第30話 ふふっ、まるで敵がメイスに当たりにきてくれてるみたいです




「うんっ、わかってきた」


「やれるぞ! なんにも変わってない」


 ウルの言うとおり。最初はシルバーウルフが沢山だあって怖かったけど、20層の時よりちょっと強いだけの敵だ。こっちのレベルが上がったから、同じ感じで戦えてる。

 おっかないのは氷のブレスだけど、慣れればいつ吐き出すのかが見えてきた。だったら吐かれる前に蹴っ飛ばすか、避けるだけ。



「経験値がもったいないな」


「そうだねえ」


 戦闘開始から二時間くらい。ボクたちはほとんどスキル無しで戦ってる。


 理由はふたつで、ひとつはスキルがあんまり残ってないこと。フォンシーのバフも尽きて、最低限のメイジ魔法か回復魔法だけになっちゃった。

 もうひとつは全員のレベルが上がったおかげで、前衛は安定してるってこと。そろそろフォンシーとザッティもコンプリート間近なんじゃないかな。


「わたくしも前衛に出ようかしら」


「おいおい、あたしをどうする気だ?」


「そうなのよね」


 たしかにミレアは前に出れる。けれどフォンシーはHPが増えたって柔らかいまんまだ。誰かが守らないとダメだよ。それがミレアなんだけどね。



「さて、三時間はムリかな。二時間だ。『ラーンの心』はいったん撤退。休息してスキルを回復してほしい」


「だけど……っ!」


「君たちのスキルが戻れば『おなかいっぱい』と入れ替えだ。前線だよ。頼めるかな」


「……わかりましたっ!」


 レアードさんが食い下がったけど、リーカルドさんが言ってることが正しい。『ラーンの心』だってほとんどコンプリートのはずだ。あの人たちがスキルを戻したら、前に出れる。任せられる。


 背中のほうで『ラーンの心』が下がっていく音が聞こえた。

 下がった角に簡単な陣地があって、そこで休むことになってるんだ。さて、戻ってくるまでもうひとがんばりかな。



 ◇◇◇



「戻りました!」


 キッチリ二時間経って、『ラーンの心』が戻ってきた。


「よし。なら『ラーンの心』は『おなかいっぱい』とスイッチだね。ただその前に──」


 ん? なんかあるのかな?


「どうだい? 一人だけでもジョブチェンジしないか?」


「少しレベルを上げてから休めば、スキルも稼げる、か」


 なるほど、リーカルドさんとフォンシーの言うことはわかる。なら誰が。


 ボクはレベル26でフォンシーは24、シエランが28、ウルが29、ミレアが26でザッティはレベル23だ。あれ? ザッティってコンプリートしてる? どっちでもいいか。ザッティのジョブチェンジはナシだろうし。

