第18話

 *


 立ち話を続けるのも疲れるので、あたしたちはひとまず近くの石に腰掛け、焚き火を囲むようにして朝食をとることになった。


「すみません。私にまで分けていただいて」

「いや、いいんですよ。こんな時は持ちつ持たれつってやつです」


 乾パンを片手に、ゼトムは朗らかに笑う。あたしたちは滅多に見せたことのない笑顔。なんだか不気味さすら感じるのは気のせいだろうか。


「ユナ。余計なことは言わないでね?」

「え……あ、うん」


 冷ややかなマナの声に、あたしはコクコクと頷いた。そういえばさっき、マナから注意されたし、はたかれもしたんだっけ。……少し黙っとこ。

 また余計なことを言いそうな口は乾パンでふさぎ、あたしはゼトムやカシューさんの話に耳を傾ける。どうやら、先ほどまでの話の続きをしているようだった。

 聞くところによると、どうやらカシューさんは、ここから少し南へ行った森の入り口付近にある小さな農村で暮らしているらしい。

 その農村では主に麦を栽培しており、パンの原材料になる小麦やお酒の原材料になる大麦を売って生計を立てているとのことだった。


「ですが……近ごろどうも不穏な動きがありまして、盗賊や野盗といった輩が村の近くやその街道沿いで活発化しているようなんです」

「盗賊が……ですか」

「ええ……。私たちの村の麦を買いに来てくれる商人を襲っているようでして……。おかげで最近はめっきり収入が減って、ほとほと困っております」


 カシューさんはそっと眉間に手を当てた。よく見ると、その目元には薄っすらとクマができており、あまり寝られていないようだった。


「ふーむ……領主やギルドに依頼はされたんですか?」

「はい。ですが、どうやらかなり手練れの盗賊らしく、痕跡がほとんどないようでして……足取りが全くつかめず、改善の気配は今のところ見られません」

「それは……」


 そこで、ゼトムは一度言葉を区切った。思案するようにあごに手を当て、何やら考え込んでいる。

 そしてそれは、あたしも同じだった。わからないことが、ひとつある。


「ねぇ、マナ」

「ユナ? どうしたの?」


 首を傾げて訊いてきたマナに、あたしも同じように首を傾けて尋ねた。


「あのね……ギルドって、なに?」


 つい数分前には何も喋るまいと決めていたのに、ポンと疑問が頭に浮かんだ途端、そんな決意は泡沫のように消え失せた。

 けれど。今回の問いには怒ることなく、マナは小さく笑みを浮かべて答えてくれた。


「ギルドっていうのはね、困っている人の依頼を集めて、それを解決してくれる人を斡旋したり、募集してくれる所だよ」


 ふむふむ。ということは、困っている人の味方ということ…………あれ? なら今のあたしたちの状況もなんとかしてくれるんじゃ……?

 そんな閃きにも似た考えが脳裏に浮かんだ刹那、マナが慌てたようにあたしの肩をガシッと掴んだ。そして、ふるふると首を横に振る。

 ダメ、それは流石に無理。

 音としては聞こえないが、彼女の目は明らかにそう言っていた。


「そ、そうなんだ〜……」


 ほとんど開きかけていた口の形を変えて、あたしはぎこちない相槌を返した。そんなあたしの反応に、マナは安堵したように一息をつく。そこまでヤバい質問をしそうに見えてたのかな?

 乾パンを片手に、そんなやりとりが双子間で交わされ終えた頃。ゼトムはようやくあごから手を離すと、徐に口を開いた。


「……カシューさん。変なことを訊くようですが……最近、あなたの村で行方不明になった人はいませんか?」


 重く、どこか悲しい色を含んだ言葉が、あたしの耳に届く。

 と同時に、彼の目の前で焚き火の炎が一際大きく弾けたかと思うと、火の粉がゆらゆらと朝の空へ飛んでいった。


 **


 朝食を食べ終え、テントやら焚き火の始末やらを済ませると、私たちは早々に森を発った。

 行き先はもちろん東……ではなく、カシューさんが住んでいるという農村のある、南の方角だった。


「ねぇ……ゼトム、どうしたんだろ?」


 隣を歩くユナが、心配そうに見つめてくる。無理もない。ゼトムがあんなに悲しそうに、そしてどこか怒りのようなものも含んだ言葉を口にしたのは、初めてだったから。


「わからないけど……ここは大人しくゼトムに着いていこう」


 元より、私たちはゼトムに頼るほかない。東に行こうが南に行こうが、ゼトムが必要だと判断したならそれに着いていくだけだ。本来の目的から若干外れていたとしても、きっとそれは巡り巡って必要なこと……のはず。

 ……けれど。やっぱりさっきのゼトムは、ゼトムらしくなかった。


 ――最近、あなたの村で行方不明になった人はいませんか?


