第29話 戦っているうちに勝手に強くなるからね。それが氾濫らしいよ




 ボクたちの割り当ては東側に抜ける通路のひとつだった。九本ある通路にはそれぞれ二、三パーティが配置されてる。

『白の探索者』はもちろん、強い十パーティが広間に集まって門から出てきたモンスターをやっつける係だ。


「できるだけ広間で食い止めて、流れてきたのをあたしたち、か」


「強いのが少しだけなら出番はないかもしれないわね」


 ボクらは通路の入り口で雑談中だ。

 ミレアが言うとおりで、もし強い敵が少しだけってなったら、ボクたちは見てるだけになるかもしれない。それはそれでいいことだけど、ちょっと物足りないなあって思っちゃってる。


「やあ。ここは東の二番だよね」


「リーカルドさん」


 そんなボクたちのところにやってきたのは『センターガーデン』のクランリーダー、リーカルドさんだ。パーティメンバーなのかな、女の人が五人一緒だ。そしてそのうしろからは『ラーンの心』まで。


「僕たちもここの担当だ。彼女たちと僕で『ヴィランダー』。クランだと五番手パーティってことになるよ」


 クランの中で順位なんて意味ないけどね、ってリーカルドさんは続ける。


「彼らは知り合いだよね。『ラーンの心』だ。君たち『おなかいっぱい』と合せて三パーティでここの担当だ」


 うへえ。リーカルドさんたち『ヴィランダー』は別にいいけど、『ラーンの心』って微妙なんだよね。いや、リーダーのレアードさんだけなんだけどさ。変な感じでウチに対抗心もってるみたいだし。


「よろしく頼む。ウチは予備だ」


 悔しそうな顔でレアードさんが言った。結局予備扱いなんだね。それはそれで可哀相だ。


「戦闘でリーダーをやるのは柄じゃないんだけど、とりまとめは僕だ。上からのお達しだから諦めてほしい」


「ボクたちはかまいません」


「俺たちもだ」


 それにしても女の子が多くない? 『ヴィランダー』が五人、『ラーンの心』が四人、そいでウチは六人全員だ。ついでにみんな若いよね。向こうの人たちは十代後半から二十代ちょっとに見えるし、『おなかいっぱい』は、ねえ。

 三つのパーティをまとめるのはリーカルドさんでいいとして、こんなので大丈夫なのかなあ。



 ◇◇◇



「黒門が……、開く」


 三つのパーティで戦力とか役割の話をしながら一時間くらい、ついに黒門が開いた。

 ボクたちは通路の入り口にいて横から見てるんだけど、ぎぎぎって石がこすれるような音を立ててる。


「狼?」


「たくさん出てきてますね」


 扉から出てきたのは狼みたいなモンスターだ。しかも多い。シエランの声がちょっと震えてる。


「つまりあたしたちにも役目があるってことだな」


「レベルアップのチャンスよ」


 フォンシーとミレアが笑う。二人ともすごい度胸だね。いや、フォンシーのは多分強がりかな。


「……やる」


「おう。やるぞ!」


「まあボクもがんばるんだけどね」


 ザッティもウルも、当然ボクだってやる気ばっちりだ。

 せっかく二日もがんばってレベリングしたんだ。ここは活躍しないとね。



「銀色の狼と黒いの。シルバーウルフとブラックウルフだと思います。まだまだ出てきてる」


「こちらも確認しました。間違いありません」


 ボクと『ヴィランダー』のええっと、アーミさんだったかな、彼女と一緒に『遠目』で確認した。

 シルバーウルフは前に戦った20層ゲートキーパーで、ブラックウルフはもっと強いモンスターだ。これって大丈夫なのかなあ。


 今はまだ広間で『白の探索者』みたいな強いパーティが相手してるけど、倒す数より多分増える方が早い。バトルフィールドが出たり消えたりしてる。それでもどんどん狼は増えてる。


