第60話 へへっ、逃がしゃしねえっすよ




「さあ、戻ってごはんを食べるまでが冒険だよ。それにしても眠いや」


「小刻みには寝ただろ?」


「足りないよフォンシー。それってスキル戻しじゃない。ボクはちゃんとお布団で寝ないとダメなんだよねえ」


 もう丸一日以上まともに眠ってないからさ。どうしたってねえ。


「ならさっさと、地上に戻るさ。『十五個』はどうだ?」


「うん。大丈夫だよ」


 シャレイヤが元気に答えるけど、それってニンジャになれたからでしょ。メーリャも目がキラキラしてるし。



「そっちはフォンシーとシエランがレベル一桁なんでしょ? 大丈夫なの?」


「斬ります」


「は?」


「全てを斬り裂いて。まかり通ります」


 シエランのノリにシャレイヤたちがドン引きだよ。


「まあ、40層くらいまでには、なんとかなってるんじゃないかな。てなわけで出発しよう!」



 ◇◇◇



「『八艘』『大切断』」


 シエランがふらって踏みこんで『強靭なカタナ』を一振りしたと思ったら、トロルが二体、胴体を真っ二つにされて消えてったよ。なんだこれ。


「みんなが弱らせてくれたおかげです」


 そんなこと言うけどトロルは魔法の効きが悪いから、ボクがドカドカ殴っただけなんだけど。他のみんなは前衛攻撃に慣れてないし、もちろんウルは後衛だからさ。


「シエランとラルカのお陰で楽ができていいな。もちろんザッティの盾もいい」


「ぐぬぬ。早くロードに慣れるわ!」


 お気楽な感想を言ってるフォンシーと悔しがってるミレアだね。ナイトとロードなんだから、もうちょっとがんばろうよ。二人そろって盾を構えてるだけじゃない。



「ドロップの配分はどうしましょう」


「倒したパーティでいいんじゃない?」


『おなかいっぱい』のそういうの担当、シエランとシャレイヤがいまさらな感じで取り決めしてるよ。まだ43層なんだけど、なんかのんびりだよね。


「トロルの皮は革鎧の素材になる。わたしたちのはキングトロル」


 ほほう。ファリフォーがいい情報をくれたよ。ちょっと自慢げなのが引っかかるねえ。


「やっちゃう?」


「やるわ!」


 ボクの言葉にミレアがノってきた。


「魔法耐性の強い甲殻素材なら……。このあたりだとキングボーリングビートルか」


「いいですね」


 シエランとフォンシーまで。



 そう、このとき『おなかいっぱい』と『メニューは十五個』は、変なノリになってたんだ。

 ヴィットヴェーン風だと『テンションがハイ』っていうらしい。楽しそうなマウィーが教えてくれたよ。


「レベリングと素材集め。こりゃもう冒険者だね! やっちょうよ!」


「おう!」


 ボクが高らかに叫んだら、みんなも乗っかってくれた。やるぞお。



「あははは! 『回避』『踏み込み』……『神撃』!」


「やるわねぇ、ラルカ」


「いやあ、メーリャ。それほどでもないよ。うへへ」


 魔法無効のキングボーリングビートルだって、殴れば倒せるもんね。そういやボク、ファイターなのに、全然剣を使ってないや。ザッティもそうだし、まあいいよね。


「戻ったらパッハルに新しい鎧を発注か?」


「うーん、新調したばかりですし、もう少しお金を貯めてからなら」


「世知辛いな」


 フォンシーとシエランは新しい鎧の話になっちゃってるよ。



 繰り返しになるけど、このときボクたちは、いろいろと変だったんだ。たぶん睡眠不足なんかもあったと思う。

 ミレアとザッティは一緒にロードになれて喜んでたし、シエランなんてもうかっこよくカタナをぶんぶん振り回して、それを見たウルがいちいち褒めてた。フォンシーは素材がウハウハで、どうしてくれようかって考えてたみたい。

『十五個』の方は初めての大冒険で、しかも二人もニンジャが誕生したから、もうアゲアゲだったんだ。



 ◇◇◇



「コンプリートレベルになったのは嬉しいけど、さすがに疲れたねえ」


「お腹が減った!」


 ボクもだよ、ウル。いやあ、お天道さまが眩しいねえ。地上だーって感じがするよ。


「そうだな、今日は疲れた。報告してから、メシ、風呂、ベッドだな」


 フォンシーもお疲れみたいだ。


「……報告?」


 あれ? シエランどうしたの? 顔が真っ青だけど、やっぱり疲れちゃったかなあ。

 ん? なんでボクとウル以外、みんな立ち止まってるわけ? 早く行こうよ。


「ね、ねえシエラン」


「な、ななな、なんでしょうシャレイヤ」


「わたしたちこのままヴィットヴェーンに帰ろうかなって」


 なに言ってんの?


「責任の分散だ。六人と十二人。わかるな」


「同種の情け」


「そんなものはないな」


 あ、フォンシーがファリフォーの肩をがしって掴んでるよ。がしってさ。

 いったいみんなどうしたのさ。


 あ……。


「みんなっ!」


「ど、どうしたのラルカ。なにかいい案でもあるのかしら!?」


「ごめんミレア。ボクなんかお腹が痛いから、このまま宿に帰って休むね」


「ラルカっ!?」


 だってさ、なんかホントに痛い気がするんだよ。シクシクってしてる感じ?



