第47話 みなさんにはメンターを担ってもらいたいのです
「ペルセネータ・ヴェーネ・フォウスファウダーです。よろしくお願いいたします」
「硬いわね、ペルシィ」
「わたしはいつもこうですから」
「はいはい。それでみなさん、五日前からこの子が教導課の課長になってたから、よろしくしてあげてね」
ペルセネータさんが軽く頭を下げた。五日前からってなんだそれ。
『夜空と焚火』おめでとう宴会の次の日なんだけどさ、『おなかいっぱい』は新人のときに講習を受けた部屋に呼び出されたんだ。
いや、突然じゃないんだ。いちおう三日くらい前にサジェリアさんには言われてたんだよね。集まってねって。
そしたらポリアトンナさんとペルセネータさんがいたってわけ。
「本日みなさんにお越しいただいた理由ですが、お願いしたいことがあるのです」
ええっと、公爵令嬢さまがお願い? なんか差し出せとか言われるのかな。そうだったらやだなあ。
「みなさんにはメンターを担ってもらいたいのです」
この場合のみなさんっていうのは『おなかいっぱい』の六人だけじゃない。なんたってここには六つもパーティが集められてるんだから。
『ラーンの心』もいるし、他の四つも顔見知りだよ。そしてなんでここに『夜空と焚火』が呼ばれてないのもわかっちゃった。メンターねえ。
「これまでメンター業務は、クランか一部の上位冒険者にお願いをしてきました」
へへっ、カースドーさんたちは上級冒険者だってさ。
「ですが昨今、近隣の村や王都からも冒険者を志望する人が集まりつつあります。理由は簡単ですね。ステータスカード発行の無償化です」
まあ、ボクとか『ラーンの心』はそうだもんねえ。
「その人数が予想を超えていたのです。端的に言ってメンターが足りていません」
だから『夜空と焚火』みたいなことになってるんだね。偉い人たちだって考えてないわけじゃないか。当たり前だよね。
でもさあ、ボクたちまでかりだすのってどうなんだろ。訊いてみたいけど、相手が相手だもんなあ。
「みなさんはどうして自分たちがとお思いでしょう」
周りのみんながお互いに顔を見合わせたりしてる。ボクらもだね。
みんなおんなじ考えだと思うよ? 人が足りないからしょうがなくなのかなあって。
「先日、平均して五ジョブ以上、もしくは累計レベルが六百を超えるパーティにはお願いを済ませてあります」
あれ? それってウチも入ってるんじゃ?
「本日集まっていただいたみなさんは、お若く、そして最近百日の間で急激に成長した人たちです。もちろん氾濫を乗り越えた方々も含まれていますが、それ以降もレベルアップを重ねてきた冒険者たちなのです」
なんか褒められてるみたいだけど、そのまんま受け止めてもいいのかなあ。
「依頼内容はひとつのパーティをレベル15まで引き上げることです。そこからは既存のメンターにコンプリートまでを担当してもらう予定です」
レベル15ね。『夜空と焚火』でわかったけど、レベリングはそのあたりからコンプリートまでが大変なんだ。レベル15までなら最初は10層くらいから始めて、最後は20層まで行けばやれるかな。たぶんだけど五日くらいでなんとかなりそう。
ああ、なんでボクはこんなこと考えてるんだろ。でもさあ、困ってる冒険者がいるって聞いたらさ。
「もちろん規定の報酬はお支払いしますし、受けるかは任意です。ジョブチェンジ次第でパーティが弱体化している時期もあるでしょうから」
そこらへんも考えてくれてるんだ。
「メンターを求める新人がでた場合、協会からみなさんに声をかけさせてもらいます。受けるかどうかはみなさん次第で、教導課課長がわたしであることは関係ありません」
ホント? 嫌がらせとかはダメだよ?
まあそんなの、あのオリヴィヤーニャさんが許すわけないと思うけど。
「そしてもうひとつ、あらかじめみなさんにお礼をしたいと考えています」
先に? お礼?
