第51話 大した手間ではありません。わたしのDEXは351ですから




「レアードはレベル45とか言ってたぞ!」


「ロードの45か。あいつジョブチェンジ止めるんじゃないか?」


 フォンシーがシャレにならないこと言ってるよ。


「するよ。するに決まっているじゃないか」


「ああ、いたのか」


「いたよ。すぐ横のテーブルだからね。全部聞こえていたよ」


 いつもの爽やかさがちょっと曇った感じのレアードさんがそこにいた。知ってたけどね。

『ラーンの心』の人たちがクスクス笑ってるけど、いいの?



「しかし、すごいな」


「うん、すごい」


「すごいですね」


「すごいわね」


「……やるな」


「すごいぞ!」


 ザッティ以外すごいってしか言ってないね。


 ==================

  JOB:NINJA

  LV :38

  CON:NORMAL


  HP :62+178


  VIT:26+41

  STR:27+22

  AGI:27+92

  DEX:37+68

  INT:33

  WIS:18

  MIN:15+44

  LEA:17

 ==================


 HPが240だし、AGIとDEXの合計ステータスが三桁だよ。ウルはウィザードできるから、30層くらいの敵なら全部魔法で先制攻撃できるだろうね。しかも『ティル=トウェリア』で。それって前までボクの役目だったんだけどなあ。


 これホントにジョブチェンジするの?


「次はソルジャーだぞ!」


 あ、ジョブチェンジするんだ。って、ソルジャー? ハイニンジャじゃなくって!?


「基本は大事だぞ!」


 ねえ、あれだけ引っ張って、苦労してなったニンジャなんだけど。周りも唖然としちゃってるよ? まあいっか、どうせジョブチェンジはする予定だったし。切り替えのすごさに感心するばっかりだよ。もしかしてウルってジョブチェンジ大好き?


「わたくしだってレベル31のファイターよ。もちろんジョブチェンジをするわ!」


 ミレアがふんすって鼻を鳴らしてるよ。

 そりゃまあたしかに、ボクはウォリアーの29、フォンシーはウィザードの31、シエランがウィザードの30で、ザッティがウォリアーの31だ。もし前回の氾濫のときにこれなら普通に29層組だったかもね。



「いいのか? ラルカ。また騒動だってあるかもしれないぞ」


「いいんじゃない?」


「起きてもいない異変を気にしてもしかたないか。それまでは好きにさせてもらおう」


「メンターの件もあるけどね。ちょっとだけ目をつむってもらおう」


 フォンシーと二人で苦笑いだよ。


 なんせボクたち全員、明日にはレベル0だ。下地はあるけどどうなるかなんて、やってみないとわかんない。これもまた冒険なんだー、ってね。

 それにさ、『一家』の人たちがレベル70でジョブチェンジしてるって聞いて、ちょっとメラってきたんだよ。70はもちろんムリだけど、レベル30くらいならなんとかなるかもってね。けど、あの46層はちょっとなあ。



「──ラルカ」


「ん? なに?」


 フォンシーに肩を叩かれた。どしたの?


「おう、ラルカラッハ。いや『おなかいっぱい』全員だ。顔を貸してくれ」


 言葉とは違って、なんかこう申し訳なさそうなマヤッドさんがそこにいた。



 ◇◇◇



「よくいらしてくれました」


 マヤッドさんに連れてこられたのは教導課課長室で、当然目の前にいたのはペルセネータさんだった。

 前みたいにミレアは膝を突いたりしない。そんなことしたらブチ殴るぞっていう、変な空気をまとった課長さんが目の前にいるからだ。


「さあ、お座りください」


 ペルセネータさんが案内したのは課長室の端にある大きなテーブルだ。

 他のみんなは微妙な顔をしてるけど、ボクは前回一対一で座ったんだからね。少しはあのときの気持ちをわかってもらえると嬉しいなあ。

 マヤッドさんはとっくにいなくなってるね。素早いや。けっこうレベル高いのかな?


「どうぞ」


「ふぉぉ」


 なんか綺麗な女の人がお茶まで出してくれたよ。代わりにボクは声をだした。おあいこってことでいいかな。


「前回は急なことだったので、お茶も出さずにすみませんでした」


「ああ、いえっ、とんでもないです」


 なんかミレアがこっちを睨んでるけど、なんもしてないからね? ホントだよ?



「お呼びだてした用件はおわかりですね?」


 一口だけお茶を飲んだペルセネータさんが切り出した。いちおうボクたちも、おんなじくお茶は飲んだよ。ウルは全部飲み切ったねえ。

 それで、用件ってなんだろう?


「本日は『おなかいっぱい』所属メンバー、ウルラータのレベリングをありがとうございました」


 ミレアが対応してくれたよ。ありがとう。なるほど、そういうことだったんだ。


「礼には及びませんよ。アレはこちらの都合ですから。それにお呼びだてしたのは別件ですから」


 じゃあ、なんだろ。


「ラルカラッハさんならおわかりでは?」


「あ、えーっと、そうですねえ」


 どうしよう、どうしよう。



「紋章の件だと思います」


 横からひそってシエランが教えてくれた。ああ、そうだ。そうだったよ!

