第19話

 *


 村に入り、カシューさんの家までの道すがら、あたしたちはカシューさんの案内で軽く村の中を見て回った。村の人たちは気さくな人が多く、「よぉ、ミルランとこの兄ちゃん! 今日はえらく大所帯だなぁ」とか、「この前はアシブミ貸してくれてありがとよ! またうちんとこの野菜持っていくでな!」とか話しかけられていた。ちなみに「アシブミ」とは、足で踏んで麦を脱穀する機械のことらしい。

 村自体としては、カーナとは比べ物にならないくらいの田舎で、建ち並ぶ家々もどこか質素な造りをしていた。ただ、一軒当たりの大きさは村の方が大きく、収穫した作物を保存しておく蔵や、乾燥させたり脱穀をしたりする作業場などもあった。そこには、さっき教えてもらったアシブミもあった。結構とげとげしていて、見るからに痛そうだと思った。

 そして村の裏手には、辺り一面に麦畑が広がっていた。


「わぁぁぁーーー!」


 歓声が、無意識にあたしの口から漏れた。それくらいに、その麦畑は圧巻だった。青々と生い茂る麦が遥か彼方まで続いており、吹き抜ける風に揺られ気持ちよさそうに波打っている。よく見ると、葉先には小さな実がいくつも付いており、陽の光を一身に受けていた。


「今は小麦の季節なんです。収穫はまだ先なので、ちょうどこの光景を見せられて良かったです」


 にこやかに笑いつつ、カシューさんはいろいろと説明してくれた。さっきまでゼトムとしていた小難しい話だと思っていたのに、よくよく聞いてみると結構面白かった。いつかマナと、こんな伸び伸びとした場所で栽培してみるのも楽しいかもしれない。……まぁ、その場合は要領の悪いあたしにほとんどできることはないんだろうけど。


「ユナ、将来こんなところで住むのもいいなぁって思ってるでしょ?」

「ひょえ⁉」


 なんて思っていると、唐突に横からマナの声が聞こえた。びっくりしてぴょんと後ろに下がると、マナはクスクスと小さく笑った。


「でも、全部私に任せっきりなんてダメだからね?」

「え。な、なんでそんなことを……?」

「思ってたでしょ?」

「うっ、はい……」


 すべてお身通りのようだった。さすがは我が双子の妹。鋭い。鋭すぎる。……あたしってそんなにわかりやすいかな?

 若干の疑念を残すやりとりを終えてから、あたしたちはカシューさんの家へと向かった。


「カシュー! あんたいつもより遅いから心配してたんだよ!」

「にいに、お帰り! そっちの人たちは?」


 カシューさんが家の扉を開けると、母と妹と思しき二人が慌てて飛び出してきた。


「ただいま。遅くなってごめん。実は帰り道で盗賊に襲われて……こちらの方たちが助けてくれたんだ」

「な、なんとまぁ……。息子がお世話になったようで、本当にありがとうございます。私はカシューの母で、カーラと申します。この子はフィー。皆さまにはなんとお礼を言っていいやら……とにかくどうぞ中へ」


 カシューさんのお母さん、カーラさんは丁寧な物腰であたしたちを迎え入れてくれた。ゼトムははじめ遠慮していたようだったが、カシューさんもぜひにと勧めたこともあり、躊躇いつつも中へと入っていく。あたしとマナもゼトムの後に続いた。

 そして玄関を抜け、リビングに通されたあたしたちは、目の前に出された焼きたてのクッキーに歓声を上げた。


「わぁぁ! クッキーだ〜!」


 ……いや。歓声を上げたのは、あたしだけだった。右のゼトムも、左のマナも、行儀良く勧められたイスに腰掛けている。むしろ、


「おいユナ。はしゃぎすぎだ」


 ゼトムはそう注意し、マナは立ち上がったあたしの服の裾をグイッと引っ張って座るよう促してきた。

 えー。ウソでしょ? この御馳走を目の前にして?

 謎だった。だってクッキーだよ? 最後に食べたのはいつぶりか考えないとわからないくらいありつけてないのに。

 不満げに二人を睨みつけてから、あたしは渋々イスに腰をおろした。そしてふとテーブルを挟んだ向かい側に目をやると……


「「あ」」


 あたしと同じように瞳を輝かせた青毛の少女と目があった。それだけで察する。彼女は、あたしと同類なのだと。


「ね! フィー、だっけ? ゼトムたちが難しい話している間、遊んでこない?」


 気がつけば、素直に思ったことをすぐ言ってしまうあたしの口は、そんな言葉を投げかけていた。

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