第17話
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翌朝。まだ陽も顔を見せていない早朝の訓練を終え、私たちは朝食に使う水を汲みに近くの小川まで来ていた。
「はあ〜〜、今日も疲れた〜〜〜」
木製のバケツを片手に持ったまま、ユナはがっくりとうなだれた。その拍子に、今ほど汲んだ水がちゃぷりと揺れる。
「アハハ、そうだね」
率直なユナの感想に私は苦笑しつつも頷く。
実際、私も結構クタクタだった。魔力集中は集中力もさることながら、精神力や体力も使う。まだ始めたばかりなので仕方ないのかもしれないが、容赦ないゼトムの指導に付いて行くのでやっとだった。
「おかげであちこち筋肉痛なんだけど、もう〜」
「まぁでも、それは私たちのためなんだし」
「それはわかってるけど〜。でも、『動きが遅い。そんなんじゃ日が暮れるぞ』とか、『詰めが甘い。今の動きだとお前は一瞬先であの世行きだ』とか、もっとこう言い方ってものがあると思うのー!」
「ま、まあ……それは、そうかも」
言われてみれば、確かにゼトムはこう何というか、一言多い気がする。私の時も、「集中力がなっていない。いったい何に気が散ってるんだお前は」とか、「手に力が入りすぎだ。気張ってんのか」とか、後ろに要らない一言が付いてたっけ。
「これは逆に、あたしたちがゼトムに教えてやらないとだね」
「アハハ……」
謎の意気込みを見せるユナに苦笑していると、不意に訓練の終わり際にかけられた言葉が蘇った。
「あ、でも。さっき褒められたんだよね、私」
「え?」
「訓練終わった時に、『流れを掴み取る感覚はわかってきたな。その調子で頑張れよ』って」
あの時のゼトムの表情はこれまで見た中でも柔らかくて、そして口調も穏やかだった気がする。ただそのギャップが大きくて、少しだけ怖く感じてしまったけれど。
「そう言われれば……あたしも短剣の角度褒められたっけ。やたら優しくて……普段との違いにこう、むしろ少し怖かったような……?」
「そう! そうなの!」
どうやらユナも同じみたいだったで、相槌にもつい力がこもる。私の反応に気を良くしたのか、ユナも「ね! ゼトムらしくなさすぎだよねー!」と上擦った声ではしゃいでいた。
そんな訓練の愚痴やらゼトムの変な態度やらを話しつつテントの場所まで戻ると、ゼトムが男の人と話をしていた。
「あれ?」
私は首をかしげる。その横顔には見覚えがあった。青みがかった短めの髪に、同じく青色に澄んだ瞳。垂れた目尻や柔らかな微笑みからは、すごく温厚な人柄であることがうかがえる。歳の頃は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。
「お、戻ったか」
ぼんやりと二人が話しているのを見ていると、それに気づいたゼトムが片手を上げた。
「おぉ、このお二人が今話されていた……」
男の方も私たちに気がついたらしく、丁寧な物腰でペコリとお辞儀をした。
「お前たちが水を汲みに行ってる間に、ちょうど目覚めたんだ」
「初めまして。カシュー・ミルランといいます」
落ち着いた動作で再び頭を下げる青年に、私もお辞儀を返した。
「は、初めまして。マナって言います」
「ユナでーす! カシューさん、よろしく!」
一方、ユナは頭を下げるどころかなぜかバケツを振り回している。
「ちょ、ちょっと、ユナ……」
「あ、ごめん。つい」
「何がつい、なんだお前は」
「ハハハッ。マナさんに、ユナさんですね。東方に向かって修行中の旅をしておられると、こちらのゼトムさんから聞きました。そんな道中に助けていただき、ありがとうございます」
カシューさんの言葉に、チラリとゼトムへ視線を移すと目配せをされた。なるほど、話を合わせればいいのか。そう解釈し、私は小さく頷こうとして……
「ゼトム、なんでウインク……わわっ!」
「おーっとっと! ユナ! とりあえず水置いてこよ! 水!」
悪意のない危険な言葉を発しそうになった双子の姉に、わざとらしく寄りかかった。
ユナ! そこは察するところ!
心の中で、己が身にそっくりな姉へ叱責を飛ばす。元気で真っ直ぐなのはユナのいいところだけど、時と場所を考えてほしい。
幸いにも、カシューさんは特に気にした様子はなく、「元気でいいですねー」と笑っていた。セーフ。
そのうちに、私はユナの空いた方の手を掴み、テントの近くまで引っ張っていった。そして、二人からある程度距離をとったところで、その手を離す。
「ユナ! あれは話を合わせてっていうゼトムの合図なの!」
「へ?」
二人に聞こえないよう、小声で私は説明する。といっても、この状況であの目配せはそれ以外考えられないので、説明は状況の整理だけですぐ終わった。
「ほーなるほど。あたしたちの旅の本当の目的は確かに言えないから、ひとまず今は修行中の旅ってことにするわけね」
「そうそう」
あんまり長い間離れているのも変なので、一応納得したユナを連れて私はゼトムたちの元へと戻る。その間にも、ゼトムとカシューさんはさらに話を進めていたようだった。
「へぇー。カシューさんの家は農家なんですかー」
「ええ、そうなんです。家で採れた作物を売って生活しています。昨日は、カーナまで生活用品を買いに行った帰りだったんですが、そこを盗賊に襲われまして……」
「そうだったんですか。それはお気の毒に……」
どうやら、カシューさんの仕事や倒れていた経緯を聞いているらしい。農家や作物の卸売はまあいいのだが、その後に何やら不穏な単語が聞こえたような気が……。
「と、と、盗賊っ⁉」
思わず、といったふうにユナが叫んだ。その声に、ゼトムとカシューさんが同時に振り返る。
「ああ、これはすみません。怖がらせてしまいましたか」
少し慌てた様子で謝るカシューさんに、ゼトムは小さく笑いながらかぶりを振った。
「いやいや構いません。どうせこれから旅を続けていくうちに嫌でも耳にしますからね」
そして、今度は身体ごとこちらに視線を向けると、僅かに口の端を上げ、
「まっ、今の世の中はそれだけ情勢が不安定ってわけだ。お前らも人攫いなんかに連れていかれないよう、せいぜい修行に励むんだな」
そんな言葉を投げかけてきた。
人攫い。おそらく、というより十中八九、国からの追手を意味しているんだろう。私たちからすれば人攫いとなんら変わらないし、むしろ世間的には正義に分類されている分余計にタチが悪い。
「そうだね。うん、わかったよ」
「ねぇ、ゼトム。なんでそんなニヤリと……あたっ!」
ため息混じりに返事をしたところへ、ユナが相変わらずな質問を突っ込んできた。言い切る前に、私はその頭を軽くはたく。全くもう、ユナは。
ただひとり、カシューさんだけが、私たちのやりとりを不思議そうに眺めていた。
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