第21話
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村の奥、森に向かう道中には、本当に何もなかった。
麦畑はほとんどなく、荒れ果てた空き地があちこちに散在している。家屋もポツポツとある程度で、そのどれもがかなり古く、建てられたのは相当昔だということが見てとれた。
「もう少しだよ!」
少し前を歩くフィーちゃんが、さらに前方を指差した。その先には、これまで通ってきたものとは桁違いに深そうな森が広がっていた。
まず、明らかに中が暗い。今までの森は少ないながらも陽の光が中を照らしていたが、目の前の森はさらにその光の量が減っている。鬱蒼と生い茂った木々が幾重にも重なり、陽の光を遮断しているんだろう。
「ね、ねぇ……フィーちゃん? あの中に入るの?」
私は恐る恐る尋ねた。隣を歩くユナがごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。
「え? うん、入るよ。入り口付近までだけど」
「そ、そう……」
どうやら本当に入るらしい。フィーちゃんには怖がっている様子が全くないので危険はないんだろうけど、どうにも不安がぬぐえない。
「全く、マナは怖がりだなぁ」
少しずつ胸が高鳴り始めているのを感じていると、すぐ横で妙に大きい声がした。
「え?」
「ま、まぁ? マナは昔からそうだったもんね? うんうん。仕方ない、シカタナイ……」
ユナはどこか棒読みがちにそんなことを言いながら、パシパシと私の背中を叩いてくる。
そういえば、ユナって好奇心旺盛だけど幽霊とかは苦手だったっけ。
孤児院に来たばかりの頃。真夜中の暗い林の中を一人で探索するという勇気試しなる遊びをした時に、ユナだけはどうしても一人で林の中に入れず、私と二人で入ったことを思い出す。あの時は結局、既に孤児院を巣立った当時の先輩たちに驚かされて、泣いていたような。
「ユナ……あの木の陰にいるのって、もしかして幽……」
「ひょえっ⁉」
私の言葉に、ユナの身体が一際大きく跳ねた。かと思う間もなく、一目散に私の後ろへと回り込む。最近はその手の話から遠ざかっていたが、まさかこれほどとは。
「いや、その……ごめんっ! 冗談!」
「え? な、ひどいっ! ユナのバカっ!」
今度はポカポカと拳で背中を叩いてくるユナに、私は思わず吹き出した。どうやら、勇者紋が発現した十二歳になっても幽霊は苦手らしい。採録の時はあんなにかっこよかったのになぁ、とどこか不思議な気持ちになりつつも、変わらないユナの様子に私は胸をなでおろした。
そうこうしているうちにも森の入り口はどんどん近づいてきて、背丈の何倍もある樹木が眼前に立ち並んだ。
「ここの森はね、すっごく昔からあるんだって。森の近くに住んでる人たちがずっと管理してて、奥は神聖な領域で魔獣もいないの! ただ、お祭りの時以外は入っちゃダメって言われてるけど」
「え、そんなところに入っていいの?」
「うん、入り口付近までなら大丈夫! にいにとよく山菜とか採りに来てるし!」
そう言うと、フィーちゃんは迷うことなく森の中へと入っていった。
「あ、ちょっと!」
心の準備をする間もなく、慌てて彼女の後を追う。ユナは珍しく私の後ろで、ちょこんと服の袖を掴んでいるのはなんだか新鮮だ。
そんな森の中は、実際に入ってみると思った以上に明るかった。明るい、といってもかなり薄暗くはあるけれど。
「フィーからあんまり離れないでね! 迷っちゃうと出られなくなっちゃうから」
「「え」」
「なんかね、森の中は方角を見失いやすいんだって。だから、道を知ってる人から離れちゃダメだって、にいにが言ってた」
「な、なるほど。ちなみに、フィーちゃんは道をしっかり知ってるんだよね?」
「だいたい!」
「「だいたいっ⁉」」
「アハハッ、大丈夫だよ! お花畑までなら何度も行ったことあるし!」
そんな「本当に大丈夫なんだろうか。迷っちゃうのでは?」フラグ話を交わしつつ、私たちはならされた細い道を進んでいく。そうしてしばらく行ったところで、不意にフィーちゃんが立ち止まった。
「こっちだよ!」
無邪気な笑顔を浮かべて指差す先は……茂みの奥、獣道みたいな小道だった。
「え、ここ進むの?」
「もち!」
力強く頷くフィーちゃん。茂みの奥は暗く、横から飛び出ている草木やら蔓やらで視界も悪い。本当に大丈夫かな?
そんな不安がよぎるも、ここまで来たなら是が非でもそのとっても綺麗だというお花畑は見たい。
「よぉーし。もちなら行くしかないね! もちなら!」
半ばやけくそな声が後ろから響いた。その声の主は力こぶを作ってやる気を見せているが、こっそりと袖を掴んでいる方の手は微かに震えている。
そんなこととは微塵も思っていないフィーちゃんはどこか嬉しそうに笑いながら、慣れた様子で茂みの中へと入っていった。
「あっと、私たちも行かないと」
「もちなら行くしかないけど……本当に行くんだね……」
「ユナ、諦めよう。怖いもの嫌いの私たちだけど、これも修行の一環だと思って!」
……本当にそうだろうか。
心の中にいる冷静な自分のツッコミを聞かなかったことにして、私はユナの手を引き茂みの中へと足を踏み入れた。
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