第13話
*
夜の陽とは異なる眩しい日差しの中、あたしたちは街道をひたすらに歩いていた。
ゼトム曰く、当面の目的地は東の隣国――ポートナイル皇国らしい。まさかの外国だ。
ポートナイル皇国は、アルメンダール王国の東に位置する有数の貿易国家だ。カーナよりも水深が深く、海との隣接域も広大な港湾都市ボルポスや、世界各国との空路が集積している流通都市スートイなどがあり、ヒトやモノはもちろん、世界最先端の技術や情報が集まる先進的な国……らしい。無論、勉強嫌いなあたしの知識ではなく、ご高名なゼトム先生から聞いた知識だ。
そんな海外逃亡もとい亡命案に最初は驚いたものの、多様な人種が存在している国の方が身を隠し易く、かつ最先端の情報が集まる地ならば運命紋に関する最新の知見も得やすいという説明には、異論を挟む余地がなかった。一方的な指名手配までされているアルメンダールで逃げ回るよりも、海外にいけば捜索の手が伸びにくいというのも頷ける。
そんなこんなで、東を目指して街道を進んできたのだが、あたしとマナの心中は穏やかではなかった。
「本当に大丈夫なのかな……」
「うーん、多分?」
隣を歩くマナと顔を見合わせる。そこにあるのは見慣れた白銀の髪に赤色の瞳……ではない。見慣れない茶色の髪に、翠色の瞳だ。そして衣服も、黒の外套から小麦色の旅服へと変えており、夜の時とは全く違う様相だった。
「おどおどするな。染液と透鏡で外見は変えたんだ。あとは堂々としてろ」
ゼトムの叱責が飛ぶ。
「いや、まあ。そうなんだけどー……」
そうはいっても心配なものは心配だ。あたしも髪色は銀色から金色に変えているが、瞳の色は変えていない。アルメンダールでは碧眼の数が一番多く、むしろ変えない方が目立たないとのことらしいが、本当に大丈夫なんだろうか。
「でも、ユナのその髪型新鮮だね。まとめた方が可愛いかも」
「え、そう?」
ユナの言葉に、心の中で滞留していた心配がちょっとだけ和らいだ。そして、素直に嬉しい。
変えるのが髪色だけというのは心配だったので、せめてものあがきで髪型も変えたのが良かったみたいだ。今までは特に結うこともなく肩ほどまで伸ばしていたのだが、今は後ろでひとつに束ね、いわゆるポニーテールにしている。この方が、短剣を振るう際にも髪が邪魔にならなくていい、というのもあるけれど。
「本当にいい感じだよ! 私も同じ髪型にしてみようかなー」
「うんうん、そうしたらおそろい……って、それじゃ意味ないじゃん!」
「あ、そっか!」
「もう。マナったら」
「お前ら……今度は堂々とし過ぎだ。もう少し緊張感を持て」
そんなふうにゼトムから呆れ顔を向けられつつも、あたしたちは街道をさらに進んでいった。
ゼトムの言った通り、昼間の街道は冒険者や商人などいろんな人が行き交っていた。交易の中心地であるカーナからは既にかなり離れていて、すれ違う人はさほど多くないが、それでも用心するに越したことはない。ゼトムの忠告通り、不自然にならないよう警戒しつつ歩を進めていく。
そうして歩くことさらに数刻。あたしたちは、鉱山の近くに位置する王国でも有数のモノづくりが盛んな工業街――カナトコの付近まで来た。
「カナトコに、ゼトムの友達がいるんだっけ?」
左手に広がる大きな湖を見ながら何気なく聞くと、ゼトムは不満げに口を開いた。
「友達じゃない、知り合いだ。誰があんなやつと友達になるか」
「えー、照れなくてもいいのにー」
道中散々小言を言われたことへの仕返しとばかり、あたしは肘でゼトムの脇腹あたりをつつく。
「照れてない。それに言っただろ。あいつに会うのは、これからの旅路にどうしても必要だから仕方なく、だ」
「えー、ほんとにー? 確か女の人なんでしょ? あ、わかった。友達じゃなくて実は恋人だったりして〜」
「……無駄口を叩く暇があるなら、さっさと足を動かせ。できれば今日中に着きたいんだからな」
「はいはーい」
本当に素直じゃないんだからーと内心でからかっておく。これ以上口に出すとまた何か言われそうだし、下手をすると明日の早朝訓練が壮絶なことになるかもしれないし……。
嫌な想像に若干冷や汗を流しつつ、さらに街道を歩いていくと、不意にマナが声をあげた。
「ねぇ……あれ、なにかな?」
マナの指先。街道から少し外れたところに生い茂っている背の高い雑草の影から、何かがはみ出していた。
「んー? 小さな袋……か?」
ゼトムと同じように目を凝らして見てみると、確かに小さな麻か何かでできた袋のようだった。
「うん……そうなんだけど」
マナの返事は歯切れが悪かった。何かひっかかっているのか、少し考えるような素振りを見せた後、今度は躊躇いがちに口を開いた。
「多分、人が倒れてると思う」
「なに?」
マナの言葉に、ゼトムは驚いたように目を見開いた。そしてそれは、あたしも同じだった。
「マナ。どうしてわかるの?」
「あそこに、魔力が集中してるから」
それだけ言うと、マナは突然駆け出した。
「あ、ちょっと! マナッ⁉」
「追うぞ!」
急いで、あたしとゼトムもその後を追う。
これが、魔術への絶大な適性を誇る魔王紋の一端を見た、最初の出来事だった。
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