第14話

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 最初は、妙な違和感だった。

 ゼトムに、「時間があれば魔力集中してろ」と言われたので、道中も人差し指に魔力を集めていた。ゼトムからもらった魔術を編み込んだグローブのおかげで、手の甲に浮かぶ運命紋を気にする必要もなかった。

 そうして魔力を集めたり霧散させたりしているうちに、ふと魔力の流れが変わった。


「なんだろ……?」


 ゼトムやユナに目を向けてみるも、特に変わったことをしている様子はない。「照れなくてもいいのにー」とか「照れてない」とか、本当に他愛ないお喋りをしている。私も混ざりたかったが、どうにもこの魔力の流れが気になった。

 キョロキョロと辺りを見渡すと、不意にまた魔力がその流れを変えた。吸い寄せられるように、ある一点を目掛けて魔力が移ろっていく。


「ねぇ……あれ、なにかな?」


 魔力が集中する先、青々とした長草が並び生えている端に、何やら小さな麻袋のようなものが転がっている。


「んー? 小さな袋……か?」


 ゼトムも気づいたようだった。

 でも、魔力が集まっているのはそのさらに先。雑草で見えないが、自然というよりは、どうも意図的に集められているようだった。


「うん……そうなんだけど」


 それだけじゃない。魔力は下方へと流れており、ほとんど地面に向かっている。

 ゼトムの講義では、意図的に魔力集中をするにはかなりの知性が必要で、動物には無理とのことだったから、おそらく人。そして魔力の流れ的に……


「多分、人が倒れてると思う」

「なに?」

「マナ。どうしてわかるの?」

「あそこに、魔力が集中してるから」


 思ったことを、私はそのまま口にした。言葉にしたことで、それは実感を伴って心に落ちてくる。

 草に覆われた、あの場所に……人が倒れてる? いったいいつから……

 そこまで考えて、私は無意識に駆け出していた。

 あんな人目につきにくいところで倒れているなら、長時間誰にも気づかれていない可能性が高い。下手をすると数日、なんてこともありうる。

 助けなきゃ――。

 私はそんな思いに駆られつつ、夢中で雑草をかき分けた。

 どうか、無事でいて――。

 数日前。ユナが岩場の影、小さな干潟で倒れていた時のことを思い出す。あの時は運良くすぐに見つけられたものの、ユナが倒れていたのは岩場の影で、非常に見つけにくい場所だった。もし同じようにケガをしていて、もし同じように苦しんでいるのなら……。

 目の前を覆い尽くす緑を分けに分けて進み、ようやく視界が開けた。案の定、そこには二十歳くらいの男性が倒れていた。


「だ、大丈夫ですかっ⁉」


 急いで駆け寄り、体を揺する。


「くっ……ううっ…………」


 青年は、苦しそうにうめき声をあげる。幸い息はしているが、衰弱がひどいようだった。手足からは出血しており、どうやら力を振り絞って治癒魔法をかけていたらしい。


「い、今助けを呼んでくるから……!」


 魔力を集中させることはできても、今の私には魔術を扱うことができない。ましてや、傷を負って衰弱している人の治療は無理だ。ゼトムならどうにかしてくれるかも……と思い、立ち上がった時だった。


「これは……」


 驚いた声が、背後から聞こえた。見ると、ちょうどゼトムとユナが草をかき分けて追いついてきたところだった。


「この人、ケガしてるみたいなの! お願い、助けて……!」


 まだ状況を把握しきれていないゼトムに向かって、私は叫んだ。怪訝そうな視線を向けるもゼトムは頷き、倒れている青年の容体を確認する。


「衰弱が激しい……。それに、熱もあるな。ここまでとなると……毒か何かか? とりあえず治癒魔術と解熱魔術を……」


 そこからは、驚くべき手際の良さだった。ゼトムが青年の傷口に手をかざすと、淡い光が集まり始めた。すると、あれだけ流れていた血は止まり、傷口がみるみるふさがっていく。さらに、もう一方の手で別の術式を編み出して青年の額に手を当てると、呼吸が安定していった。


「これが……ゼトムの魔術」


 ユナの治療の時はわからなかったが、魔力集中を教えてもらった今ならわかる。魔力の流れが指先へと向き、そこへ術式が加えられて魔術が発動している。当たり前だけど、魔力の扱い方のレベルが違う。私よりも綿密かつ繊細に、魔力を手足のように操っていた。

 ゼトムって、いったい何者なんだろう。

 自然と、そんな疑問が心に浮かぶ。

 実のところ、私はまだ、ゼトムがどういった立場の人なのか知らなかった。初めて会った時はユナの状態に気が動転していて訊けなかったし、ユナの治療が済んで少し落ち着いたその後もはぐらかされた。

 そして。私は、まだ彼の運命紋を見たことがない。ゼトムの手の甲には何もないので、おそらく腕の方にあるのだろうが、彼はいつも長袖を着ているため見えないのだ。ただ、今日の朝の訓練や今の治療魔術を見る限り、普通の運命紋ではないと思う。


「――っと、私も何か手伝わないと」


 呆然と立ち尽くしているうちに、ゼトムは傷と熱の治療を終えたようだった。さっきの言いぶりからして、おそらく次は毒の治療をするんだろうなと思っていると、


「チッ……こんな時に」


 小さく舌打ちが聞こえた。そして、鋭い視線をさらに奥――森の方へと向ける。つられて私もそっちを見て……血の気が引いた。


「え、あれって……まさか」


 同じように隣で立ち尽くしていたユナも気づいたようだった。

 視線の先。鬱蒼と繁った木々の影から、こちらを睨む二つの赤い目が見えた。続けて、漆黒の毛皮に覆われた大きな前足に、鋭い牙を生やした獰猛な顔が現れる。


「ヘル、ハウンド……?」


 かつて貴族が飼っていた狩猟犬が魔獣化し、繁殖したのだとされている狂犬。犬という割に体躯は大きく、平均的な成人男性よりもさらにひと回りは大きい。孤児院で読んだ本によると、群れで獲物を追い詰め、派手に食い荒らすとかなんとか……


「二人とも、この男の近くにいろ。決して前に出るんじゃないぞ。あと、よーく見とけ」


 驚きと戸惑い、そして恐怖が心に込み上げてきた頃に、ゼトムの鋭い声が聞こえて……彼は風の如く走り出した。

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