第20話
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私はガチガチに緊張していた。
元々、人と話すのはそんなに得意な方ではない。どちらかと言えば苦手な方だ。
けれど、お礼もしたいとのことで、カシューさんの家に行くこととなった。
カシューさんは四人家族らしく、お昼を過ぎた今の時間帯は母と妹がいるらしい。妹は私たちよりも少し下の年齢らしいが、やはり知らない子だ。緊張するなって方が難しいし、何より大人同士の妙に仰々しい会話をそばで行儀良く聞いているのが結構苦手だった。
だから、ユナが唐突に「話が終わるまでみんなで遊ぼー!」と声をあげたのには、驚きと恥ずかしさが半分、嬉しさが半分だった。
ゼトムが顔をしかめる一方、カシューさんのお母さんは「あらあら、それはぜひフィーと遊んであげてちょうだい。この村にはフィーと同年代の子がいないから」と、快く許してくれた。
そんなこんなで、私とユナとフィーちゃんは連れ立って外に出た。ちなみに、ユナはちゃっかりとクッキーを小袋に包んでもらっている。なんともユナらしい。
「うーん! 気持ちいい〜!」
真っ先に向かったのは、さっきまでいた麦畑。少し手前には小高くなった空き地があり、私たちはそこに持ってきたシートを広げてゴロンと横になった。
「風が涼しいね。気持ちよくて、眠くなっちゃいそう」
「えへへ。ここはね、フィーもすっごく気に入ってる場所なんだ。だから、喜んでくれて嬉しい」
フィーちゃんは、私たちよりも二歳ほど下らしい。短くショートに切り揃えられた青色の髪に、髪と同じ綺麗な青をした瞳が印象的だ。また、クリーム色のワンピースからのぞく肌は日に焼けて健康的な小麦色をしており、何より無邪気に笑うその表情がなんとも可愛い。
「そっか〜! あたしもすっごくこの場所好きだな~! フィーはよくここに来るの?」
「うん。手前はフィーの家の麦畑だから、よくお手伝いとかで!」
「お、お手伝い……」
「アハハッ、ユナが一番苦手なことだね〜」
おどけた口調でユナを突っつくと、彼女は「そ、そんなことないし!」とそっぽを向いた。
「もうマナ! そんな意地悪言うなら、クッキーあげないよ!」
「なっ⁉︎ それはひどい!」
さすがにからかいすぎたのか、とんでもない仕返しを口にしてきた。なんて姉だ。
「あれー? やっぱりマナも食べたかったんじゃない?」
「……そ、そりゃそうだよ! クッキーなんていつぶりか……モガッ⁉︎」
直後、口を何かで塞がれた。というより、何かを押し込まれた。しばらくして、じんわりと甘い味が口いっぱいに広がり、幸せが心に満ちていく。
「なら、最初から素直にはしゃけばいいのに〜! 我慢もほどほどに、ね?」
ドヤ顔を披露するユナ。本当に、ユナらしい。というか、あの時は緊張でそれどころじゃなかったし!
