第55話 前に来たときにこんなモノは無かった




「元々平民だけど、やんごとなき人? なんだってさ。自分で言ってたよ」


 マウィーがサワ・サワノサキ伯爵様を説明してくれてるけど、なんだかよくわかんない人なんだよね。


 ヴィットヴェーンの平民が冒険者になって迷宮異変で大活躍したから、最初は名誉男爵ていうのになったんだって。それからまた活躍して正式な男爵だってさ。男爵様にも違いがあるんだねえ。


「名誉男爵は一代限りの肩書き貴族よ。功労者に貴族の名前だけあげるって感じね」


 ミレアが教えてくれたけど、それでもよくわかんない。まあ名前だけの男爵様ってことらしい。貴族は難しいや。


 そいで本当の男爵になったときに領地をもらって、そこを開拓したのがサワノサキ領なんだって。


 ベンゲルハウダーの領主様がフォウスファウダー公爵みたいに、ヴィットヴェーンもなんとか伯爵の領地なんだけど、迷宮のすぐそばにサワノサキ領もあるからややこしいんだ。

 全部合わせてヴィットヴェーンって言い方をしてたから誤解させちゃったかもって、シャレイヤが謝ってくれた。別に謝ることないんだけどね。


 そいで今は伯爵様になっても冒険者でがんばってるんだって。ここの領主様もそうだしね。


「サワは迷宮が大好きだ」


 ファリフォーが断言したよ。そんなになんだ。ここの迷宮総督もそれっぽいよ?


「サワねーちゃんは迷宮に詳しいんだって。『なんとかブック』っていうらしいよ!」


 ごめんピョリタン、それはよくわかんない。



「領に施設があって、そこの出身の冒険者で作ったクランが『サワノサキ・オーファンズ』なの」


 だから『サワノサキ』なんだね。施設を守るんだって仲間が集まってるから、たくさんになっちゃったってシャレイヤは言うけどさ、人多すぎでしょ。


「なるほど、平民上がりだからそんなマネを……。権威だけの血統貴族とは違うってことね」


「ミレア、それだと公爵様に怒られるんじゃないですか?」


「ナイショ、ナイショだからね。シエランっ?」


 なんか危ない会話が聞こえてきたような気がするけど、聞こえてないからね。



「レベリングにしても、わたしたちがいろんな仕事を見つけられるようにって……。半分以上が冒険者になっちゃってるけどね」


「過保護なだけかもしれないぞ?」


 まーたフォンシーはひねくれたこと言うし。


「たぶんそう。サワお姉ちゃんはね、わたしたちを守ってくれてる。それでね、恩返しは『自分たちの足で歩け』だって。可笑しいでしょ?」


 シャレイヤたち『メニューは十五個』全員が滅茶苦茶誇らしげに胸を張ってるよ。

 ああ、その顔知ってる。村のちびっ子が宝物を自慢するときの表情だよ。あのときは捕まえたってカエルを見せてくれたっけ。


「だからわたしたちは名乗り出てここに来たの」


 そりゃあがんばりたくもなるか。



「サワねーちゃんはカエルが大好きなんだってさ」


 ピョリタンが変なことを教えてくれたけど、それもまあ大切な話だね。いちおう、いちおう覚えておくよ。



 ◇◇◇



「へえ、だから昨日はお休みだったんだ」


 ヴィットヴェーンから来た三つのパーティは交代で三日に一度お休みするんだって。

 疲れるからって理由だけじゃなくって、何かあったときのことを考えて、地上に一パーティを残してるみたいなんだ。


「そうなの。ヴィットヴェーンにここの情報を流すって役割もあるしね」


「それ、言っていいことなのか?」


 あっけらかんってしてるシャレイヤにフォンシーが呆れてるねえ。


「領主様と会長さんの許可はもらってるわ。昨日なんて逆にヴィットヴェーンのこと全部話せって、迷宮総督様に捕まってたくらい」


「オリヴィヤーニャさんの相手って大変だったでしょ?」


「まあね」


 そんな緩い感じでボクたちは迷宮を歩いてる。

 今日の目標は、できれば27層くらいまでかな。いちおう『メニューは十五個』と一緒なのは今日までって話だけど、また機会があったらいいなあ。



「ウルはもうレベル12か。やるな」


「おう!」


 ファリフォーはウルとお話し中だ。

 ウルは昨日カラテカになった。ニンジャとウォリアーとカラテカ、ついでにシーフもできる。最近のウルがやってるスキルトレースがすごいことになると思うんだよね。ボクも負けてられないや。


 ==================

  JOB:KARATEKA

  LV :12

  CON:NORMAL


  HP :85+44


  VIT:33+14

  STR:32+27

  AGI:39+21

  DEX:47+17

  INT:33

  WIS:18

  MIN:19

  LEA:17

 ==================


 ウルのステータスだけどもうなんていうか、なんでもできる前衛って感じなんだよね。なんでも後衛はフォンシーだよ。VITとかSTRだとザッティとかボクなんだけど、ウルはこの後ファイターだーって言ってるしなあ。