「よぉう、待ってたぜ」


「へへっ、逃がしゃしねえっすよ」


「……さあ行くぞお」


 事務所の前にどどんって立ってこっちを見てたのは、カースドーさん、アシーラさん、ウォムドさんの三人だった。殺されないよね?



 ◇◇◇



「すみませんでしたー!」


 ボクたち十二人は一斉に頭を下げて謝った。今の時間はお昼すぎの三時。昼までに戻れって言われてたっけねえ。


 昼からオリヴィヤーニャさんが調査の結果を説明してたんだって。結局黒門は21層の二つだけだったみたい。

 それはよかったんだけどさ、その説明とこれからどうするかってお話が終わったのが一時間くらい前だったらしいよ。お陰で事務所にはクランやパーティのリーダーとかが全員揃ってた。ベンゲルハウダー冒険者の代表者たちだ。あばばばば。


「お前らなあ」


『ラーンの心』のレアードさんがため息を吐いた。なんで主役みたいになってるのさ。

 他にもいっぱいいるんだけどね。『センターガーデン』のリーカルドさんとか『金の瞳』のミャードルさんとか、他にもたくさん。

 あれ? 『誉れ傷』のオラージェさんと『十九の夜』がいない? 真っ先に怒られるかと思ってたのに。



「ふっ、迷宮の闇に取り込まれたか。そこで抗い、自己を同一とする。それが冒険者だ」


「あ、ディスティスさん。昨日はありがとうございました」


「うむ」


 ディスティスさんもちゃんと戻ってたんだね。

 えっと、迷宮で時間を忘れちゃだめだぞってことかな。


 それからいろんな人たちに話しかけられたけど、みんなが無事で良かったって言ってくれたよ。ほんと、心配かけてごめんなさい。



「ではみなさん、こちらへ」


 一通り挨拶が終わったかなあってとこで受付のサジェリアさんが話しかけてきた。


「なんです?」


「こちらへ」


 繰り返さなくってもさあ。すごく行きたくないんだけど、なんで二階の方を見てるのかな。

 あれ? マヤッドさん、いつの間に背後にいたのかな。ボクたちが逃げ出すとか思ったのかな、やだなあ。そんなこと……。


「ラルカ、出口が塞がれている」


 震えた声のフォンシーが言うとおりで、なぜか協会事務所の出入り口は冒険者の人たちで塞がれていた。

『なみだ酒』『夜空と焚火』『山嵐』……。


「ね、ねえ。ベンゲルハウダーってこんななの?」


「シャレイヤさあ。ヴィットヴェーンに言われたくないよ」


 ボクたちは二階への階段を登ったさ。しかたないよね。



 ◇◇◇



「よもやわれを待たせるとはな」


 案内されたのは会長室でも講義室でもなくって、会議室ってとこだった。


 サジェリアさんが扉を開けたらさ、おっきなテーブルがあって、一番向こう側に迷宮総督さまがででんって座ってた。お腹が痛いなあ。


「まあ、われは最後でよい」


 最後ってなんだろって思ったら、まわりの席にいろんな人たちがいるのに気づいた。オリヴィヤーニャさんがすごすぎて気付いてなかったよ。



「シャレイヤ……、なにやってんだよ」


「ごめんね」


 そうやってシャレイヤたちに文句をつけたのは、ああ『十九の夜』のリーダーさんだ。男の子三人、女の子三人のパーティだね。


「もう『二十三』が知らせにいっちゃったぞ。無事だってわかってからだけどな」


「うん、聞いてる。怒られるかなあ」


「直接『ルナティックグリーン』が来るかもな」


「うええっ!?」


『十五個』のみんながビビりまくってるけど、『ルナティックグリーン』ってなんだろ。


「迷宮総督様、お時間をありがとうございました」


「なに、仲間を想うのは当然のことよ」


「じゃあ僕たちはこれで失礼します」


「うむ。異変も間近い。備えよ」


「はい」


 そんな感じで『十九の夜』は会議室を出てった。



「ミレア」


「お父様、ご心配をおかけしました」


「よい、よいのだ。無事でよかった」


「お父様……、こっちを向いてからもう一回言ってもらえるかしら?」


「無事でよかった」


 ミレアのお父さん、えっと名前は忘れちゃった。なんとか男爵さまって途中からフォンシーの方を見てたよね?

 そんな男爵さまはオリヴィヤーニャさんにお礼してすぐに部屋を出てった。逃げ出すみたいにさ。



「……すまん」


「……いや、無事ならいい」


 ザッティのおじいちゃんもいた。ゴチンってげんこつ落としてからボソってやり取りしてから出てった。村の頑固じいちゃんみたいだね。


「……シエラン」


「無事でよかったわ。本当によかった」


「お父さん、お母さん。ごめんなさい、ありがとう」


 シエランの両親、フィルドさんとシェリーラさんは涙まじりだった。シエランったらね、ハイウィザードになったのに、ソードマスターは取らなかったんだよ。


「ウルラータ。待ち合わせに遅れちゃダメでしょ」


「ごめん」


 ブラウディーナさんがウルの頭を撫でてるよ。いいなあ。


「まあったく、なにやってんだよ。アンタらはさあ」


『誉れ傷』のオラージェさんは、ボクとフォンシーをおっきい手で抱きしめてくれた。うん、ありがと。嬉しいな。


 もっと怒られたりするかなあって思ったけど、戻ってきたのをみんなで喜んでくれてたのかな。



 なんてやり取りしてたら、会議室に残ってたのはオリヴィヤーニャさんとブラウディーナさん、それと『メニューは十五個』、ボクたち『おなかいっぱい』だけになってたよ。ごくり。


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