第5話

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 遥か昔。西ユーレント大陸を含めた世界の半分は、荒廃した大地と化していた。

 栄華を誇った国々は滅び、草木は変色し、凶暴な魔獣が跋扈するばかりで、そこはまさに生き地獄だったらしい。

 そんな世界へと変わり果ててしまった元凶こそが、魔王。膨大な魔力を保有し、凶悪な魔術と魔獣を従えて、人類の崩壊を目論んでいた。

 人々は為す術もなく蹂躙され、世界の残り半分が魔王の手に落ちるのも時間の問題となったその時、人類の希望が現れた。

 その者は、卓越した身体能力と剣術で魔獣を斬り伏せ、魔王の眷属を倒し、みるみる世界を取り戻していった。いつしか、その者は人々から勇者と呼ばれるようになった。

 追い込まれた魔王は、持ち得る全ての魔力を注ぎ込み、世界そのものを破壊しようとしたが、これも勇者の手によって阻止され、遂には滅ぼされた。しかし、魔王は消える直前に、ひとつの呪いの言葉を残していったという。


 ――私が消えようとも、魔王の力は消えぬ。後の世に生まれ出る魔王が、今度こそ世界を滅ぼすだろう。


 その言葉に対して、勇者もまた、真っ直ぐな瞳で言い返した。


 ――そんなことはさせない。後世の勇者たちが必ず、何度でも魔王を倒す。


 この戦いを最後に、世界から魔王の脅威は消え去り、永くて尊い平和が訪れた。


「――そして。勇者は生まれ育った王国へと帰り、国民から感謝され、王女と幸せに暮らした……というところまでが昔話だ」


 教会の身廊中央で、カルマスは昔話を語り終えた。

 さすがは採録の見届け人だと思った。私もよく孤児院の子どもたちに読み聞かせているが、ここまで明朗に語ることはできない。私だけでなく、ユナも含めたこの場にいる誰もが惹き込まれるように耳を傾けていた。


「……が、これには続きがあるのだ」


 一拍置いて調子を整えると、カルマスは鋭い眼差しで私たちを見下ろした。


「続き?」


 ユナが聞き返す。この威圧感の中、普通に受け答えできているユナって本当にすごい。私なんて、怖くてこの人の顔をまともに見ることができないのに。


「そうだ。最後の戦いで魔王が言い残した呪いの言葉。つまり、後世に生まれるという魔王の力を持った者についてだ」

「……それが、本当にいると?」

「いる、じゃない。いたんだ。数百年ほど前に、な。この者も、当時の勇者の力を持つ者によって倒された。この辺りは史実だから歴史の勉強をしていないと知らんだろう」

「……ふーん」


 ユナは興味なさげにそっぽを向いた。まあ実際は、勉強という言葉に対する反抗心なんだろうけど。そんないつも通りの彼女に、私は少しだけ心が落ち着いた。


「その後。長年にわたる研究の末、漸くわかったのだ。魔王の力や勇者の力というのは、特別な色の運命紋のことなのだと」

「特別な、色?」

「そうだ。運命紋の色は、基本的には黄・緑・紫・白・黒の五色だ。これに加え、紋様の形や帯びている魔力で運命紋が示す才を読み取っている。だが、魔王と勇者だけは、色から違っていたのだ」


 カルマスは、若干興奮した様子で続ける。


「魔王の力とは紅の運命紋、すなわち魔王紋のことであり……」


 その時、私の左手が淡く光り始めた。ふと目を落として……私は驚愕のあまり固まった。


「勇者の力とは碧の輝きを放つ運命紋、勇者紋のことな……――」


 カルマスが言い切るよりも早く、


「…………ま、魔王……だ」


 教会内に悲鳴が巻き起こった。

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