「ウルはカッコいいな」


「そうなのか?」


「そうだ」


「そうなんだ」


 なんかなごむねえ。



「とりゃっ!」


「ぐらぁぁ!」


 ボクとウルがグラスラビットをぶん殴って、戦闘が終わった。


「やるわね」


「いやあ」


 シャレイヤが手を叩いてくれたよ。うへへ。


「やっぱり尖った前衛は強いわね。さすが八ジョブ」


「そっちも八ジョブじゃない」


「そうなんだけどね」


「シャレイヤたちはここから尖らせるんでしょ? ボクなんてウィザード持ってないし」


 今は21層の隅っこで素材集めだ。もうちょっとレベルが上がったら石材狙いで35層行きたいんだけどね。


 昇降機のあたりはどうしても混雑しやすいから、こんなとこまで来てるんだよ。別に縄張りってわけでもないんだけど、ボクたちはレベルに余裕があるからね。近場はレベルがギリギリのパーティにお任せっていう暗黙の了解ってやつさ。

 強いパーティとかクランがココは俺たちの場所だっ、なんてのはないんだよね。物語だと出てくるんだけど、ここの冒険者たちはそんなことしないねえ。


「他は知らないけど、ヴィットヴェーンもこんな感じね。たまにハイパーレベリングでサワお姉ちゃんたちが暴れるくらいかな」


 サワ伯爵ってどんなんだよ。



 ◇◇◇



「この辺りでモンスターが出るのは、ここで最後ですね」


 シエランがそう言って見てるのは、21層のホントにはじっこにある広間への通路だ。

 中に入ったらかなり大きい広間なんだけど、ここのモンスターは入り口ごとに一組しか出てこない。つながってる通路は五本だから最高で五組だね。たまにモンスターが出ない通路もあるし。

 しかも出てくるのは経験値もドロップもショボいコボルトシリーズなんだ。つまりあんまり美味しくない。せっかくここまで来たからついでにって感じだね。


『メニューは十五個』は50層までのマップは持ってるから道案内ってほどでもないんだけど、いちおう来てみただけだよ。ちゃちゃっと終わらせて、次は24層かな。


「現地を見るのも勉強だから」


 真面目だねえ。


「じゃあ『おなかいっぱい』で先行くね」


「気を付けて」


「はーい」


 っていっても、21層だからねえ。



「あれ?」


「モンスターがいない? 珍しいわね」


 いつもは入り口で門番みたいな感じで居座ってるモンスターがいなかった。ここの通路だけは毎回いるはずなんだけどなあ。ミレアも首を傾げてるね。


「ラルカっ、あれ!」


 ウルが叫んで指さした先には……、なんだあれ?


「……『黒門』、なのか?」


「フォンシーもそう思うよね。でも色が、さ」


 そうなんだよ。広間の真ん中に黒門みたいのがあったんだ。

 片方は桃色で、かたっぽはほとんど真っ白。つまり二つ。


「聞いたことがあるわ。第二次氾濫のとき、黒門が桃色から始まったって」


 ミレアの声が震えてる。

 それってヘルハウンドがたくさん出てきた氾濫のことだよね。


「ヴィットヴェーンでもあったって。黒門の色が薄いほど、下からくるんだって」


 シャレイヤまで。どうしよう。


「と、とりあえずさ、報告は絶対だけど、ちゃんと確認してからだね」


「……だな」


 フォンシーと頷きあってからみんなで黒門に近づいてみた。当たり前だけど触ったりなんかしないよ?



「匂いはしないぞ」


「そうだねえ」


「ウルとラルカはそこからか」


 みんなで呆れないでよ。

 音がしないんだから、あとは匂いくらいしかないでしょ。強いモンスターが出る方が臭いってあるかもだし。


「どれだけ見ても黒門だよね。あ、色だけは憶えとかないと」


「ああ、色見表だったか」


「そうそう、それそれ。みんなもよろしくね」


 ボクに言われてからなんて、フォンシーらしくないね。けっこう驚いてるのかな。


「前に来たときにこんなモノは無かった。それは間違いない。迷宮異変だと思って行動だな」


 あ、そうでもないか。


「まだ昼前だけどしかたないね。戻って知らせるしかないかあ。『十五個』もそれでいい?」


「え、ええ、もちろん」


 シャレイヤも声が震えてる。そっか、氾濫にあったことないんだもんね。


「大丈夫だよ。ベンゲルハウダーだって強いんだからさ」


 ボクたちより強い冒険者がいっぱいだよ。それになんたって『フォウスファウダー一家』だっているんだから。



「さっ、戻って報告だよ!」


 ボクがそう言ったとき、視界が歪んだんだ。あれ? なにこれ?


「……なんだ?」


 ザッティが足元見てる。って、なんだこれ!?


「召喚陣? いや、転移陣!?」


 フォンシーが叫んだ。そうか、コレって46層のモンスタートラップに似てるんだ。


 そんなこと考えてる場合じゃない。すぐに逃げないと!

 だけどあれ? 足が動かない。どうしよう……。あ、目の前が真っ暗だ。



 ◇◇◇



「なんだったの?」


 真っ暗なのはちょっとだけだった。ミレアがキョロキョロしる。もちろんみんなもだ。


「黒門が無くなってる。広間の大きさが……。さっきと違う場所?」


 シャレイヤが真っ先に気付いた。そうだ、黒門どこじゃない、部屋が違う。ここはドコ!?


「全員気を付けてください!」


「シエラン?」


「あれは召喚陣です」


 シエランの視線の先っていうか広間のそこかしこでたくさん召喚陣が光ってる。



 そこから出てきたのはおっきなバッタ。あれは、ジャイアントローカスト!?


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