 でもペルセネータさんにも聞こえちゃったのかな、こっち見て笑ってるよ。


「そのとおりです」


 やっぱり聞こえてたし。


「完成しましたので、是非お渡ししたいと思いました。ウルラータさんはお疲れのところ、申し訳ありません」


「ウルは元気だぞ! ペルセネータこそ、今日はありがとう」


「まあっ!」


 ペルセネータさんは上品に口に手を当てて笑った。本当に嬉しそうで、こっちまで笑いそうになっちゃうくらいだよ。



「ではこちらが現物になります。ご確認ください」


 ひとしきり笑ってからペルセネータさんは、すっとテーブルの上に何かを置いた。

 もちろん何かはわかってるよ。だけどそれがちょっとすごすぎて、何かわからなかったんだ。


「これは……」


 ミレアが絶句してる。男爵令嬢だし、もしかしてなんかわかってるのかな?


 それは盾の形をしたワッペンだった。ザッティが丁度今使ってるみたいな『闇のヒーターシールド』みたいに横幅が広くて、縦横十センチくらいかな。盾になってる下地は明るい灰色で、黒で縁取りされてる。よかったねザッティ。希望通りだよ。


 そんな盾の形をしたワッペンには『ステーキ定食』とそこに散らばる『金貨』、下の方には交差した『剣と杖』が刺繍されてる。ちゃんと定食には『パン』も一緒だね。


「ラルカ……、まさかとは思うが」


 フォンシーが絞り出すみたいに言ったけど、ボクは知らんぷりだ。


「ええ、ラルカラッハさんの注文通りです。いい仕事ができたと自負しています」


 あーっ!


「ラルカまさか、こんなアホなデザインを公爵令嬢様にやらせたのか」


 フォンシー、声が低いって。怖いって。それからミレア、シエラン、目が冷たい。氷魔法くらい冷たい。



「仕事の合間に楽しくやらせてもらうことができました。見てください。このステーキの質感を出すためには三色の糸を組み合わせて──」


 ペルセネータさんの説明が続いているよ。この人、パッハルさんと同じタイプだったんだあ。

 それを聞いてるボクたちは無言で首を縦に振り続けてる。ベンゲルハウダーのお土産屋さんで首振り人形って売ってたね。


「特別な糸を使ってはいません。七色を組み合わせてみただけですから、素材は高くありませんよ」


「そ、そうですか」


 シエランが青い顔をしてぎこちなく返事した。

 高い糸は使ってないけど、ものすごい技術は使ってる、と。しかも公爵令嬢が、と。


「大した手間ではありません。わたしのDEXは351ですから」


 あ、前から増えてる。レベル上がったんだね。


「ウルは105だ。ペルセネータはすごいな!」


「まあっ、ウルラータさんは楽しい方ですね」


「そうか?」


 楽しいっていうか、その度胸に恐れ入るよ。ほんと。



「仕事の合間にした手慰みです。見る人が見ない限り製作者がバレることはないでしょう」


 つまりこれでも本気だしてないと。


「ですが世に出す以上、ましてや新進気鋭の『おなかいっぱい』がその身に付けるシンボルです。手抜きなど一切ないことを誓います」


 ごめんなさい。誓われると逆に困るんです。


「こ、これをひとつ1000ゴルドで、か、下賜していただけると」


 ミレア、声どころか体まで震えてるよ?


「下賜だなんて、冒険者仲間から仕事の依頼を受けただけです。さっ、みなさん、付けた姿を見せていただけますか?」


 ちょこんとワッペンを手に取ってみたら、裏には金具がくっついてた。革鎧の方にもあるからそれで留めるんだよね。どこでもこうしてるんだってパッハルさんが言ってた。


「表面はクリアスライムでコートしてありますので、汚れはすぐに拭きとれますし、簡単に壊れたりはしないと思います」


 汚したり壊したりしたら首が飛ぶとかなしだよね?



 一応左肩にワッペンを付けて、全員で立ち上がってみた。


「素敵で勇猛ですね。積み重ねたジョブとレベル、自身で素材を集め作成した革鎧、氾濫に立ち向かいながら、見事に生還した──」


 背中がブルっと震える。ペルセネータさんって19歳のはずなのに、まるで女王さまみたいだ。


「みなさんはもう立派な中堅冒険者です。そんなパーティの肩にわたしの作った紋章が飾られる。光栄なことです」


 ミレアあたりなら畏れ多いとか言いそうだけど、気圧されちゃってて誰もなにも言えないよ。


「お代は6000ゴルドですね。協会の預金から引き落としでよろしいでしょうか」


「はっ、はひっ!」


 シエラン……。

 宿代なら二泊以上、協会食堂のごはんなら百食分だ。考えたらとんでもない金額だったよ。たぶんそれでも安いんだろうけど、ボクにはどれくらいの価値なのかわかんないや。


「ではみなさんの活躍に期待しています。それとメンターの件もお願いしますね」


 最後だけいたずらっぽく笑ったペルセネータさんだった。



 当然だけどその後みんなに、いや、シエランとミレアに怒られた。巻き込まれたってすっごく怒られた。フォンシーは笑ってて、ウルとザッティは嬉しそうだったよ。


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