 きっかけは、あの問いかけだった。盗賊が想像以上の手練れで、国やギルドの要請を受けた者ですら痕跡を辿れない。そんな情報から何かを考えたのち、ゼトムはそうカシューさんに聞いた。

 そしてなんと、カシューさんは躊躇いつつも首を縦に振ったのだ。


「え、えぇ……そうなんです。つい先日、村のはずれに住んでいた一家が突然いなくなりました。村民は誰も見ておらず、一応調査隊は来たんですが何も手掛かりはなくて……。それで村では……夜逃げか何かだろうと……」


 その言葉を聞いた時の、ゼトムの顔が忘れられない。驚愕と戸惑い。怒りと悲しみ。そんないろんな感情が一瞬のうちに表情として浮かんで……そして消えた。落ち着けるように一度目を閉じた後には、仮面のような笑顔が器用に張り付いていた。


「やはり……。もしかしたら何かわかるかもしれませんので、護衛も兼ねて村までご一緒してもいいですか?」


 助けるのは起きるまでだと言っていたにもかかわらず、ゼトムはそう提案した。単純に気が変わった、というわけではないんだろう。何か理由があって、そしてそれはおそらく、昨日話してくれたゼトムの過去に関わることだ。


 ――消えたんだよ、俺の家族は。採録から帰ったら、父も母も、その時家にいた兄たちもいなかった。そして……遠くへ外出していた妹たちも、結局帰ってこなかった。


 悲しそうに、寂しそうに呟いていたゼトムの顔が思い出される。


 ――あの領主のクソ息子が何かしたんだろうが、証拠はなかった。ただの夜逃げで片付けられたよ。


 そして、カシューさんの言葉と酷似した自身の過去の事実。

 確証はないけれど、もしかしたら実行犯が同じなのかもしれない。もしそうだとしたら、過去の手掛かりが何かつかめるかもしれない。そう、思っているんだろうか。

 少し前を歩くゼトムの顔を見上げる。ゼトムは先ほどまでの見事な笑顔のまま、カシューさんと話を弾ませていた。同じ農村出身ということもあってか、今は小麦の話で盛り上がっているようだった。品種がどうとか、製粉加工がどうとか、専門的な話が飛び交っていてとてもじゃないが話には割り込めない。わざとなんじゃないか、とすら思う。


「ゼトムたち、ずっと小麦の話ばっかしてて飽きないのかなあ」


 ユナは退屈そうにグイーッと伸びをする。伸ばした手の先には、澄み渡るような青空。吹き渡る風も気持ちよく、今にも走り出しそうだ。


「んー確かに。あんなに小麦の話できるのすごいよね」

「ほんとだよー。小麦は美味しいパンとか美味しいケーキとか美味しいクッキーを作るのに必要なもの! ってだけでいいのに~」

「相変わらずだね~、ほんとにもうユナは……」

「むう。いいじゃんか! あたしはパンもケーキもクッキーも大好きなの!」

「はいはい」


 草原を鳴らす風が、ユナの金色の髪をなびかせる。陽の光を受けて輝くその髪がとても眩しい。


「あーっ! 今食いしん坊って思ったでしょ!」

「え~そんなことないよ~?」

「うそだーー!」


 つい目を細めた私の反応を勘違いしたのか、ユナは頬を膨らませて詰め寄ってきた。


「うそじゃないって。でも、ユナがそう思うってことは、そうなのかもね~?」


 その反応に、なんだか私も楽しくなってきて、つい意地の悪い笑みを浮かべてしまう。


「ひどっ!」

「アハハッ。ほんとに冗談だって。たくさん食べてるユナが大好きだよ!」

「大好きなのはあたしも……って、それやっぱり食いしん坊ってことじゃんかーっ⁉」

「アハハッ!」


 傍から見れば何がそんなに楽しいのかと思われそうなやり取りを繰り返す。小麦の話なんかよりもよっぽど意味不明な、ただのふざけ合いの応酬。でもこれが、楽しいのだ。


「おいこら、あんまりはしゃぐなよ」


 ゼトムの注意する言葉も聞こえたけれど、私たちは止めない。

 そんなふざけ合いは、カシューさんが「着きましたよ。ここが私の暮らす村です」という言葉が聞こえるまで続いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る