第25話 魔法戦士の断末魔

「いや、全く。難儀なこった。魔法戦士稼業もつくづく因業な商売だ。なぁ、師匠?」


拳銃を腰に収め、今は無き師に向けて呟いた。

剣も回収したいところではあるが、その余裕はない。壁にもたれながら、踵を返し、


「なに⁉」


手をついた壁で、表面を覆っていた蔓が動いた。

間髪入れずに振り返ったアカリの目に飛び込んできたのは、再び脈動と明滅を始めた核だった。


「ちぃッ!」


腰の物を握りしめる。嫌な汗が額を伝った。

銃弾はもう残っていない。

呪符は既に使い切った。

剣もまで手元にはない。

魔力さえ尽き果てた。


「……くそっ」


それでも、彼が倒れる事がなかったのは、かの地獄を乗り越えた経験があればこそだった。

拳銃を両手で構えなおす。

最後の手が残っていた。

否、これしか手は残っていなかった。

即ち、魔法少女への変身。

だが、それはどう考えても悪手だ。恐らく、次の変身も二人分の力を使わなければ怪樹を相手取る事は不可能だろう。

だが、先の戦いで体は既に限界を迎えている。ここから更に無理を重ねれば、戦うどころか変身に耐え切れずにその場で五体が弾けるかもしれない。

銃を持つ手が震える。

呼吸が苦しい。

それは何も、肉体が限界を迎えているからだけではない。

死ぬのは、構わない。

それよりも次の変身に、メグの魔法石が耐えられるかどうかが問題だった。

もし、傷の一つでも入ってしまえば、彼女は二度と……

一瞬にも満たない間に様々な思惑が胸中で渦巻く。その一瞬が命取りだった。


「しま、」


足を取られた。いつのまにか迫ってきていた蔓の一本が片足を固く縛り上げ、そのまま宙に吊り上げる。逆さづりの体勢だった。

ただでさえ弱り切っていたところを振り回されたのがいけなかった。目元が霞み、酩酊感に意識がとびそうになる。

それでも拳銃を手放さなかったのは奇跡としか言いようがなかった。


—ちぃッ!


足元から素早く伸びてきた蔓が、胴体をきつく締めあげた。このまま窒息させる気か、さもなければ養分として吸収するつもりらしかった。

反射的に、搾りかすのような魔力と筋力を駆使して抵抗を試みるが、死の拘束から逃れる事は言わずもがな、寿命を延ばす事も上手くいくはずがない。

以て数秒、そのタイムリミットを過ぎた時、自分の体はひしゃげ、化物の養分にされてしまう事は分かり切っていた。

もう、声さえ出ない。

銃を握る手からも力が抜けていく。薄れゆく意識のなか、彼が最後に抱いたのは後悔だった。いまさっきの一瞬、引き金を引くことが出来ていれば、少なくとも、まだ戦う事は出来たはずだった。それでも躊躇してしまったのは、自分の中にまだ甘さがあったからに他ならない。その所為で、多くの物が無駄になる。更に多くの犠牲が出る。

それだけが、たまらなかった。

それだけが、


「てめぇ、放せ、こらッ!」


舌を思いきり噛んだ。もしかすると舌先が千切れたかもしれない。そんなことはどうでもいい。だが痛みのおかげで逝きかけた意識が戻って来た。

わめきながら、蔓を銃把で殴りつけ、爪を立てる。当然、どうにもなるはずはない。

締め付けがどんどんきつくなり、体の内側から大事な何かが吸い取られていく感覚に襲われる。

それでもあがき、もがき続ける。


「オレを、津川 灯を、舐めるんじゃねぇ! 放せ、薄汚ぇ化物がッ!」


自分の命など、惜しくはない。だが、ただで化け物にくれてやるほど安売りする気はない。自暴自棄で、引き金に指をかけ、


「エリ、姉……?」


それは今際の際の幻覚だったのだろうか。

歪んでいく視界の中、エリが微笑む姿が瞼の裏に映った……ような気がした。

それが幻でも、現実でもどちらでも構わなかった。

大暴れした事で、ポケットから零れ落ちてきたものがある。暗闇の中でも一目でわかる輝きを纏って、目の前にやってきたそれを必死で掴み、拳銃に押し込んだ。

そうするべきだと、本能的に分かっていたかのような動きだった。


「エリ姉‼」


装填してから撃鉄を起こし、核をポイント。

慣れた動きだった。逡巡など微塵もなかった。


「          」


もう、彼の言葉は言葉の体を為してはいなかった。地に塗れ、湿り、怒りや悲しみを孕んだ叫び声。

断末魔・・・にこそふさわしい絶叫。

引き金が引かれ、チャンバーに押し込められたエリの魔法石に撃鉄が落ちる。

少年と少女の絶叫が重なった。

銃口から吐き出されたのは拳大の炎の塊だった。されど、それはただの炎ではない。魔法少女一人分の肉体が変質した魔力、その全てを燃やし尽くした炎だ。温度にして数千度、神話の怪物が放つ必殺の火焔ドラゴンズ・ブレスにも匹敵するだろう。

銃が赤熱化し、握る手が焼ける。砕けて粉々になった魔法石の破片が銃口と言わず、銃の隙間から飛び散って舞い、赤い炎の光を受けてきらきらと輝いた。魔法少女の最後の輝きだった。


そこから先は若き魔法戦士の目にはスローモーションに映った。


障害物を悉く焼き尽くし、灰と化しながら業火が核に直撃した。一瞬にして炎に包まれ、原型を失っていく核と、そこから燃え広がった炎に蹂躙される根や蔓。みるみる干上がっていく汚水。

急激な温度上昇によって膨張した空気が熱風となって吹き付ける。やがて目を開ける事も出来なくなった時、アカリは体が暴風によって吹き飛ばされるのを感じた。上下左右が分からなくなるほど滅茶苦茶にシェイクされる中で、少年の意識はいつの間にか、今度こそ暗闇におちていった。

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