第64話 最初はウルの魔法からだよ




「黒門前は『フォウスファウダー一家』『フォウスファウダー・エクスプローラー』全部隊、『ファーストライド』──」


 片方が真っ黒になった黒門が目の前にある。いつ開いたっておかしくないんだろうなあ。


 そんな場所に集まってるのは全部で三十八パーティだ。ベンゲルハウダーの有名どころは全部揃ってるって感じだね。『ラーンの心』も当然いるよ。

 他にもイザってときと休憩場所を守るのために十二パーティ、ひとつ上の20層には二十パーティくらいがいるみたい。


 ポリアトンナさんがひとつひとつ、パーティの持ち場を説明してる。


「──『おなかいっぱい』『メニューは十五個』『十九の夜』は東側二番通路よ」


「はいっ!」


 さすがにボクたちを黒門の前にはしないよね。前と同じで広間から伸びる通路の抑えだ。

 一緒になった『オーファンズ』の二パーティ、特に『十五個』は『おなかいっぱい』と仲良しだからおんなじ場所にしてくれたのかな。


「よろしくね」


「よろしくな」


「こっちこそだよ」


 近くにいたシャレイヤと『十九』のリーダー、ドワーフのガッドルくんが軽く挨拶してくれた。



「──以上よ。各員はこの後で配置について、お互いのパーティで連携について打ち合わせをしておいてね。特に東側は20層への階段につながっているから、厳重にお願い」


 げげっ、薄々気が付いてたけど、そんな大事なトコ任せないでほしかったなあ。ほら、『オーファンズ』もなんでって顔してるし。


「全てのパーティ、そして冒険者全員の力から判断した配置よ。皆さんは自信を持って行動してね」


 うーん、そこまで念押ししなくても、やれって言われたらやるけどさ。


「それでは、恒例の訓示よ。一応でいいから全員起立」


 そういう緩い感じは好きだけど、最初っから誰も座ってないよ?

 ポリアトンナさんがイタズラっぽく笑ってるね。そうやって緊張しないように気をつかってくれてるんだろうねえ。



 ◇◇◇



「さて迷宮異変は目前だ。過去の事例を鑑みれば強い獲物が多数出てくるか、極端に強いのが少々出てくるかといったところであろう。どちらにしても、殲滅だ」


 いよいよオリヴィヤーニャさんの演説が始まった。


「いまさら確認するまでもなかろうな。ベンゲルハウダーの守護者たちよ。いや、毎度だな。冒険者たちよ。覚悟はできておろう!」


「おう!」


 広間いっぱいに声が響く。これで黒門が壊れちゃえばいいのにさ。


「地上では備蓄という名で宴の用意が進められている。戦い抜いて、精一杯腹を空かしておくがいい」


 あいかわらずノリノリだよねえ、オリヴィヤーニャさん。


「さあ叫べ。迷宮に貴様らの力を知らしめろ。ベンゲルハウダーよ、これがわれらだ!」


 うん、やろう。


「『冒険者は諦めない』!」


『冒険者は諦めない』!


 ボクもキッチリ叫んだよ。でも、できれば楽なモンスターがいいなあ。



 ◇◇◇



「今日はよろしくね。あれ? ちょっと鎧変わった?」


「こっちこそね。うん、パッハルさんがギリギリでね」


「へえ、ビートル系の甲殻か」


「あ、ガッドルくんってわかるんだ。さっすがドワーフ」


「ガッドルでいいよ」


 なんてぬるい感じでシャレイヤとガッドルと三人でリーダー会議だよ。今の話題は鎧だけどね。

 今朝、ダメで元々って感じでパッハルさんの工房に行ったら、間に合わせてくれてたんだ。キングボーリングビートルの甲殻でできた肩パッド、首回り、胸当てだね。『オリベ色』がちょっと薄かったのが逆にいいって、みんなで笑っちゃったよ。もちろんパッハルさんも。


『やることやったからアタシは寝るからさ、あとは頼んだよ。モンスターの目覚ましなんてごめんだからね』


『ラーンの心』と『おなかいっぱい』のを作ってたもんだから、二、三日寝てなかったみたい。ホント、ありがとう。



「この革鎧だけじゃないよ。ごはんを作ってくれた人も、石壁を造ってる人たちも、ちゃんとお礼をしないとだからね」


「……なんかさ、ラルカって落ち着いてない?」


「そっかな」


「僕もそう思う。ラルカラッハってすごいな」


「ラルカでいいよ」


 落ち着いてる? ボクが?

