第57話 だがまあ、このまま戻らせるのも芸がないか




「やっぱり騒ぎになってましたか」


「そうだな。『ラーンの心』あたりが、おかしいなどと言いだしたのが四時間程前。『サワノサキ・オーファンズ』も同じころだったらしい。仲間に恵まれたな」


 ディスティスさんはうっすら笑いながら説明してくれるけど、これって戻ったら怒られるのかなあ。でもさ、テレポータートラップだったんだからしかたないじゃない。『メニューは十五個』もちょっと困った顔になってるし。協力して言い訳しようね。


「21層でお前たちを見かけたパーティがいくつかあってな。黒門はもう見つかっている。関係はあるのか?」


「はい。黒門を調べてたらテレポータートラップに巻き込まれちゃいました」


「そうか……。まずは安心するといい。そのテレポーターは一度きりのようだ。似たような報告はない」


 それはなによりだよ。遭難した人がたくさんだったら、黒門対応と一緒にってことで大騒ぎだ。


「ふむ」


 小さく頷いたディスティスさんが口に指を当てて、指笛を鳴らした。ぴゅいぃって音が響く。なんか音楽みたいにリズムがあるね。

 あ、遠くで似た音がする。もっと遠くでも。


「……かっこいい」


 ザッティ……。ほんとディスティスさんのやることが大好きだよね。

 ボクって指笛も口笛もできないから、ちょっと悔しいかな。ふひゅーってしかならないんだよ。ふひゅー。



 ◇◇◇



「無事でよかったわ」


「あ、あの、はい。ありがとうございます」


 ポリアトンナさんが涙ぐみながらシエランを抱きしめてる。


「がんばったのね、ウルラータ」


「おう!」


 ブラウディーナさんはウルの頭を撫でてるし。


「紋章にお守りを入れておいたかいがありました」


「え、えっと、それは?」


「わたしの髪を少々」


 怖いよ! ペルセネータさん!?


「冗談です。でも本当によかった」


 そう言ってペルセネータさんもボクの頭を撫でてくれた。ホントに冗談だよね?


「迷宮異変を目の前に大切な戦力だ。重畳であるな」


「オリヴィはこう言っているけど、けっこう心配していたんだよ」


「先の氾濫を乗り越えたこやつらは強くなった。もはや心配は無用であろう」


「そうだね」


 そしてオリヴィヤーニャさんとレックスターンさん、公爵夫妻のやりとりだよ。

 ついでにホーウェンさんも一緒で、つまり『フォウスファウダー一家』が勢ぞろいってことだ。



「『メニューは十五個』だったか、貴様らも無事でなによりだ」


「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」


 シャレイヤたちがわちゃわちゃ頭を下げたよ。ベンゲルハウダーに来てすぐだったもんねえ。


「貴様らになにかあってみろ、サワ・サワノサキに斬られかねんわ」


「さ、さすがにそこまでは……」


「ほう? 言い切れるのか?」


「……」


 あ、シャレイヤが黙っちゃった。

 サワっていう人、どんだけ危険人物なんだろう。



『一家』の人たちなんだけどね、ディスティスさんの指笛から五分もしないうちに登場したんだよ。

 ボクらを探してたのと、黒門が出たから深層の調査なんだって。


「各層には冒険者が散っておる。貴様らが無事であることはすぐに広まるであろう」


 別の黒門を探すのと、ボクたちを探すのの両方やってくれてたんだもんね。あれ? それって一緒じゃない?

 けど心配させてたのはホントだろうし、戻ったらお礼を言わないとね。


「さてわれらはこれより深層だ。貴様らは地上を目指すがよい」


「あ、はい。けど別の黒門を探すのは?」


「捜索対象者なぞ員数外だ。……だがまあ、このまま戻らせるのも芸がないか」


 別に芸はしたくないんだけど。

 それとオリヴィヤーニャさん、悪い顔してますよ?


「ここのモンスタートラップはな、現状ベンゲルハウダー唯一だ」


 そうなんだ。まあここより浅い層にあったらみんな使ってそうだしね。


「普段は持ち回りで使っておる。今日使われていなかったのはたまたまだ。いや、これから『ナイトストーカーズ』がその予定だったか」


 そんなディスティスさんたちはもうここにいないんだよね。とっくに別の階層行っちゃった。


「ここを使えるパーティなど、三十にも満たぬのが現状よ」


 ああ、笑ってるよ。『一家』の人たちが笑ってる。いっつもの怖い顔だ。まったくこの人たちだったらさあ。



「調査が終わった明日からは、さぞ混雑するであろうなあ。さてフォンシー」


「……なんだ?」


 なんでフォンシー?


