第16話 われはオリヴィヤーニャ・ツェノファ・キールランティア=フォウスファウダー。ベンゲルハウダー迷宮総督である




「ウル、次を右だ」


「おう」


 フォンシーが行く先をウルに伝える。

 ボクたちはウルを先頭にして、次がフォンシー、それからザッティとシエランがミレアを挟んで進んでる。ボクは一番後ろだね。戦闘の時は変えるけど、移動はこういう陣形になってる。


「人に見られたくないんだろうな」


「……そうですね」


 迷宮3層を歩きながらフォンシーが呟いた。シエランもそう思ってるみたい。


「どうして?」


「モンスターの分布くらい憶えとけ」


 どうしてかなって思って訊いてみたらフォンシーが苦笑いだ。分布?


「美味しくないんです。経験値が低くてドロップも高くない、そんなモンスターが多い場所ですね」


「だから人が少ないのね」


 シエランが説明してくれて、ミレアも納得してるみたいだ。そういうことかあ。



「ねえミレア。理由を知ってるんですか?」


「……なんとなくね。想像どおりなら悪いコトじゃないわ。いけばわかる」


「そうですか」


 ミレアって会長さんに会ってから、なんか面白くなさそうだよね。嫌いって感じじゃないし、どういうことなんだろ。


「着いたぞ。この先の突き当りだ」


 フォンシーの言うとおり、向こう側は行き止まりだ。『遠目』を使って探ってみる。もしもがあったらヤだからね。


「人がいる。……六人だね」


 一人はポリアトンナさんだ。ここが待ち合わせ場所であってたってことかな。

 でもなんで六人もいるんだろ。



 ◇◇◇



「待っていたわ」


 ポリアトンナさんが話しかけてきた。

 六人のうち知ってるのは三人だ。ポリアトンナさん、ブラウディーナさん、ホーウェンさん。知らないのは女の人が二人と男の人が一人。まさかこれって!?


「両閣下におかれましては」


 待ってた人たちが見えたのかな、ミレアが膝を突いた。会長の男爵様にもしなかったのに。

 だけどあんまり慌てた感じじゃないね。想像してたのってこのことかあ。

 ええっと、ボクたちも膝を突いたほうがいいのかな。



「迷宮で膝を突くとは。まだまだだな、ミリミレア。立て」


 そう言ったのは、ボクの知らない女の人だ。声だけでも迫力がすごい。気の強そうな青い瞳がこっちを見てる。

 そしてなにより、この人は強い。ポリアトンナさんたちより、ボクの知ってる限りで一番強い。しっぽがブワってなってる。思わず逃げ出したくなっちゃうけど、だけどなんだか怖くはないや。


「まずは名乗ろう。われはオリヴィヤーニャ・ツェノファ・キールランティア=フォウスファウダー。ベンゲルハウダー迷宮総督である」


 迷宮総督ってなに?



「ラルカラッハです」


「ウルはウルラータだ」


「うむ。短い名は覚えやすくていいな。貴族は長くていかん。特にあやつときたら」


 長い名前に恨みでもあるのかな。ご本人だって長いよね、名前。

 ボクたちは自己紹介をしてる。ミレアはみんなが知ってるから省略なんだって。さすがは男爵令嬢。


「フォンシー」


「……ザッティ、です」


「シエランです」


 ウルとフォンシーはそれで大丈夫なのかな?


 向こうはオリヴィヤーニャさん、ポリアトンナさん、ホーウェンさん、ブラウディーナさん。あとはオリヴィヤーニャさんの旦那さんで、レックスターンさん。最後にペルセネータさん。これで六人だ。

 レックスターンさんはベンゲルハウダーの領主で公爵様なんだって。どれくらい偉いのかさっぱりだよ。領主様と迷宮総督様、だからミレアは両閣下って言ったんだってさ。わけわかんないよ。


 ここにいる六人こそが、ベンゲルハウダー最強パーティ『フォウスファウダー一家』だったんだ。



「エルフの血なのか?」


「さあ、どうであろうな」


 フォンシーの呟きはオリヴィヤーニャさんに聞こえちゃったみたいだ。

 気持ちはわかるんだよね。オリヴィヤーニャさんって30代前半にしか見えないんだけど、なんとポリアトンナさんのお母さんなんだ。ブラウディーナさんが長女、ポリアトンナさんが次女、ペルセネータさんが三女。ブラウディーナさんって20歳こえてるよね。


