレイヤ、黒門はこの先か?」
「そうだよ、シローネ」
「そうか、無事でよかった」
「うん」
シローネって呼ばれたのはさっきの白柴セリアンの子だ。シャレイアを見て薄く笑ってる。ちっちゃいのに、まるでリーダーみたいだなあ。
「紹介するね。この人たちはヴィットヴェーンの『ブラウンシュガー』と『ライブヴァーミリオン』だよ」
満面の笑顔をしたシャレイヤが、その人たちがなんなのか教えてくれた。
◇◇◇
「『訳あり令嬢たちの集い』三番隊、『ブラウンシュガー』。おれは隊長のシローネだ」
「同じく七番隊、『ライブヴァーミリオン』の隊長でクリュトーマよ」
ボクたちは今、『訳あり令嬢』な人たちと広間に向かってる途中だ。
むこうから自己紹介をしてくれたよ。戦闘しながらだけどね。こっちはやることなくって、見てるだけ。
『ブラウンシュガー』は白柴セリアンのシローネが隊長で、茶柴セリアンのチャート、ヒューマンのリィスタとシュエルカ、ドワーフのジャリット、そして褐色エルフのテルサーだ。
みんなちっちゃいんだよね。たぶん全員13か14歳くらいだと思う。ボクたちより年下のパーティなんて初めて見たよ。
逆に『ライブヴァーミリオン』はお姉さん方って感じだ。いやふたり、リーダーのクリュトーマさんとケータラァさんはおばさまって感じかな。他のメンバーはコーラリアさん、ユッシャータさん、ヴィルターナさんと、カトランデさん。全員ヒューマンなんだけどさ、とにかく高貴な、そう『フォウスファウダー一家』とおんなじみたいな空気があるんだ。
最後の二人の名前を聞いたミレアが青い顔しているけど、どうしたのかな。それとコーラリアさんなんだけど、絶対ボクとウルのこと見てるよね? しかも耳。狙われてる!?
「──それでね、『ルナティックグリーン』と『ブルーオーシャン』、『セレストファイターズ』はボルトラーンなの」
「あっちでも氾濫ですか」
クリュトーマさんがシャレイアたちに説明してる。ボルトラーンかあ、ベンゲルハウダーと反対側にある迷宮だったよね。『ルナティックグリーン』はそっちなんだ。ちょっと見てみたかったんだよね。
「ここ来る途中で氾濫の内容は聞いたわ。『金の瞳』だったかしら」
あ、ちゃんと会えてたんだ。ミャードルさんたち、がんばったんだね。
「着いたらデーモンで驚いたわ。二つ目の黒門?」
「は、はひっ!」
ヴィルターナさんがちらって横むいて、ミレアに話しかけた。そいでミレア、どうして声が裏返ってるのかな。
「ミリミレアだったわね。わたくしとランデのことは気にしなくていいわ」
「で、でも」
「わたくしたちは冒険者よ。オリヴィヤーニャ叔母様もそう言ってるんでしょう?」
叔母様っておばさん? 親戚なのかな。へえ、ヴィルターナさんとカトランデさんって偉い人なんだね。
「あのさ、その両肩に付けてるのって」
「ん? クランシンボルと部隊章だ」
茶柴のチャートが答えてくれた。さっきから気になってたんだよ。
右肩にあるのは『オーファンズ』のお世話をしてたメンヘイラさんと一緒で、ドレスを着た女の人。左肩は『ブラウンシュガー』が茶色のクッキー? なのかな。『ライブヴァーミリオン』の方は朱色のお家。
「そっちもかっこいいぞ」
「うへへ、ありがとう」
ボクたちのパーティシンボルを褒めてくれた。嬉しいな。
ペルセネータさんが作ってくれたコレ、最近冒険者の人たちに『特盛』なんて言われてるんだよね。うへへ。
「じゃあメンヘイラさんも『訳あり令嬢』なんだね」
「……会ったのか」
なんか空気が変わったよ? あれ? ボクってなんかマズいこと言った?
「チャート。ラルカは悪くないよ。メンヘイラから『おなかいっぱい』に挨拶したの。わたしたちをよろしくって」
「そうか。ならいい、ごめん」
「いやこっちこそゴメンね。気になっちゃったもんだから」
あわててシャレイヤが言い訳してくれたけど、メンヘイラさんって何者なんだろ。
「あいつらは六番隊、『シルバーセクレタリー』。『訳あり』の秘密部隊だ」
「なんでそういうこと言っちゃうかなあっ!?」
どうしてチャートのしっぽがぶんぶんしてるのかな。シローネまでさあ。思わずツッコんじゃったじゃないか。
「一応秘密ってことになってるから、ナイショにしておいてね」
クリュトーマさん、いまさらだよ。
◇◇◇
「派手にやっていますわ!」
通路の終わりまできて、広間の様子が目の前に広がった。コーラリアさんが嬉しそうに声を上げてるけど、こっちはそれどこじゃないよ。広間いっぱいデーモンだらけじゃないか。
「粘ってるな。さすがは『一家』だ」
シローネがニヤって笑う。
「まわりも強い……」
「……前よりもだ」
シュエルカとジャリットが続けた。この子たちも笑ってる。そっか、彼女たちから見てもベンゲルハウダーって強いんだ。
ところでジャリットの話し方って、ザッティとカブってるよね。ドワーフだからかな。
ここまでのんびりしながら来たわけじゃないよ。ちゃんと途中のモンスターは全部やっつけた。ほとんど『ライブヴァーミリオン』と『ブラウンシュガー』が倒しちゃったけど、ボクたちだってグレイデーモンを相手にしてきたんだ。
「来たぞ、オリヴィヤーニャ!」
広間に響き渡るみたいな声で、堂々とシローネが言い放った。また腕組んでるよ。しかも『ブラウンシュガー』全員で。
だけどそれだけしてみせる自信もわかるってもんだ。
だって『ライブヴァーミリオン』は『フォウスファウダー一家』より強いし。『ブラウンシュガー』はもっともっと強い。ボクが見た冒険者の中で、誰よりも飛び抜けて強い。しっぽが膨らむよ。
そんな彼女たちだけど、なんでか全然怖くなんかない。頼もしいし安心できるけど、ボクだって負けてなんてやらないぞって、そんな気持ちにさせてくれる優しい強さに見えちゃうんだよね。
◇◇◇
本編221話あたりとリンクしています。
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