第22話 魔法少女の最後の挨拶
「あ、あぁ、あああああ……」
吹きだした鮮血が彼女の足元を染める。
傷は深い。
アカリの目の前で、エリは断たれた槍の残骸を取り落とし、間もなく地面に膝をついた。
「これで、正真正銘、打ち止めだ……」
変身が解けるのを見届けて、アカリはゆっくりと立ち上がる。
魔法少女の力の残滓はもう残っていない。弾丸ももう尽きた。剣はエリの体に突き立っていて手元にはない。体も動かすのがやっとだ。
もう、戦う力などは残っていない。
そんなボロボロの体を引きずる様にして、ようやくメグの元へと向かった。
ちょうど意識を取り戻したらしい彼女の胸元には、斜め一文字に傷が走って血が滲んでいる。魔法少女としての能力が働いている間に受けた傷である事と、そして直ちに命に係わる程の重傷ではなかった事、ふたつの幸運が重なって、血はもう止まっていた。
「メグ、大丈夫、か?」
「え、えぇ……アカリこそ」
血まみれで息も絶え絶え、もしかするとメグよりも重傷かもしれない彼だったが、それでも何とか彼女に肩を貸して、二人で立ち上がる。
一つになった影は、ゆっくりとよろめきながらエリの元へと歩み寄っていった。
「エリ姉……ごめん」
肩口になおも食い込んだままの剣に目をやって、沈痛な面持ちでアカリは顔を背けた。
仕方がなかった。こうするしかなかった。それでも、かつて姉と慕った彼女に剣を突き立てた事は彼にとって耐えられないことだった。
「エリ姉、お願いだ。もう降参して……いいや、そんなんはどうでもいい。切り札を使ってくれ。その傷じゃ、貴女は」
死ぬ、とは口にすることは出来なかった。それはつまり、彼女をアカリが殺すということなのだから。
「何て、顔をするんですか」
息も絶え絶えに、エリはアカリを見上げた。
もう戦うだけの力は残されていないのだろう。へたり込んだまま立ち上がる事すらも出来ずにいる。
「全く、君は……昔から、甘い」
肩に刺さった剣にそっと手をやる。
剣が刺さったままで、大出血こそ抑えられているが、一度傷が開けば命はないだろう。
そうでなくとも傷口からはとめどなく血が溢れ続けている。このままでは数分で彼女の命は血と共に流れ落ちてしまうだろう。
立場は逆転し、エリが詰んだ。更なる逆転の目はもう残ってはいない。
彼女が打てる手はただ一つだった。
「肉体の魔力への変換……ですか」
「そうだ。必ず、貴女を元に戻すから。だから、」
エリは断ち切られた十字のペンダントトップ、そこにはめ込まれた魔法石を握りしめ、
「こういう時は、とどめを刺すのが戦場の基本ですよ? あの戦いで何を見て来たんですか」
「ごめん……」
「全く」
呆れたような呟くエリの顔からは、今までの凶相が消えていた。
彼女の中から復讐の炎が消えたわけではない。
かつての戦友との再会、分かりあえると思った相手との決別、そして負けるはずのない戦いでの敗北。
情報が渋滞していて、毒気を抜かれてしまっていたのだった。
加えて酷い流血で物理的に頭に上って血が下がったというのもある。どちらにせよ、もう彼女に戦意は残っていなかった。
「あなたはこちら側の人間でしょうに……」
「ごめんなさい」
再びアカリは頭を下げる。
彼女の側に立ってやれないこと。彼女を助けてやれないこと。彼女を傷つけてしまったこと……謝らなければならないことはたくさんあり過ぎて、でも彼が口に出来たのはたった一言の謝罪だけだった。
「謝る位ならやらないでください……それに、そっちに立つならあなたと私は敵同士です。殺し合いをした敵に、謝る人がいますか」
言って彼女は自分に食い込んだ剣を引っこ抜いてアカリの足元に放り投げた。
今まで可能時手塞がっていた傷口が一気に開いて、血しぶきが噴き出す。にも拘わらず、彼女は表情一つ変えなかった。
「ここは……今回は私の負けです。不出来な弟分に免じて、認めましょう」
「エリ!」
アカリとメグが同時に叫び、彼女のもとに駆け寄った。
それを満足そうに眺めて、彼女は今度こそペンダントトップを握りしめた。
彼女の体が光に包まれ、彼女自身が光の粒子に変わっていく。
その肉体が薄く、透け始めた、その時だった。
「本当に、甘い」
「あ、」
「ッ⁉」
エリの目が細く、鋭く引き絞られる。
異変に気付くよりも早く、メグとアカリの体はエリによって強く突き飛ばされていた。
「エリ、何を!」
転がった先で間髪入れずに体勢を立て直した二人。次の瞬間、彼女達はエリの様子に目を剥いた。
彼女の胸を貫くものがあった。
巨大な樹木の、枝か根のようなもの。地面から伸びたそれが、エリの体を背中から正面に向けて突き抜けていた。
「エリ姉!」
剣を引き抜きかたアカリの足元に固い物が転がり、彼は踏み込む足をとどまった。
それはエリが投げてよこした魔法石のはまったペンダントトップだった。
魔法少女と魔法戦士の目が合った。
光の粒子となって消えゆく彼女は笑っているように見えた。
逡巡は一瞬。魔法石を拾い上げ、メグを片腕で抱えると、そのままアカリはエリとは逆の方向に全速力で駆け出した。
彼らが立っていた場所に、樹木の根が殺到したのは僅かコンマ一秒後の事だった。
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