第63話 百五十日。あなたたちは半年もしない内にこれだけ強くなったわ
「うーん、素材は良いものなんだけど、時間がねえ」
「やっぱり忙しいですか」
「『ラーンの心』のが入ってるんだよ。アンタらの紹介だろ」
「そうでしたね」
パッハルさんにシエランが相談してるけど、やっぱり時間がねえ。
「そこでだ」
ん? なんかあるのかな。
「ブーツとガントレットはムリだけど、パーツを一部だけ交換ってのはどうかな」
「できるんですか?」
「そうだねえ、ゴージット、ヴァンブレイス、クウィラス……。このあたりをアーマーツリーからキングボーリングビートルにするくらいなら、ギリギリできると思うよ」
全然わかんないや。
そんな難しいコトを言ってるパッハルさんは、受け取ったキングボーリングビートルの甲殻をコンコン叩いてる。
「首と肩と胸ですか」
あ、そうなんだ。シエラン物知りだね。
「魔法耐性ならどっこいかもしれないけど、こっちは硬い上に軽いからねえ」
「それはいいですね」
うん、軽くなるのは大歓迎。
それからシエランが交渉してくれて、間に合えばってくらいで話がついたみたい。結局トロルの皮はまた今度ってことになった。
もう夜も遅いし、ほらウルもあくびしてるよ。ボクもなんだけどね。
◇◇◇
「前回と違って、ちょっとは楽しいとも……、思わないわね」
次の日、朝ごはんをすませて迷宮に向かったら、入り口のあたりで天幕を張る人たちがたくさんいた。
ミレアは前回のときお祭りみたいだって言ってたもんねえ。
「みんなでばばってモンスターをやっつけちゃえば、ホントのお祭りになると思うよ?」
「そうね。それが一番ね!」
おおう、気合が入ったねえ。もしかしてボク、いいこと言っちゃった?
「あ、みなさん。これからですか」
「サジェリアさん。おはようございます。ここにいるってことは」
「ええ、アーティファクトは移設完了です」
やっぱりそうなんだ。サジェリアさんはいっつも事務所の窓口だから、たまにはお日さまの下もいいかもだね。
「みなさんはジョブチェンジの予定はナシでしたよね。明後日にはステータスチェックなので、よろしくお願いします」
「おう!」
ウルが代表して返事をしてくれてから、ボクたち『おなかいっぱい』は迷宮に入った。
◇◇◇
「やあ、ついにここまで来たのかい」
「オラージェ!」
期限まであと一日、っていうか明日には門の前で待機なんだけど、ボクたちは自分たちの足で46層にやってきた。
モンスタートラップ部屋の前にいたのは『誉れ傷』の人たちだ。ウルが嬉しそうにしっぽを振ってるよ。ボクもゆらゆらだね。
「休憩中か?」
「そうさ。フォンシーは調子どうだい?」
「レベル40だ。それでも重たい前衛は、なかなか慣れないな」
ここんとこ二日は40から44層くらいをグルグルしてたんだよね。そこまでやって、やっとここまできたって感じかな。ちなみにボクはレベル37だよ。
おかげで鎧の素材とか石とかはたくさんなんだけどね。あとお肉も。
「そうかい。強くなったねえ」
「それはお互い様だろ」
この人たちって『おなかいっぱい』が20層のゲートキーパーに挑戦したとこ見てたもんね。なんか懐かしいけど、あれからまだふた月くらいなんだよね。
オラージェさんたちだって、ジョブを増やしてるはずだし。どれくらい強くなったんだろ。
「あたしは十一ジョブ目だねえ。いつの間にやらだよ」
「……あのさあ、オラージェ」
「なんだい、ミタリエ」
あれ? あっちでコソコソし始めたけど、なんだろね。
「まあ、それもいいか。……ラルカラッハ」
「はい?」
「そっちはあとどれくらい潜るんだい?」
「えっと今日は最後までがんばるつもりだったから、あと五、六時間くらいです。48層くらいまで行ってみようかなあ、なんて」
今は夕方だからそれくらいだね。48層はまだ行ったことないけど、オーガロードとか出てくるんだ。危なそうなのは石化持ちもメデューサスネイク、クリティカルがあるアサシンスパイダーあたりかな。
「実はあたしらなんだけど、もうレベル50超えちまってるんだよ」
「うわあ、すごいですね」
レベル50超えかあ、いいなあ。でもこれってまさか。
「バッタには飽きたんだよ。最後の仕上げにオーガやトロルをシバいてきたいんだよねえ」
「いいんですか?」
バッタレベリングは持ち回りだ。それこそ『誉れ傷』が最後の仕上げに使ってるはずなのに。
「持ち場を離れるんだ。上にはナイショにしといてくれよお」
「ラルカ……、どうするの?」
ミレアが困った顔をしてる。けどさ。
「ありがとうございます。二セットやってボクたちは戻りますね」
「ああ、がんばんな。じゃああたしらは行ってくるよ。明日からよろしくなあ」