「現在ベンゲルハウダーの総力を挙げ、迷宮の調査を行っておる。先に言ったとおり貴様らは員数外なのだから、これに参加する必要はない。同時に貴様らにつける人員もまたいない」


「自力で上に戻れ、か」


「しかりだ。十二時間後、明日の昼に協会事務所にて調査結果、ならびに今後の対応を発表する。それまでには戻れ。できるであろうな?」


「……21層の黒門だけど、開くまでは?」


 オリヴィヤーニャさんの問いかけだけど、フォンシーはできるともできないとも言わなかったよ。代わりに別のこと訊いてるし。


「最短で六日か」


「そうか……。ありがとう」


 フォンシーが素直に頭を下げた。もちろん『おなかいっぱい』も『メニューは十五個』も。

 だってここまでしてくれたらねえ。パッハルさんみたいに言えば、材料がいっぱいだよ。



「貴様らも無事に戻れ。ヴィットヴェーンの力、見せたかろう?」


「は、はいっ!」


 オリヴィヤーニャさんに目を向けられて、シャレイヤがあわてて返事した。おっかないもんねえ、オリヴィヤーニャさん。


「黒門を確認したすぐ後、ヴィットヴェーンに知らせは出した。同行は『二十三の瞳』だったか? そういう取り決めであったな」


「はい。その通りです」


 そういやこういうことも考えて地上に一パーティ残してるんだったもんね。けど、前回の氾濫のときってそんなことしてたっけ? まだほかに黒門とかあるかなんて、確認終わってないよね。ボクが知らなかっただけかな。


「黒門の色ね。閣下は余程危ないと考えているのかしら」


「そっかあ」


 横からミレアがぼそって教えてくれた。

 なるほど、ヴィットヴェーンに助けをお願いしたんだ。今回は前回みたいのじゃない。その前のヘルハウンド氾濫みたいなレベルかもしれないってことかあ。



「考えろ。考え抜くことこそが、新世代の冒険者が持つべき必須要素と思え」


「オリヴィがそれを言うのかい」


「ではわれらは行くぞ!」


 レックスターンさんのツッコミを無視したオリヴィヤーニャさんは、ぶわさって感じでマントをひるがえして歩き始めちゃった。ホント、言いたいことだけ言ってく人だよね。



 ◇◇◇



「さて、オリヴィヤーニャの言いたいことはわかってるな」


 お話し合いをフォンシーが始めて、全員が無言で頷いた。そりゃそうだ、あれだけ煽ってくれたんだし。


「まあ今のレベルならこのままで問題なく地上に戻れるだろう。けどな、あたしたちは完全に異変用の戦力扱いされてる。さてどうする?」


「残りは十二時間。一セット二時間でリポップが一時間だから、三セットで八時間。残り四時間で地上に戻れるかな?」


 シャレイヤはもうすっかりやる気だね。


「『メニューは十五個』は昇降機のカギを持っていません。ここから二十四層までは歩きですね。そこからなら一時間で戻れます」


「やれるか? シエラン」


「三時間……。最短経路なら──」


 モンスタートラップを二セットで打ち切るならこんな話はしてないよ。どうせなら三セットやりきりたいのはよくわかる。

 だけどこういう細かい計算はなあ。ギリギリまで頑張るのはいいんだけどさ。


「ねえ」


「どうしたラルカ?」


 フォンシーがこっちを見た。目がいつもより尖ってるよ。耳だけでいいから。


「もし遅くなっちゃったらさ、遅れてごめんなさい! って言えばいいんじゃないかな」


「……まったくラルカは。ははっ、まあそれもそうだ。せいぜい怒られてからステータスカードを見せてやればいい」


 フォンシーがため息を吐いた。

 それからやっとみんなが明るくなったよ。これでいいと思うんだ。そうじゃないと体も動かないし、頭も固まっちゃうからね。



「それより決めなきゃなのは、どういうジョブチェンジかだよ」


 どうせジョブチェンジしてモンスタートラップに飛び込むのは決まりなんでしょ?


「ラルカに持っていかれたわね」


「ミレア、どゆことさ」


「わたくしたちのリーダーは立派だってことよ」


 ちょっと気にかかる言い方だけど、まあいいか。そうだよ、ボクはリーダーなんだからね。


「さあ我らがリーダーの命令だ。十五分でまとめるぞ。シャレイヤ、そっちはそっちで頼む」


 フォンシーがあいかわらずリーダーっぽいよ。


「わかったわ。その前にいいかな、フォンシー、いえラルカ」


「なに?」


 シャレイヤの目が見たことないくらい真剣だ。これは重たい話が来るっ。


「シュリケン」


「シュリケン?」


「シュリケンをちょうだい。お願いだからっ。他のアイテムは全部そっちでいいから。むしろカタナとか要らないからっ」


 どうしてそうなっちゃうわけ? すぐ横でシエランが燃えてるよ? あとで絶対怒られるよ?


「『メニューは十五個』さんがそう言うならいいじゃないですか」


 ほら、怒ってる。いつものシエランだったら、ちゃんと分けましょうって言うもんね。


「シエランっ、ありがとう!」


「どういたしまして。ラルカ、わたしたちはカタナを前提に考えましょう」


「そうだね、シエラン。これはちゃんと考えないとダメだね」


 フォンシー、目をそらさないで。ミレアは青くなって震えてる場合じゃないでしょ。

 大体カタナを前提ってどんなのさ。


「ジョブチェンジしたいぞ!」


 ウル……。



 じゃ、じゃあお話し合いをしようっか。時間ももったいないし、短めにしないとね。シエランはへんな空気しまって、ほらほら。


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