「みなさんのパーティからひとりずつ、全部で六名、その人たちを一日だけハイパーレベリングにお誘いします。もちろんそれをするのは『フォウスファウダー一家』です」
「そ、それは」
誰かが思わずって感じでこぼした。
「相手は46層のジャイアントローカスト。実施は七日後です。ジョブとレベルは問いません。『一家』の誇りを賭けて、全力を尽くすことをお約束しましょう」
でたよ。
「こんなやり方、浅ましいとも思いますし、心苦しくもあります。他の方々への示しも」
そう言ってペルセネータさんは俯いた。部屋の中が静かになっちゃったよ。
「いいかな?」
手を挙げたのはフォンシーだった。けっこう重たい空気なのに、そこらへんは気にしないんだねえ。
「フォンシーさんですね。どうぞ。口調は気にせずに」
「助かるよ。なんとなくは想像できるけど、なんでそこまでしてくれるんだ? ハイパーレベリングをしてもらったとして、メンターを受けるのは任意なんだろ?」
フォンシーは念を押すみたいに質問した。空気を読んでるんだかそうじゃないんだか、相変わらずわかりにくいなあ。
想像できるっていうのはボクにもわかる。全部かどうかはわかんないけどね。
「ひとつはみなさんに絆されてもらいたいから、もうひとつは強くなってもらいたいから、ですね」
「なるほど」
「フォンシーさんが訊きたいのはそういうことではないのでしょう。なぜ忙しい『一家』が出るのか。なぜお金で解決しないのか」
「……ああ」
あ、そういうことか。ボクなんて強くして恩を売って、新人さんを助けられるし氾濫とかでも活躍してもらおう、くらいを考えてた。
「有り体に言ってお金がないからです。迷宮素材こそ豊富ですが、ダブついているとも言えます。王都や他の都市に回してはいるのですが、それが追い付いていないのが現状です」
何人かがポリアトンナさんをちらちら見てる。こんなこと言ってるけどいいの? って。
それでも彼女の表情は変わんない。最初からずっと同じでニコニコ笑ってるよ。
「まあいざとなれば物々交換か」
「おほほほほっ! フォンシーさんは面白い方ですね」
「エルフの里から出てきた田舎者だからな。都会の常識は難しい。でもまあ納得した」
まーたフォンシーが偉い人とやり合ってるよ。それでもペルセネータさんが笑ってくれたから、ならいいや。
「ベンゲルハウダーだけではありません。王国はステータスカードが出現して以来の変革期を迎えています」
フォンシーが苦笑いしながら座ったとこで、ペルセネータさんが話を続けた。
「冒険者の人数制限や深層攻略を抑制することもできますが、それは愚策と言わざるを得ません」
そうだよね。
「迷宮異変があるからです。先日の第三次氾濫はあれで軽微なものでした」
あれが小さかったっていうんだからねえ。その前はヘルハウンドの大群だったって聞いたし、偉い人たちの気持ちもわかるよ。
「ヘルハウンドの氾濫などは一部の冒険者でしか太刀打ちのできない規模でした。あのときキールランターとヴィットヴェーン、……あの方たちがいなかったらどうなっていたか」
あの方たち、ね。ヴィットヴェーンの凄い人たちなんでしょ?
「わたしたちは備えなければならないのです。冒険者として諦めないためにも」
そんな言葉でペルセネータさんの話は終わった。
◇◇◇
「受けるしかないね」
宿屋に戻っていつものお話し合いだ。
「断る理由がないわね」
ミレアは言い切るし、周りの雰囲気も当然って感じだね。
「レベリングに五日かかったとして、報酬を考えれば黒字が少し減るくらいです。お金の面では問題ないと思います」
お金についてはシエランが太鼓判。
「じゃあ問題なのは、ボクらのレベリングができない期間ができちゃう、ってことくらいだね」
「それは、まあ月に一度、なんなら二か月に一度でいいだろ」
「だよねえ、それくらいなら」
フォンシーがやれやれって感じで区切って、みんなも頷いてくれた。それにさ、ここにいるメンバーはわかってるんだ。ボクたちが今までどうしてやってこられたかって。
「ボクたちはメンターに助けてもらった。カースドーさん、アシーラさん、ウォムドさん」
「ウルはブラウディーナにレベリングしてもらったぞ」
「癪だけど『一家』にもね。あれはきつかったわ」
ボクに続けて、ウルとミレアが思い出したみたいに言った。
「……『ヴィランダー』」
「当然『ラーンの心』もだな。氾濫のときは助かった。変な話だけどあいつらがいてくれたから氾濫に対応できたし、レベルも上がった。特にあたしのジョブチェンジなんかもだ」
ザッティもフォンシーもだ。
「お父さんとお母さんもですね」
シエランが笑ってる。フィルドさんとシェリーラさんにはお世話になったよ。パン屋を放り出して助けてくれたもんね。頼んでくれたのはミレアのお父さんだったっけ。
なあんだ、今度はボクたちが助ける番じゃないか。それにどうせさ、回り回ってきっとボクたちを助けてくれるんだ。
「じゃ、決まりだね。ボクたちはメンターをやる」
「やれるくらいに強くなったということよ」
むふんってミレアが鼻を鳴らした。嬉しそうだなあ。
帰り道を心配されてたミレアはもういないんだね。って、言い方悪いかな。
「ウルもがんばるぞ!」
「……やるぞ」
ウルとザッティもノリノリだよ。よおし、やってやるぞお。
「それよりだ。七日後にひとり出すっていうハイパーレベリング、誰にする?」
「あっ!」
みんなで顔を見合わせた。どうしよう。誰がいいのかな。
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