「さて出番だ。敵はレベル23と25相当。ウチは問題ないね。『おなかいっぱい』はどうかな?」


 パンパンって手を叩いたリーカルドさんが、なんでもないように言った。

 ところで『ウチは』ってさあ。


「問題ないな。存分にやらせてもらうさ」


 あーあ、フォンシーが燃え上がっちゃった。ミレアも目がギラギラしてるし。ああ、リーカルドさん、ワザと言ったんだね。まあボクもやる気だけどさ。


「なら結構。『ラーンの心』はこころもとないかな。けど大丈夫」


 リーカルドさんは『ラーンの心』を見て笑う。


「戦っているうちに勝手に強くなるからね。それが氾濫らしいよ」


 ボクらもそうだ。命を賭けたレベリングが始まるね。



 ◇◇◇



「シルバーの二、三頭なら流してもいい。ブラックは絶対に抑えるんだ」


 リーカルドさんの指示が飛ぶ。

 敵に慣れるまでは三つのパーティ全部で対応することになってる。リーカルドさんの軽口はワザとなんだろうなあ。戦力を聞いたら確かに強いけど、楽な相手ってわけじゃない。

 あれが大手クランのリーダーなんだ。


「くるぞ!」


 ウルがしっぽを立てて叫ぶ。広間からあふれた狼がこっちに向かってきてた。


「『ラーンの心』は後ろで見ているんだ。いいかい、見るのは戦いだよ。時間が経ったら嫌でも参加してもらうからね」


「はいっ!」


 レアードさんたちもわかってるんだろう。気合の入った返事だ。


「フォンシー、頼むね」


「ああ、任された」


 ここからは細かい判断をフォンシーに任せる。今のフォンシーにできるのは一番うしろでバフか回復だけだ。だったら頼らせてもらうよ。


 次の瞬間、薄青いバトルフィールドが二つ広がった。



「『ダ=リィハ』」


「『BFW・SOR』『BF・INT』」


 いつもどおり、開幕はボクの魔法だ。敵が足止めされてすぐに、フォンシーの全体バフがくる。


「いいわね。みなぎるわ!」


『BF・INT』はミレアを狙ったバフだ。当然魔法攻撃力が上がった。


「『頑強』。いくぞお!」


 ボクも含めた前衛が、それぞれ最低限の自己バフを重ねて突撃だ。

 相手はシルバーウルフが八頭。ブラックはいない。


「……んっ」


「よいしょお!」


「ばふっあぁぁ」


 ここまできたのにそれでも盾だけのザッティが、敵を抑え込む。ボクとウルは動き回りながら敵を削った。


「一歩引いて! 『ド=リィハ』。あら、バフがあればこの程度でもいけるのね」


 ミレアの魔法が炸裂して、五頭のウルフが消えた。残りもそれなりにダメージを受けてるみたい。


「えいっ!」


 シエランのメイスがモンスターに叩きつけられた。残りは二頭。もちろんボクとウルがやっつける。

 初回の戦闘はボクたちの大勝利だ。



「おおう」


 バトルフィールドが消えたと思ったら、ボクたちが銀色に光る。正確にはウル以外の五人だ。一回目でこれだよ。


「コンプリートしたわ!」


「わたしもです」


 しかもミレアとシエランはコンプリートだ。こりゃすごいや。


「喜んでる場合じゃないな。次だ」


 フォンシーがそう言ったときにはもう、ボクらをバトルフィールドが包んでた。

 46層のバッタもこんな感じだったけど、あのときは背負子だったからねえ。きっつい戦いになりそうだよ。


「いいじゃないか。最小限のスキルで最大の効果だ。ただし出し惜しみをして失敗しないようにね」


「ご助言感謝だ」


 こんななのにどこかのほほんってしたリーカルドさんの言葉に、フォンシーが短く答えた。ちょっとカチンってきてるでしょ?


「そちらは経験豊富そうでなによりだな」


「まさか。前回はヘルハウンド相手だよ? 出番なんてありゃしない。僕たちも初めての氾濫さ」


 だから嫌味で返したんだろうけど、それもあっさり流されてるよ。


「だから勉強した。情報を集めて考えた。それが『ヴィランダー』のやり方だね」


 そう言ってリーカルドさんは指で自分の頭をつついた。後衛でエンチャンターとプリーストがメインだから、そんなことやってる余裕があるんだろうね。


「ああ、あたしたちもせいぜい勉強させてもらうさ」


 そんな風に二人が会話してたら二回目の戦闘も終わった。フォンシーとザッティのレベルがまた上がる。こんなのが続いたら、ボクたちのレベルってどうなっちゃうんだろう。



 ◇◇◇



「そろそろかな。後ろにも敵を流そう。『おなかいっぱい』は右後ろ、『ヴィランダー』は左前だ」


 戦い始めて三十分くらい、リーカルドさんは『ラーンの心』を戦わせるつもりだ。

 二パーティが斜めに陣取って、小さい隙間を作る。


「本当はもう少し余裕を持たせたかったけれど、『おなかいっぱい』のスキルが多分危ない」


 悔しいけどそうなんだよね。特にフォンシーの全体バフが残ってない。戦いが始まった時にはレベル13だったから三回しか使えなかったんだ。どこかで、できればコンプリートしてから回復させたいね。

 フォンシーのレベルは19だ。あと一時間もしないうちにコンプリートに届くと思う。


 そのためには『ラーンの心』に頑張ってもらうしかないよ。


「お願いしますね!」


「言われなくてもだ!」


 レアードさんが叫んだ。

 じゃあ少しずつだけど狼を流すからね。まずは三頭くらいからかな。


『ラーンの心』は全員二ジョブ目でレベルは13くらい。バランスはいいけどレベルを上げないとおっかない。気を付けて戦ってね。ボクたちもギリギリまでがんばるから。



 ボクたちのレベルがぎゅんぎゅん上がってく。だけどまだ氾濫は始まったばっかりだ。


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