口をもごもご言わせつつユナの頭をポコポコ叩いていると、不意にフィーちゃんが短く笑った。
「どうしたの? フィーちゃん?」
私は手を止めて、フィーちゃんの方に顔を向ける。すると、彼女はさらにくしゃりと相好を崩した。
「あのね、楽しいなぁって思ったの。すっごく楽しいなぁって。村にね、同じくらいの歳の友達いないから。だから、楽しいなぁって」
そしてまた笑う。
本当に、心から楽しそうに笑う。
その様子がなんだか逆に少し寂しそうに見えて、思わず私は口を開いていた。
「「じゃあ、友達になろ!」」
声が重なった。普通ならびっくりするところだけど、私たちにとってはよくあることで、もはや慣れたものだ。
だから私たちは一度だけ目を合わせて、小さく頷き合う。と同時に、私は右手、ユナは左手をフィーちゃんの前に出した。
「え、えと……」
目の前にいる二人の少女が同時に同じことを言ったこと。急に「友達になろう」と言われたこと。いろんなことに戸惑った様子のフィーちゃんだったが、差し出された私とユナの手を交互に見て、やがて大きく頷いてくれた。
「うんっ!」
彼女の小さな左手が私の右手を掴む。だから私も、ギュッと握り返す。
こうして、私たちは友達になった。
*
麦畑の周りで、あたしたちはひとしきり遊んだ。
クッキーを片手に談笑。
麦畑の周りで鬼ごっこ。
疲れたらのんびり日向ぼっこ。
小麦と太陽の香りに包まれ、爽やかな風の中で駆け回り、寝転がるのは、すっごく楽しかった。
そして、なんだか懐かしい感じがした。孤児院にいた時は毎日のように走り回って、ちびっ子たちと鬼ごっこをして、楽しくて……。あれからまだ数日しか経っていないのに、随分と遠いことのように感じた。
みんな、元気にしてるかなぁ。
ふと、そんなことを考えてしまう。何も言わずに飛び出してきてしまったけれど、みんなは大丈夫だろうか。あの髭面騎士たちからひどいこととかされていないだろうか。
「どうしたの?」
仰向けでぼんやりと考え事をしていると、フィーが心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ、ううん! なんでもないよ!」
慌てて取り繕う。やばいやばい。あたしらしくもない。きっと大丈夫だ。マーサさんもいるし、みんなならきっと……大丈夫だ。
「ほんとに?」
「ほんとほんと! ちょっと考え事してただけ!」
心に滞留するモヤモヤを振り払うように、あたしは勢いよく起き上がった。
「それよりさ、次は何して遊ぶ?」
「んー、じゃあ、フィーが村の奥の方を案内してあげるよ!」
「え、村の奥?」
頭を切り替えるつもりで投げた質問だったが、本当にそれまでの思考が吹っ飛んだ。というのも、村の奥には鬱蒼と茂った森があるくらいで、取り立てて見るところはないと聞いていたからだ。それこそ、ゼトムが気にしていた行方不明になった家族の家があるくらいで。
「うん。あのね、実は森の入り口の横に小さな道があって、その先にとっても綺麗なお花畑があるの!」
「お花畑?」
「うん! 赤とか黄とか青とか、たっくさんのお花が咲いてるんだ! 本当はフィーの秘密基地だったんだけど、ユナちゃんとマナちゃんは大切な友達だから!」
ニッコニコな顔をして見つめてくるフィー。その無邪気な笑顔を見ていると、自然とこっちまで笑顔になってくる。
そして何より、大切な友達だと言ってくれることが、素直に嬉しい。だけど……
「……へぇー! あたし、花とか結構好きだから行ってみたい!」
ふと、思う。
今のあたしたちは、お尋ね者だ。
この国で平和に暮らしている人たちと、どこまで関わっていいんだろう。
「やったー! ね、マナちゃんも行こっ?」
「うん……そだねー!」
同じことを感じたのだろうか。どこかわざとらしく、マナは上擦った声をあげた。
「やった! じゃあ早速行こー!」
フィーは興奮気味に笑顔を深めると、先陣を切って歩き始めた。その小さな背中はとても近くにあるのに、さっきよりも遠く感じた。
友達になったばかりだけど……マナを、フィー自身を守るためには……線引きはしないと、だよね……。
あたしらしくもない結論に辿り着く。でも、仕方のないことだ。
どこか悲しい気持ちになりつつ、無意識にマナの方へと視線を向けると……目が合った。透鏡で色を変えた翠色の双眸が、あたしを捉える。
――もっと、ユナらしくていいと思うよ。
マナは、小さく笑っていた。
そんな言葉を、投げかけられているような気がした。
「……そっか」
確かに、運命紋であたしらしさを失ってたら、それこそ運命に負けたことになる。
あたしは……マナもそうだけど、大切な人はみんな守って、そして――幸せに暮らしたいんだ。そこにあたしらしさがなかったら、きっと幸せは感じられない。
「あれ。二人ともどうしたの~?」
少し離れたところで、フィーが不思議そうに小首を傾げていた。その動作がなんだか可愛くて、つい吹き出してしまう。
「なんでもない! マナ、行こっか?」
喉まで出かかっていた悲しい言葉を飲み込み、あたしは笑いかけた。
「うんっ!」
嬉しそうな声と、温かい感触を右手に感じながら、あたしたちは駆け出した。
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