第15話 あたしは相談するからな




「あの、これを使って」


 ミレアが胸元からなんか取り出した。ペンダント?


「売ればそれなりになるわ」


「……ミレア、それはお母さんのだ」


 重いって。ミレアとザッティのやりとりでおなかいっぱいになるよ。


「そうじゃないんだミレア。ミレアとザッティからは合わせて20000ゴルドを預かった。十分な金額だ」


 大金だよ。ボクなんてベンゲルハウダーに着いたとき、2000ゴルドしか残ってなかったもん。


「問題は収支、出ていくお金と入ってくるお金です。今日もだけど明日からも赤字は間違いありません」


「シエラン」


「どうしました、ウル」


「お金のことはわからない。ウルは寝ていいか?」


「そうですね。ザッティも休んでください。今日はがんばりましたね」


「……ああ、そうする」


 というわけでウルとザッティは先に横になった。すぐに寝息が聞こえてきたよ。寝つきいいね。ボクもだけど。



「いいかミレア」


「はい」


 ミレアはまだビビってる。自分たちのせいだって思っちゃってるよね。


「収支が赤なのが問題なだけだ。ひと月くらいはなんとかできるくらい、貯めた金がある」


「そうなの?」


 ほっと息を吐くミレア。だけどボクは嫌な予感がするよ。


「ウチには大食いがいるからな」


 あばばば。


 冒険者協会事務所の食堂は大体50ゴルドくらい。ボクは追加で10、ウルは20ゴルドくらい使っちゃうけど、フォンシーとシエランは笑って許してくれてた。おなかいっぱいは大切な決まりなんだって。

 その決まりごとが今、壊れそうなんだ。まさか食費を減らす!?


「わたくしはがんばるわ。だからラルカとウルの食事だけは、おねがい」


 何かを察したミレアが涙ながらにお願いしてる。なんかボクとウルが悪い感じになってない?


「まさか、そんなことはしないさ。なあラルカ」


「う、うん。そうだよね。そんなことするわけないよね」


 フォンシーがニヤリと笑う。怖いから。シエランもクスクス笑ってるし。



「じゃあどうするの?」


「現実的ならミレアとザッティにメンターをつけることなんだが、嫌だろ?」


「……わがままは言わないわ」


 あんまりミレアをいじめちゃダメだよ、フォンシー。


「にらむなラルカ。いまさらメンターなんて言わないさ。おっさんたちみたいなお人好しがいたら別だけどな」


 三人のときに困らなかったのって、カースドーさんたちのお陰だったんだね。たくさん奢ってくれたしなあ。


「フォンシー、そろそろ本題でいいと思います」


 まだ本題じゃなかったの?



「そうだな。まず赤字だが半月もあればなんとでもなる。たぶんだけどな」


「ほんとうに?」


「そうだミレア。それくらいあれば二人は余裕でマスターレベルより上になる」


「なら15層まではいけるね。そこならレベルもお金も稼げるかあ。でも大丈夫?」


 うんうん、なんとかなりそうな気がしてきた。だけどやっぱり二人が心配かな。


「金ならトントン。そして二人の心配だけど、あたしは気にしてない。メンターが要らない理由だな」


 フォンシーは自信ありげだ。シエランもほほ笑んでるし。


「少し我慢すればウィザードは強い。レベル7もあれば戦力だ。その頃には専属タンクも育ってるだろうしな」


 みんながちらっとザッティを見た。うん、熟睡だね。


「四人のメイジ、三人のヒーラー、二人のタンクに三人のアタッカーだ。いや、全員がマスターを超えたアタッカーが四人だな。あたしはあんまり勘定に入れて欲しくないが、それだと仕事がなくなる」


「またまたあ」


 でもうん、たしかにわかる。油断さえしなければ、怪我を惜しまなければ、できる。


「安心したわ」


 そうだよね。ミレアが一番心配してたんだろうから。



「つまり、お金はそれほど心配しなくていいんです」


 シエランがニコっと笑う。

 お金数えるのは苦手だから、かなりビビったよ。


「じゃあ本題のまとめですね」


 なんだそれ。まだあるの?


