第68話 迷宮は100層を過ぎたら、バトルフィールドが倍の大きさになるって




 まるで物語の絵本に出てくる悪魔みたいだ。


 よく見たら緑色の肌は小さな鱗でできてる。協会事務所の職員さんみたいな上下のスーツを着てるけど、大きさが全然違うよ。背は二メートル以上あるだろうし、横幅だって力自慢のおじさんなんかと比べものにならない。

 ヤギみたいにくるって巻いた角が頭に生えてて、瞳がない目は真っ白でどこを見てるかもわかんない。おっきな口には全部が牙みたいに尖った歯が不格好に並んでるし、手足の先には長い爪が生えてる。怖くて気持ち悪い。


 アレは、強い。ボクのしっぽが今までで一番かもしれないくらい膨らんでる。もしかして、オリヴィヤーニャさんより強い? よくわかんない。


「あたしはあんなの知らない。シエラン、ミレア」


「わかりません」


「知らないわ」


 ボクには訊かなかったけど、フォンシーも知らないモンスターみたいだね。

 一度でも迷宮で見つかったモンスターは、全部資料にまとまってる。本には絵まで描かれてるんだ。


「シャレイヤ、知ってるか?」


「わたし知らない……、どうしよう」


 シャレイヤが首を振った。てことはベンゲルハウダーでもヴィットヴェーンでも発見されてないモンスターだってこと? しかも、しかもさ、シャレイヤに聞いたことあるんだ。ヴィットヴェーンの探索深度は100層を超えてるんだって。

 いくら迷宮ごとに出るモンスターが違うっていったって、誰も見たことないモンスターがそこにいるんだ。そんなのあり得るの?



「……先手はわれら『一家』だ。皆なら分かっておるだろう。見るのもまた戦いだ。学べ」


 オリヴィヤーニャさんが一歩前に出る。


「やるぞ!」


 声に合せてポリアトンナさんたち『一家』が走りだした。相手はまだ一体。今のうちなら。


「っ! これはっ!」


 ポリアトンナさんがびっくりした声をだした。こんなの初めて聞いたよ。あのポリアトンナさんがだよ?


「バトルフィールドが広い。お母様、これは」


 ペルセネータさんも驚いてる。

 そうだ、バトルフィールドがおっきいんだ。いつもの倍くらいある。どういうこと!?


「ああ。皆もよく聞け。相手は100層より下のモンスターだ!」


 うええええ!?



 ◇◇◇



『コアアアァァァ!』


 ソイツがかすれたおじいさんみたいな声を出す。聞いただけで逃げ出したくなるような、そんな声だ。怖いよ。ホントに怖い。


「聞いたことあるの」


「なにを?」


「迷宮は100層を過ぎたら、バトルフィールドが倍の大きさになるって」


 シャレイヤが青い顔して教えてくれた。なるほど、オリヴィヤーニャさんはそれで判断したんだ。

 いやいやいや、それってあのモンスター、レベル100以上だってことっ!?



「『ヤクト=ティル=トウェリア』!」


 ペルセネータさんが魔法を撃った。あれは多分だけどハイウィザードより上、えっとエルダーウィザードの攻撃魔法のはずだね。

『ティル=トウェリア』みたいにブワって広い範囲じゃなくって、ほんの一体を包むような小さいけれど威力がある攻撃だ。


「効いていません。魔法無効化ですね」


 うわあ、冷静だよ。魔法を無効化されちゃったのに、しかたないなあって程度の顔してる。


「ならば斬ってみるとするかっ。うおっ!」


「オリヴィ!」


「われに構うなレック。『テレポート』だ……。それに『レベルドレイン』だな。三つ持っていかれた」


 もうなにがなんだかわかんない。緑色のモンスターが一瞬だけ消えたと思ったら、オリヴィヤーニャさんが転んでた。それにレベルドレインってまさか。


「いきなり消えて別の場所に現れるスキルか。しかもレベルを吸い取った。あれがレベルドレイン」


 フォンシーが唖然としてる。ボクも噂で聞いたことはあるよ。レベルを吸い取っちゃうモンスターがいるんだって。そんなのがいきなり移動して攻撃してくる!?



「あいつ、なんかするぞ」


「ウル?」


 ウルが顔をしかめてる。鼻筋にしわが寄って、口をゆがませて、まるで八重歯が牙みたいだ。

 そんな間に緑色のモンスターが右手を軽く振った。なにしてるんだろ。近くに誰もいないのに。


「グレイデーモン、だと?」


 オリヴィヤーニャさんが言うグレイデーモン。いつの間にかそいつが緑のモンスターの横にいた。灰色で緑色よりちょっと小さくって、服を着てない。でも似てる。ツノは生えてないけど、目は真っ白だ。


