第21話 あの日の約束
『この戦いが終わったら、みんなはどうなるんだろう?」
祠都奪還作戦の泥沼と化した戦いの中。僅かな休息の度に、彼女はそう呟いていた。
無茶な戦いに次ぐ戦い。今日も名うての魔法戦士が連戦によって負った傷と疲弊の為に倒れ、少年兵が何人も犠牲となった。魔法少女達も傷つき、今も治療を受けている。
運よくまだ軽傷だった彼女は、同じく運よく今日の戦いを生き残ったアカリに包帯を巻いて手際よく手当を続ける。戦線に投入されてすぐの頃はぎこちなかったその動きも、今では慣れたものだった。
「この戦いが終わったら、アカリ達はどうするの?」
彼女は優しい声音でアカリに尋ねた。
隈の浮かんだ青白い顔、彼女が無理をしている事は、まだ年端もいかないアカリの目にも明らかだった。
自分たちも余裕なんて僅かもないだろうに、彼女達魔法少女は戦場に投入されてから今に至るまでずっとかれら少年兵の事を気にかけてくれていた。
まだ十代前半から半ばの彼女達にとって、歴戦の魔法戦士達よりもまだ年が近い少年兵たちは親しみやすく、そして、まだ幼い彼らは庇護の対象だったのだろう。
保護者か、あるいは姉のように振舞う彼女達を、彼らもまた姉の如く慕い、そしてほんとうに“姉”とまで呼んでいた。
「私たちはどうなるんだろう?」
傷ついた少年兵は何も答えない。
姉の言葉に答える気力も残ってはいなかった。話をするだけの余力はなく、心は死んだも同然。当時の彼は、ただ戦うだけの機械に成り下がりつつあった。
少年の無関心にも拘わらず、彼女は言葉を続ける。もしかすると、何の返答もないからこその、独白のようなつもりだったのかもしれない。
「君達やそのお師匠さん達、戦士の人達。それに私やエリみたいな魔法少女。みんな、きっと幸せに暮らしてるよね」
頷くことも出来なかった。
そんな楽観的な事、考える事は出来なかった。未来の事など、考えるのもうんざりだ。
明日を生きられるか、そもそも一瞬先の未来でも五体満足でいられるのかさえも分からないこの戦場で、そのずっと先の事に思いを馳せるなど考えた事さえもなかった。
「楽しみね」
握ったままの剣を彼の手から放させて、彼女は場に不釣り合いな事を口にした。
こんな時にこんな場所で、何て事を言うのだと、そう思った。
仲間が傷つき、倒れ、死んでいく。ほんの少し先の自分の命さえも保証がない。そんなギリギリの状況でたどり着けるのかどうかも分からない未来を夢見るなど、あり得ない事に思えたのだ。
今にして思えば理不尽な怒りだったが、当時はそんな事を考える余裕さえも残されてはいなかった。
思わず感情に任せて声を荒げようとした少年だったが、それは叶わなかった。
彼の心の動きそ知ってか知らずか、眉間に皺を寄せた少年兵の目を、彼女は真っすぐに見つめ、うっすらと微笑んだ。
「もし私が見られなかったら、君が見届けて欲しいな」
そう、微笑んだのだ。
このいつまで続くのかも分からない戦場に身を置いて、長らく目にしなかった、人間の笑顔。
それは、彼がいままでの短い人生の中で見た何よりも美しかった。
師を含む残された魔法戦士と、彼女が命と引き換えに都をとり帰す、数日前。彼女と最後に顔を合わせた時のことだった。
あの戦いが終わった時、師やあの人は体すら残ってはいなかった。
取り戻され、復興が始まった都で、戦死者達は英雄として讃えられ、祀り上げられた。立派な墓が建てられた。
だが、墓標はあれど、その下には何も眠ってはいない。
間もなく魔法戦士による権力の奪取が起こった時でさえ、残された彼の胸の内にあるのは言いしれない虚無だけだった。
あの戦いを生き残った勇者の一人、英雄の弟子。そんな風に持て囃される中で、無に蝕まれ、心がすり減っていく日々。あの日々があと少し続いていたら、本当に彼は壊れてしまっていたかもしれない。
そんな時だった。彼女の唯一の遺品である魔法石をひょんなことから手にしたのは。
「あの人が見る事が出来なかった、『みんなが幸せな未来』……あんたがやろうとしてるのは、それとは違う」
あの戦いを生き延びた僅かな仲間たちや、姉達の今を見届けるために旅を続けてきた。
遠くから、近くから、彼ら彼女らを見守り、時には手を貸し、その未来が少しでも明るいものであれと願い続けて来た。
かつての仲間や姉が幸せそうにしているを見ると、胸の奥が温かくなるような気がした。その僅かな熱だけが、心の虚無を埋められる唯一のものだった。
それだけで、充分だった。
「だから、エリ姉。ここで、貴女を、」
充分だったのに。
どうしてこんな事になってしまったのか。
剣を再び手に取り、傷ついた体に鞭打って立ち上がる。
だが、もう、戦う力など残ってはいないだろう。それを裏付けるように、拳銃が手から滑り落ちて金属質の音を立てた。
それが終わりの合図だった。彼の纏っていた白い装束が崩壊を始め、空気に溶けていく。
彼の体よりも先に、魔法少女への変身が限界を迎えたのだ。
「そう、ですか……」
エリは、泣きそうな顔をして、尚も己の武器を握る手に力を込める。
アカリの話が心に響かなかった、という訳ではない。
彼女の遺志も、彼の信念も理解した上で、それでも彼女はもう止まる事は出来なかった。
理性では己の行為の無意味さを承知している。
感情も、彼を殺したくないと叫んでいる。
だが、心の底に根付き、今の今まで育まれてきた憎悪と怨嗟はすでに育ち切り、悍ましい花を咲かせていた。
最早その衝動は、彼女の在り方そのものとなっていた。
もう、止まれなかった。
「さようなら」
エリが固い足音と共に近づいてくる。それは死神の足音に他ならない。
アカリは再び剣を構える事も叶わずに、再びその場に膝をついてしまう。
「ちくしょうが!」
弱々しい叫びと共に、少年は剣をエリに向けて放り投げた。
攻撃と言うにはお粗末すぎる、自暴自棄の行動。悪あがきにも劣る、無様でみっともない行為。
エリは無感情のまま、くるくると回りながら飛んできた剣の刀身を槍で受けようと動く。
そのまま弾き飛ばすつもりだった。
「ひゅッ!」
刹那、アカリの口から笛の音を思わせる鋭い呼気が放たれた。
光を失った魔法戦士の瞳に、再び強い輝きが宿る。
クイックドローを思わせる動きで、地べたに転がった拳銃を拾い上げ、迷うことなく引き金を引いた。
魔法少女の力の残滓、残された最後の一発の魔力弾が狙い通りに真っすぐに放たれた。
「なっ⁉」
エリの反応が一瞬遅れた。
その一瞬が命取りだった。
「……“
銃弾は槍とぶつかる寸前の剣を叩いた。銃撃によって加速を得た剣は高速回転を始め、そのままエリの槍を断ち切り、さらには彼女の肩口から胸元にかけて深々と食い込んだ。
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