 うーん、よくわかんないや。


「ラルカはもともとこんなだぞ。簡単に喜んだり怒ったりするけど、イザってときは肝が据わるんだ」


「フォンシー、なにさそれ」


「ウチ自慢のリーダーってことだ」


 それって持ち上げてるのかなあ、ほかのみんなもなんか納得した顔するのやめて。


「おだててもだめだよ。それより……、うん。来たね」


「開くぞ!」


 ウルがしっぽを膨らませて唸ってる。ボクのしっぽもブワってなった。



 黒門が開く。片っぽの真っ黒になったほうが、前みたいにぎぎぎって石をこするみたいな音を立ててるんだ。

 ボクたちは通路から広間を覗いてる。なにが出てくるんだろ。ドキドキするよ。こんなの絶対に慣れないだろうね。


「ヘルハウンドだ! 実に好都合。対応はわかっておるな! 無様は許さん」


「おう!」


「スキルは温存せよ。この後がわからん」


 オリヴィヤーニャさんが吠えて、広間にいる冒険者たちがそれに応える。あそこにいる人たちは経験者だもんね。スキルまで出し惜しみするみたいだ。こりゃイケるかな。


 ヘルハウンドは前々回の氾濫で出てきたレベル65から70っていわれてる、おっきい狼型のモンスターだ。色は黒っていうか濃い紫って感じで、ちょっと『一家』の革鎧とにてるかな。

 毒とか石化はないけど遠吠えにスタン、ちょっとの間だけ麻痺しちゃうっていうおっかない能力を持ってる。

 もちろん力も強いし、シルバーウルフなんかよりずっと速い。


「予定通りだ。『金の瞳』はヴィットヴェーンに走れ。戻らなくても構わん。全力で行け」


「了解です。俺たちが帰る場所だ。頼みますよ」


「言われずともだな」


 ミャードルさんを先頭にして『金の瞳』が走り去ってった。伝令役だったんだね。気を付けて。



「では始めるぞ。冒険者たちよ、存分に蹴散らすがいい」


 最初は数頭だったヘルハウンドだったけど、わらわらって門から溢れ続けてる。

 もう広間は青いバトルフィールドと黒い狼でいっぱいだ。十や二十じゃない。百とか二百の世界だよ。


「通路に配置されておる者どもよ。調整しながら流す。余力のあるうちに慣れよ!」


 うええぇ。どうしてそういうことするかなあ。


「言ったとおりだろう。この後なにが出てくるかわからないってことだ」


「そりゃフォンシーの言うこともわかるけどさあ」


「なら文句を言ってる暇はないな。くるぞ」


 ありゃあ、ホントにこっちにもきてるよ。数は五頭だ。


「『十五個』とウチは前。『十九』はうしろで見ててね」


「わかった!」


「おう!」


 シャレイヤとガッドルが素直に返事をくれた。これはまあ、前もって決めといたことだからね。


 前回の氾濫と一緒だ。ジョブの少ない『十九の夜』をうしろにおいて、少しずつ流す。ここにいる全員はレベルを四十台までもってきてるから、戦えば戦うほど楽になってくはずなんだ。


「打ち合わせどおり。ミレアとフォンシー、ザッティが盾と魔法、相手を止めたら残り三人でやるよ」


 事前にいろいろ考えてたけど、ヘルハウンドももちろんその中だ。やることが決まったらやるだけだね。

 もちろん残り二つのパーティもそれぞれやり方を決めてるはず。


「それとウル」


「なんだ?」


「最初はウルの魔法からだよ」


「おう!」


 なんたってウルのAGIは160を超えてる。これでヘルハウンドの先手をとれるかはわかんないけど、開幕魔法はお任せだ。速いハイウィザードって最高だよね!

『十五個』にもウィザードができるハイニンジャが二人いる。心強いよね。



「くるよウル!」


「『マル=ティル……』!?」


 ボクたちが守ってる通路にヘルハウンドが突っ込んできた次の瞬間、ウルがばばって踏み込んでそのまま魔法を撃とうとした。したんだけど、敵はそれより速くてもう目の前にいた。

 しかも五頭が全部!?


「『ラージ……』、ぐあっ!」


 先頭にいたボクとウルはなんとか避けたけど、ザッティは間に合わない。盾スキルを使おうとしてそのまま弾き飛ばされた。シエランは避けたみたいだけど、ミレアもフォンシーもお願い、盾で受け止めて。


「『BFW・SOR』!」


 いったん攻撃魔法を止めたウルが、全体バフをかけてくれた。


「『BF・AGI』」


 シエランがAGIバフをかけたのはウルだ。誰かひとりだけでもヘルハウンドより速くしなきゃって考えたんだろうね。


「『活性化』『烈風』『芳蕗』『速歩』」


 ボクはボクで自己バフを重ねた。シエランもそうしてるのが近くで聞こえてるよ。



 相手は強い。ボクたちの誰よりもだ。けどね、絶対にかなわない強さなんかじゃないよ。ボクのしっぽがそう言ってるんだ。


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