「緑色……、ええい言いにくいな。今からアレは『マスターデーモン』だ。グレイデーモンを呼んでいるぞ!」


 一体だけでもあれだけ強いのに、別のモンスターを呼んだんだ。


「グレイデーモンは80層あたりのモンスターよ。魔法軽減、麻痺とレベルドレインを使ってくるわ!」


 ポリアトンナさんがみんなに説明するみたいに叫んだ。いや、教えてくれてるんだと思う。



「レック、タンクだ。ブラウ、バフをよこせ」


「ああ、任せてくれ」


「『BFS・STR』……」


 レックスターンさんが盾を構えて前に出た。それと一緒にブラウディーナさんがオリヴィヤーニャさんをエンチャントしてく。あの人たちはやる気だ。



 ◇◇◇



「グレイにはハイウィザードクラスなら魔法が通る。マスターはバフで殴れ!」


 途中危ないとこもあったけど、『一家』はモンスターを倒しちゃった。しかもやっつけ方まで教えてくれる。できるかどうかはわかんないけど。

 なんでかってさあ。


「七、いや八か。こりゃ、まだまだ出てくるな」


 フォンシーが呆れたみたいに説明してくれてるけど、見ればわかるよ。

 今も黒門からマスターデーモンが出てきては、その場でグレイデーモンを呼び出してるんだ。もう黒門のすぐ前はデーモンでいっぱいだよ。『一家』だけでどうにかできる数じゃない。



「全員持ち場に戻れ! 倒せぬ相手ではない。マスターは極力広間で食い止めよ!」


 ああ、広間が持ち場の冒険者たちが立ち向かうんだ。あんなおっかないのを相手してるのに、誰も逃げないどころか腰も引けてないよ。あれがベンゲルハウダーの冒険者……。


「ボクたちも行こう。役目をキッチリだ!」


「そうだね」


「おう!」


 だったらボクらもやるしかない。シャレイヤとガッドルに声をかけて、みんなで通路に陣取るんだ。いつでもかかってくるといいさ。簡単には負けてなんかあげないよ。



「くるっ!」


「来たねえ、ウル。さあみんな、レベルアップの大チャンスだよ」


「斬ります」


 シエラン……、そっちが普通になっちゃってるね。


「フォンシー、わたくしたちも前に出てオトリをやるわよ」


「仕方ないな。真ん中はザッティ、頼むぞ」


「……おう」


 盾持ちの三人も覚悟決めたね。


「さっきまでと一緒だよ。最初はスキルを使って──」


「レベルを上げて、敵に慣れるぞ!」


 そうだよウル。けどリーダーのセリフ、取らないでほしかったかな。

 まあいいよ。ボクらのレベルはだいたい70。グレイデーモンと10くらいの差だったらスキルと積み上げたジョブでひっくり返せるはずだ!



「『BF・AGI』!」


「……むん、『ワイドガード』」


 ウルのバフをもらったザッティがガーディアンの盾スキルを使った。見えないおっきな盾がグレイデーモンをはじき返したよ。ガンガンって音立ててたね。

 敵は四体。やれるよね。


「『BFW・SOR』」


「『BF・STR』」


 ザッティの両脇で、ミレアとフォンシーが盾を構えてみんなにエンチャントをかけてる。さあ、アタッカーの出番だよ。


「『ハイニンポー:ハイセンス』『烈風』」


「やっぱりカラテカが欲しいですね。『活性化』『克己』」


 ウルは元気に、シエランは苦笑しながら自己バフだ。カラテカもいいけど、グラップラーも悪くないよ?


「『パンプアップ』『芳蕗』」


 さあ、ボクもバフだ。ウルが最初に、続けてボクとシエランが突撃した。



「『ニンポー:四分身』『渾身』」


 四人になったウルが散らばった。


「『体当たり』!」


 そのまま体当たりしてるけど、レベルドレイン大丈夫だよね?


「ラルカ、シエラン!」


 ええい、もうっ。


「最初っからいくよ。『速歩+1』『切れぬモノ無し』」


 ボクの剣がグレイデーモンを縦に真っ二つにした。さすがに倒したよね?


「……『明鏡止水』『剣豪ザン』」


 そいでトドメはシエランだ。横に振り抜いたカタナが三体のモンスターを一気に叩き斬った。すごいや。


「やれるね」


 レベルアップの光に包まれながら、ボクたちは笑いあった。

 すぐ近くで『メニューは十五個』のハイニンジャ二人が大暴れしてる。それをみて、また笑っちゃったよ。ボクたちは全然戦えるじゃないか。



 ◇◇◇



「おかしいね。ウル、どう思う?」


「こっちにくるのが多い」


「だよね」


 念のために『遠目』と『聞き耳』を使ったから間違いない。

 こっち、東側にモンスターが偏ってる。なんで?


「東側通路、厚みを増やす。しばし耐えろ!」


 オリヴィヤーニャさんのでっかい声が聞こえてきた。ああ、あっち側でもわかってるんだ。


「敵は階段の場所を知っている可能性がある。守り抜け!」


 今度は全員に言ったみたいだ。って、階段を狙ってるの? モンスターってそんなことわかっちゃうモノだったっけ。


 ここまでこっちにマスターデーモンは来てなかった。けど、そうはいかないみたいだよ。

 入り口あたりに三体、いや四体。まわりはグレイデーモンだらけだ。


「あれを受け止めなきゃってことだね。やれやれだよ」


「さすがはラルカだ。お気楽に言う」


「ははっ。だってフォンシー、ボクは『おなかいっぱい』のリーダーだからね。これくらいでビビってられないよ」


 ホントはしっぽが膨らんだまんまなんだけどさ。そんなの気合でなんとかしてみせる。


「ウル。しっぽを振ろう!」


「……おう!」



 ウルのしっぽが元気になって、ボクのしっぽはゆらゆらしてるよ。元気いっぱいってことさ。さあ、いくらでもかかってくるといいよ!


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