 オリヴィヤーニャさんがニヤリと笑って、フォンシーが後ずさってる。なんか悪い笑い方だけど、似合ってるなあ。ボクには絶対ムリだよ。


「閣下、我らをお呼びになった理由をお聞かせ願えますか」


 ボクらの心の中でお貴族様担当になったミレアが訊く。相手はオリヴィヤーニャさんだ。

 この中だと迷宮総督が一番偉くて、しかもオリヴィヤーニャさんがパーティリーダーなんだって。旦那さんの立場ってどうなんだろ。


「なに、貴様らをレベリングしてやろうと思ってな」


「……なぜわたくしたちなのでしょう」


「昨日の午後だ。モータリス卿が泣きついてきてな。見物であったぞ」


「お父様が……」


 モータリスって、ミレアのお父さんのことだ。

 エルフ好きの変なおじさんだったけど、やっぱりミレアのことが心配なんだね。ちょっとだけ見直すよ。


「それに──」


 オリヴィヤーニャさんが黒く笑った。


「駆け出しを育てるのも職務のうちだ。今のベンゲルハウダーには一人でも多くの強者が必要でな。貴様らなのは、たまたまだ」



 ◇◇◇



「フォンシー、お願いできる?」


「ああ」


 ミレアがフォンシーに振った。さすがに冒険者二日目じゃね。


「口は悪いがいいか?」


「かまわぬ。申せ」


 フォンシー対オリヴィヤーニャさんだ。これは熱い。


「レベリングと言ったが、期間と対価を教えてほしい」


「今日だけだ。ただし、ミリミレアをコンプリートさせるまでは保証しよう。それ以外の全員はオマケだな」


「なっ!」


 そりゃ驚くよね。ボクたちがメイジをコンプリートするのに三日かかったんだ。しかもあの時は三人。

 それなのにこの人はボクら六人をレベリングするって言ってる。ミレアなんてウィザードのレベル1だよ。メイジより経験値重いのに、それを一日で?


「対価は、そうだな。ベンゲルハウダーに事あれば、死ねとは言わん、死力を尽くせ」


 そんなの冒険者なら当たり前だ。これじゃ対価なんて要らないって言ってるようなもんじゃないか。



「どうした、不満か?」


 ウルとザッティは置いといて、ボクら四人はちょっと怒ってる。


 いくらミレアのお父さんが頼んだからって、こんな偉い人が出てきてタダでレベリング? 貴族様のお遊びに聞こえるんだけど。

 たしかにボクたちはお気楽新人冒険者かもしれないけど、これは違うんじゃないかな。


 ってボクらに思わせてるんだろうなあ。


「どうしたどうした。われらも暇ではないのだ。くだらん雑務で多忙でな、六人揃うのすらひと月ぶりだ」


 オリヴィヤーニャさんの口は止まらない。


「貴様らが不要と言うならば、われらは深層に向かうのだがな」



「わかりました。お願いします」


 うしろでポリアトンナさんが苦笑いしてる。

 煽ってるのが本気か試験かなんて関係ないよ。ボクの答えが不合格でもかまわない。


 ボクはね、おなかいっぱい食べてから、その後で考えるんだ。


「ラルカ……」


 だから乗ってやる。冒険者の誇りなんて後からついてくるんだ。ミレアもわかってるんだろうけど、答え合わせはあとでもいいよ。間違ってたら謝るからね。ごめんね。


「それと条件っていうか、お願いがあります」


「ほう? 条件ときたか。面白い。申してみよ」


「オリヴィヤーニャさんのステータスを見せてもらえますか」


「われが貴様の思うほど強くなければ、レベリングを断るか?」


「まさかです。ボクはもうレベリングしてもらう気マンマンです」


 強さを疑ってるわけじゃないよ。ただベンゲルハウダー最強の冒険者がどれくらい凄いのか知りたいじゃない。

 そっちは押し売りしてきたんだ。オマケくらいもらわないとね。


「くはははっ! よかろう。よかろうよかろう」


 大笑いしてから、オリヴィヤーニャさんはステータスカードを取り出した。


 ==================

  JOB:WHITE=LORD

  LV :56

  CON:NORMAL


  HP :488+319


  VIT:169+93

  STR:185+215

  AGI:148+58

  DEX:174+92

  INT:25

  WIS:52+112

  MIN:46

  LEA:18

 ==================


「ふごっ!?」


 なんだこれ。変な声出ちゃったよ。なんだこれ、なんだこれ。

 補正も入れてHPが800? STRが400!? 他もすごいし、言い方悪いけどバケモノじゃないか。


「すごい……」


「すごいです」


「……」


 ミレアとシエランも絶句してる。フォンシーなんか黙っちゃったよ。


「数字がいっぱいだな」


「……そうだな」


 ウルとザッティは動じないねえ。



「どうだ? われは凄かろう!」


 オリヴィヤーニャさんがとっても楽しそうだ。イタズラに成功した悪ガキみたいな顔してる。


「はい、すごいです。あの、ボクたちもこんなになれるんですか?」


「どうだかな。それは貴様ら次第だ」


 思わず訊いちゃったよ。答えはわかってるのにね。だって成し遂げた人が目の前にいるんだから。


「だがな、われはコレをはるかに超えるステータスを見たことがあるのだぞ」


「そう、なんですか」


 どっかで聞いたような話だね。



 ところでちょっと気になってるんだけど、オリヴィヤーニャさんのINT、25ってなんで?


「フォンシーのINTって、29だったよね?」


「やめろぉラルカ。そういうこと──」


「うわははは! そうかフォンシーとやらは、われよりINTが高いか。これは将来有望だ」


「ラルカぁ」



 やめてよフォンシー、頬っぺたつねらないで!


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