「二人にも知っておいてほしいんです。わたしたちはまだまだ駆け出し冒険者」


「うん」


「そうね」


 ボクたちは正真正銘の駆け出しだ。


「だからこれからもこういうことがあると思うんです。例えば次のジョブチェンジ」


「ウルのときは一人だけだけど、ボクとシエラン、フォンシーはたぶんほとんど同時だね」


「また稼げないときがきます。そういうこともあるかもしれないって、知っておいてほしいだけです。これが本題です」


 じゃあ今までどおりでいいのかな。



「勘違いするなよラルカ」


 うえっ。


「冒険者が考えるのはジョブチェンジや装備、連携、作戦だけじゃないってことだ。金もそうだし冒険のやり方だってある。迷宮異変で潜れなくなったりしたらどうする?」


「う、うん、そうだね」


「あたしは相談するからな。説明するから二人も一緒に考えてくれ。もちろんウルとザッティにも話す」


「わかったわ。わたくしもできるかぎり考えるわ」


「そうだ。強い冒険者パーティはいろいう考えるてるんだと思う。弱小パーティはカツカツだって聞くしな」


 そこまで言い切って、疲れたみたいにフォンシーは笑った。



「わかったよ。考えるのは二人に任せてボクはモンスターをやっつけるって言ったけどさ、ちゃんと考える」


「ああ、助かる。あたしとシエランも腕を磨いてせいぜいMINを上げるさ」


 そうしてボクらはみんなで笑った。


「さあ寝ましょうか」


 シエランがそう言ってつらい話は終わった。


 考えてみたらそんなにつらくなかったな。いやごはんの辺りはきつかったけど。

 とりとめのない話だったけど、これも冒険者でパーティなら知らなきゃダメなコトなんだよね。うん、ボクは冒険者してて、みんなでパーティをしてるんだ。

 ザッティにはちょっと申し訳ないけど、六人パーティの初日がこんなで良かった。



 ◇◇◇



「呼び出し? 会長がですか?」


「そうです。すぐに来てほしいと」


 次の日、朝ごはんを食べようって事務所にいったら、受付のサジェリアさんにつかまった。

 それで会長ってだれ?


「冒険者協会の会長で間違いありませんか?」


「はい、そうです」


 シエランが確認する。冒険者協会の会長さんって、一番偉い人なんじゃ。

 ボクたちはサジェリアさんに連れられて、こっそりと二階に向かった。



「こちらの部屋です」


 案内されたのは二階の奥にある扉だ。当然初めての場所だね。

 サジェスタさんが扉をノックする。


「サジェスタです。みなさんをお連れしました」


「あぁ、入っていいぞぉ」


 扉の向こう側から聞こえてきたのは女の人の声だ。なんかガラガラしてて、これっておばあちゃん?



「おう、待ってたよぉ。まったく迷惑な話さあ」


 ボクたちが入った部屋はすごかった。汚れてるんじゃなくって、そこらじゅうに紙が積まれて、ちらばってて、もう滅茶苦茶。

 そんな机の上に載せられた紙の山の向こうにおばあちゃんがいた。髪は真っ白で体は細いけど、背が高い。大人の男の人くらいある。茶色い目がこっちを睨んでた。


「アンタらが悪いってもんでもないだろうけどさぁ、こっちは忙しいんだよ」


「タイルバッツ様」


「久しぶりだねぇ、ミリミレアの嬢ちゃん。冒険者になるんだってぇ? あと呼び方」


「はい、バーヴィリアさん」


 ミレアはこの人知ってるんだ。

 あとで聞いたんだけど、このおばあちゃんはバーヴィリア・ケィツ・タイルバッツ女男爵様だった。二日続けて貴族様だよ。


 ボクたち六人は扉を背中に立ったまんま、バーヴィリア会長は机の向こうで座ったまんま。

 サジェスタさんは出てっちゃった。



「それでご用件は」


 全員が目でミレアに任せるって言った。ミレアが諦めた顔で話を進める。


「朝メシはまだかい? まだなら食ってからでいいからさ。ここに行きなぁ」


 そう言って会長さんは、くしゃってした紙をさしだした。ミレアが受け取る。


「迷宮の、地図?」


「あぁ、3層だよ。印を付けたトコでポリアトンナの嬢ちゃんが待ってるってさあ」


「ポリアトンナ様が? どういうことでしょう」


「アタシも聞いてないよ。だけどまぁ行きゃわかるさ。用件はそれだけだよ。さあさあおいき」


 そんな感じでボクたちは部屋を追い出された。結局やり取りしたのってミレアだけだったね。



 ◇◇◇



「とりあえず急いだほうがいいわ」


 朝ごはんを食べながらミレアがせかす。ごはんはゆっくり派なんだけどなあ。


「怖いおばあさんでしたね」


 シエランがそんなことを言うけど、そうかなあ。


「ウルは怖くなかったぞ。あのばあちゃんは元気だ」


 ボクもそう思う。会長さんって村にいた頑固ばあちゃんみたいなんだよね。それでさ、なんだかんだオヤツをくれたんだ。


「協会の偉いさんがあたしたちをだます理由もない。ポリアトンナの名前を出された以上、行くしかないな」


「そうですね」


「……」


 フォンシーの言うことにシエランが頷く。ミレアは、なんか難しい顔してるね。なんかあるのかな。


「3層でも迷宮は迷宮だ。装備はキッチリしてくぞ」


「うんっ」



 どうせ潜るんだし、行くしかないよね。どんな用事なのかな。


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