 すごい勢いで上がったけれど、そろそろレベルは頭打ちになってきてる。たしかにジョブチェンジしたいけど、氾濫中だからね。ひとりだけっていうのはそういうことだ。


「本当ならウルなんだが──」


「ウルはあとでだ! フォンシーが硬くなれ!」


「ウル……。すまん」


「大丈夫。ウルはどんどん強くなってるぞ!」


 フォンシーが言いかけたけど、その先をウルが奪ってった。

 前から話してたウルがウィザードになるってやつ、それを今するのはまずい。ウルもわかってくれてるんだね。



「決まったようだね。『ラーンの心』は前に出て。『おなかいっぱい』は後ろで掃討。さあ噂に聞いた氾濫中のジョブチェンジだ」


 ボクたちは後ろに下がった。やっちゃうんだね、フォンシー。


「ミレア、すまないが」


「かまわないわ。『ラング=パシャ』!」


 フォンシーが奇跡を起こしたらコンプリートを割り込んじゃう。だからミレアなんだ。


「よしっ」


 どうやらフォンシーのジョブチェンジが終わったみたい。


「それでフォンシー、なにになったの?」


「ファイターだ」


「シーフじゃなくって?」


 ウィザードじゃないのはわかるよ。けど前に速さが欲しいって言ってなかったっけ。


「ここは速さと硬さの両取りだ。シーフはまた今度だな」


 なるほどぉ。ファイターは前衛ステータスが全部上がるもんね。

 それじゃあ、もうちょっと戦ったら下がってお休みだ。フォンシーを守りながらっていうのも今までどおりだね。



 ◇◇◇



「ほら、起きて」


「ん、んんん」


「目が覚めた?」


「あ、起こしてくれてありがとうございます」


 目の前にいたのは冒険者のお姉さんだ。

 ああ、そうだった。ボクたちは二時間の休みをもらってたんだっけ。ここは黒門からちょっと離れたところにある休憩砦だ。


「スキルは……、七割くらいですね」


「シエラン?」


「ほら、ぼうっとしてないで、ちゃんと起きてください」


 うわっ、そうだよ。すぐ戻んなきゃダメなんだった。みんな起きてるかなあ。


「ラルカが最後よ」


「……ごめん」


 ミレアが怒ったような顔で笑ってる。やっぱりボクが最後だったかあ。

 んっと、うん、スキルは七割だね。これならまた戦えるよ。



「戻りましたっ!」


「やあ、待っていたよ。よし『ラーンの心』も誰かをジョブチェンジしてくれ」


 急いで戻ってきたけど、あんまり変わってないね。相変わらず狼がうじゃうじゃしてる。

 そしていよいよ『ラーンの心』もジョブチェンジかあ。


「ちょっと戦ったら下がって休憩だ。こっちもそろそろ危ないから、『ラーンの心』が戻ってきたら僕たちの番だね」


 その間はボクたちが主力だね。よっし、やるかあ。



 そうしてボクたちは戦って戦って戦った。

 ジョブチェンジをした人はスキルが増えていくから、その分だけ長く戦えるようになる。もちろん休憩してスキルを戻さないとだけどね。


『わたくしはソルジャーよ。AGIが低いのが残念ね』


『経験値が軽いからいいね。一気にレベルが上がるよ』


 なあんてやり取りがあって、ミレアはソルジャーになった。


 氾濫の途中でジョブチェンジしたフォンシーなんて、もうちょいでコンプリートだ。それでも氾濫は終わらない。ボクたちはレベル30台に入って、もう、中々レベルは上がんない。

 これっていつまで続くのかな。休みを入れても疲れるよ。ゆっくり寝たいなあ。


 あれ? なんでみんな笑ってるの?

 ウルは狼みたいだし、ザッティは口元をゆがめてる。シエランはニコニコして、ミレアは魔法を使うときみたいな変な笑い方。


「ラルカまで、なんで笑ってるんだ?」


 え? ボクまで笑ってた?

 そんなフォンシーだって笑ってるじゃないか。ボクやミレアに意地悪言うときみたいにさ。こう、口の端っこが吊り上がってるよ?



「ふふっ、まるで敵がメイスに当たりにきてくれてるみたいです」


「……盾にもだ」


 シエランとザッティのセリフは例えなんだろうけどさ。実はボクもそんな感じなんだよね。

 スキルとか使わなくても、自然と相手の急所を蹴っ飛ばしてるような。


「慣れたんだろうな。けど勘違いしない方がいい。同じ敵だからやれてるだけだと思う」


 たしかに。慣れちゃったんだろうね。シルバーウルフとブラックウルフだけが得意だなんて、なんだかなあ。


 それでもボクらは敵を倒し続けた。



 ◇◇◇



「あれ? モンスターが……、いない」


「はぁっ、はぁっ。終わったのか?」


 ずっと前衛で走り回ってたウル、息が切れてるよ。お互い大変だったね。

 ほんとに終わったのかな。そろそろシエランをジョブチェンジしようかって考えてたんだけど。


「終わったんだな」


 横の方でレアードさんが膝を突いた。ダメだよ。まだホントに終わったって決まったわけじゃないんだから。



「大物だっ! 何匹か逸れたぞ!」


 広間の方から大声が聞こえてきた。


『グルァァァ!』


 ブラックウルフを倍にしたくらいの唸り声が響いて、それが大きくなってく。

 まさか、こっちに向かってる?

 それはまずい。なにがまずいって、『ヴィランダー』は休憩中だ。ここにいるのはボクたちと『ラーンの心』だけ。それも全員へとへとだ。



「大きくて赤い狼が三頭。いや、赤黒い? なんだろ」


『遠目』で確認したけど、見たことないモンスターだ。


「ブラッドウルフ、かもしれませんね。ふふっ」


「ああ、資料で見たことがある。炎のブレスだな。シルバーウルフの格上だ」


 穏やかに笑ってるシエランと、苦笑したようなフォンシーが答えを教えてくれた。


「たしかレベル40くらいだったかしら」


 付け加えてミレアも。けどさ、そのにへらって笑い方、怖いんだけど。

 そんな間にも敵は向かってくる。もうわかる。完全にこっちを狙ってるね、あれ。



「ウルは絶好調だ。速くて強くなったぞ!」


「……楽勝だ」


 だよねえ。ウルとザッティならそうだと思ってた。


「気付けば後衛がいないな。受け止めるのはザッティ、シエラン、あたしでいいか」


「わたしならやれますよ。すっかり前衛プリーストですね」


「わたくしも前に出たいのだけど、まあ譲るわ。その代わり後ろから魔法を撃つから、キチンと避けてね」


 あーあ、話が進んでるなあ。リーダーのボクの立場ってどうなんだろ。


「それでリーダー。どうするんだ?」


 いまさらすぎるよ、フォンシーさあ。



「な、なあお前ら。本当にやる気なのか、あんなのと。急いで『ヴィランダー』を呼んできたって」


 レアードさんが弱気なコト言ってるよ。半分涙目だね。


「こういうときはなんて言うんでしょうね。『冒険者は諦めない』はちょっと違うかもです」


 うん、諦めるとか諦めないじゃないからね。ボクたちはスッキリ勝つつもりだし。


「そうです。『冒険者は気ままに生きる』。こっちです」


 そうさ。ボクらはアレをやっつけたいから立ち向かうんだ。自分の意思でやりたいようにやるだけなんだよね。



 そしてボクのしっぽが言ってるんだ。今のボクたちはあいつらより強いって。


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