「はいっ!」
オラージェさんたちの背中はおっきいなあって思いながら、ボクは『誉れ傷』を見送った。
明日から、かあ。今回の迷宮異変ってどれくらい続くんだろ。
「ああ、忘れてたよ」
なんか感動してたらオラージェさんが振り向いた。
「飴だ。キッチリ食べてからバッタをぶん殴ってやるといいさ」
「ははっ。ありがとうございます!」
ホント、かっこいい人たちだね。
◇◇◇
「出ちゃったねえ」
「……オレはいい」
「ザッティならそうだろうね」
出たっていうのは『グラディウス+2』だ。片手剣で、ボクたちが使ってる『黒きショートソード』よりかは、ちょっと強い。
さて、誰が持つかって話なんだけど。
「フォンシーかミレアだね。二人で適当に決めていいよ」
「ラルカじゃないの?」
「うーん、ボクはいいよ」
バッタレベリングを二回やった帰り道で相談だ。この中で武器が決まってるのはウルとシエランだけ。片手剣装備ってなると、まあ残りの四人全員が欲しいかな。
けど、ザッティはもう盾が武器みたいな感じだから要らないって言うよね。ボクはまあ、剣に慣れてないしなあ。剣が苦手なソードマスターってなんなんだろ。
「わたくしとフォンシーはどうせ身を守るだけだから、剣の良し悪しなんて関係ないわ」
関係ないってことはないと思うけどさ。まあミレアの言うこともわかるんだけど。
「ちゃんと理由はあるんだよ。ボクは今の『黒きショートソード』しか剣を使ったことないからさ、間合いがねえ」
グラディウスはちょっと短いんだよね。剣に慣れてないから、だからこそ今のままがいいんだ。
「だからさ、ミレアかフォンシーは盾で敵を止めてから、グサーってね。それくらいでいいんじゃないかな」
「なるほど、ならフォンシーね!」
「なんでだ?」
ミレアが決めつけるもんだから、フォンシーがちょっと膨れてるかな。
「わたくしの方が硬くて強いからよ」
「……わかったよ。だけど」
「わたくしとフォンシーは自分の身を守りながら魔法、でしょ?」
「わかってるならいいさ」
ナイトのフォンシーとナイトをやってからロードのミレアだと、たしかに硬さはミレアだね。フォンシーは理屈やさんだから、ちゃんとした理由を言われると弱いんだ。
こうやって迷宮異変前日の『おなかいっぱい』は、元気に地上に戻った。さあ、遅くなっちゃったけど晩ごはんだよ。
◇◇◇
「ラルカラッハです! ソードマスターのレベル44。十ジョブで累計レベルは302です」
「はい。がんばったわね、ラルカラッハさん」
いよいよ本番の朝、迷宮の入り口で最後の確認だ。『おなかいっぱい』はポリアトンナさんに報告してるとこだ。近くでペルセネータさんやブラウディーナさん、ホーウェンさんなんかも確認作業をやってるね。
「フォンシーだ。ナイトのレベル46。十一ジョブで321」
「シエランです。ケンゴーでレベル44です。十ジョブの累計306です」
「ウルラータだ! ハイニンジャのレベル41。十一ジョブで326だぞ!」
「ミリミレアです。ロードのレベル44。八ジョブの累計は261です」
「……ザッティ。ロードの44。九ジョブ。累計258」
ボクたちはみんなで、ちょっと誇らしげに報告したよ。フォンシーだけは、なんでもないって顔してたけどね。
「……みなさん、本当に強くなったわね。シエランさん、フォンシーさん、ラルカラッハさんは憶えているかしら」
「初めての講習?」
「そうよ。あれからどれくらい経ったと思う? 百五十日。あなたたちは半年もしない内にこれだけ強くなったわ」
講習を思い出すね。あのとき初めてマルチジョブなんて言葉を聞いたんだ。これからはそういう時代なんだよって。
ボクの累計レベルは大体300。ひとつのジョブでレベル300なんて、絶対にできっこない。二十年かけたってムリにきまってる。
だけどレベル30を十回繰り返すことはできた。もちろんレベル300の方が強いにきまってるけど、ボクには九回ジョブチェンジした分のスキルと、少しずつ増やした基礎ステータスがあるんだ。
「わたしが保障するわ。あなたたちは強い。胸を張って黒門を任せられるくらい」
今のボクは硬くて力があって速くて、魔法がちょっと使えて回復ができて、ヘタクソだけど剣も使える。そしてなにより、しゅばばってして蹴ったり殴ったりするのが得意な冒険者だ。猫パンチがうなるぞ。
「戦いましょう。わたしたち『一家』も一緒よ」
「はい!」
ポリアトンナさんの言ってることは大袈裟かもだけどさ、それでもやってやるんだ。
ボクたちはベンゲルハウダーの冒険者だからね。
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