第20話 魔法戦士の仕事

横一直線に構えられた槍の柄が、二つの攻撃を真っ向から受け止めた。

押し切るべく二人がそれぞれの武器に力を入れる。

だが、それは見切られていた。攻撃を巧みな槍捌きで軽く受け流し、エリは二人の体勢を崩しにかかる。

新世代の魔法少女と生き残りの魔法戦士。二人の実力は決して低くはない。

即席のコンビネーションも実に息の合った見事なものだった。

だから、この結果は、相手が悪すぎたの一言に尽きる。

あの地獄を生き抜き、なおも戦い続けた歴戦の魔法少女には、あと一手足りなかった。


「ずぁッ⁉」


アカリは、顔を狙って放たれた突きをなんとか躱す。余裕を持って避けきった。そう思った瞬間に彼は自らの失策に気づく。引き戻された槍の先端、十文字に分かれた刃が後ろから首を狙ってきていた。

反応出来たのは幸運としか言いようがない。前に倒れ込んで、エリに対して土下座するような体勢で攻撃をかわす。

槍を完全に引き戻さずに一閃、コンマ一秒の差で、次なる攻撃に移ろうとしていたメグの胸元を銀光が斜めに断った。


「あ、」


苦痛、それから体の内と外から響く崩壊音に雷撃の魔法少女は声にならない悲鳴を上げた。銀の光の残像に沿って、血のしぶきが上がる。斬られた。傷は決して浅くない。加えて、傷の内側では浸透した衝撃によって肋骨が何本か砕けた。

魔法少女への変身によって強化された肉体と自動再生能力がなければ、こんなものではすまなかっただろう。良くて即死、下手をすれば傷口から体が千切れていたかもしれない。

地面を転がった先で、メグは全身から力が抜けていくのを感じた。キャパシティを遥かに超えたダメージに耐えかねて変身が解けたのだ。


「ぬぅッ!」


アカリは続けて頭上から振り降りされた刃を右手の剣で受け止め、左手の銃を二連射。

この間、彼は土下座の姿勢のまま相手の顔さえ見上げる余裕がなかった。そんな状態での銃撃に威嚇以上の効果は望めない。

一発は外れ、次の一発の後には甲高い音が続く。槍の刃か柄によって砲撃が弾かれたのだ。

僅かに出来た隙をついて転がり、起き上がると同時に両手の武器を交差させる。

強い衝撃が武器を通じて伝わって来た。


「やりますね」


十文字槍の刃、交差した剣と拳銃。

二つの十字が噛み合ってじりじりと一進一退の攻防を繰り広げていた。


「そりゃどうも……エリ姉に褒められるのは、悪くない気分です」


無理やりに口角を上げて見せる。それはきちんと笑みになっていたかどうか。

エリの突きだす十字がアカリの武器を押し返した。

ぶちり、ぶちり、と。

何かが千切れる音が続く。


「本来適合しない魔法少女の力を使うのは無茶な事、加えて男性の身ともなればそれは不可能そのものです。……どんな外法を使っているのか知りませんが、不可能を可能にするからにはそれ相応の代償がいるはず。もう、タイムリミットでしょう?」


赤い雫がアカリの足下に染みを作った。

彼の鼻、目、口から流れ出した血によるものだった。


「肉体が魔法少女の力についていけない」


通常の魔法少女の変身は、その膨大な魔力に適応可能な肉体の強化から始まる。

だが、今のアカリの変身はそれとは真逆のプロセスによって成り立っていた。

炸薬の衝撃と独自の術式によって無理やりに起動した魔法石を源とし、解き放たれた魔力を全身に漲らせ、身体強化の術を発動させているのだ。

その結果がこれだ。

正規の魔法少女に等しい力の代償に、膨大な魔力は神経系を焼き、強化に耐え切れない肉体は秒刻みで崩壊を進めていく。

銃を放つたびに神経を直接鑢ですり下ろされるような苦痛が襲い、一太刀振るうごとに筋繊維が引き千切れる。

彼がこの変身をしたくないと言うのは、姿形のいかれた変貌だけが原因ではなかった。


「……さて」


韜晦の笑みは、形にならなかった。

力比べに耐え切れず、アカリが組み合わせた武器は十字の体をなせなくなる。彼の二の腕のあたりが内側から裂けて血が噴き出して地面に水たまりを作った。筋肉が、遂に限界を迎えたのだった。


「もう一度聞きますが、剣を退く気はありませんか? その衣装、魔法石……それは、あの子のもののはず。なら、貴方はこちら側の」


何度目になるか分からない耳障りな音が聞こえた。

膝の関節付近が罅割れ、鮮血が流れ出す。もはや立っていられないのか、片膝をつき、壊れかけの体を支える。

誰がどう見ても死に体だった。

魔法戦士の技術は届かず、魔法少女の力も一時的なブーストにしかならず、挙句に今はどちらも既に底をついた。

どうしようもないくらいに詰んでいた。


「もう、一度言います……が、オレの仕事は魔法戦士だ。たとえ腐っても、仕事を投げ出すわけにはいかないんです」


「仕事?」


ついに力の均衡が崩れた。

組み合わせた武器ごと少年の体が弾き飛ばされ、地面を転がった。

純白の衣装を血と泥に染めて、それでも何とか立ち上がろうと藻掻く姿はあまりにも無様だった。


「仕事……どこの誰の依頼ですか? 」


穂先についた血を振り落とし、再びその先端を彼に向ける。

剣を杖代わりに何とか体起こしたアカリは、血にまみれた顔でエリを睨みつけた。彼の左わき腹には穴が空き、血がしとどに溢れている。先の刺突は、心臓への直撃こそ免れたものの、彼の体に深い傷を刻んでいた。


「都の方々ですか? だとしたら、あなたを軽蔑します。魔法戦士は学ばないのですか?」


汚いものでも見るような、荒み切った目をしてエリは一歩、アカリへと歩みだす。

返答次第では、彼の首を落とすつもりだった。


「貴方は私と同じ筈。あの地獄を経験し、多くを失い、生き残ってしまったのが私達でしょう。なのに何故、あなたは……また、地獄を進むつもりですか?」


ごろごろ、と。

湿り切った音がした。それはアカリの口から洩れた笑い声だった。体の内側も崩れだしたのだろう。溢れた血が彼の喉にまで詰まっていた。


「そんなんじゃ、ない……ですよ。あんな、連中とはもうとっくに、手を……」

一つ咳き込んで、アカリは続ける。


「本当は、依頼人の事を……ぺらぺら喋るのはご法度なんですがね。エリ姉なら、仕方がない。特別に、教えてあげても……いいですよ」


エリが顔をしかめて足を止めた。

こんな時に、これほどボロボロになってまで変わらないアカリのふざけた様子が癪に障ったらしかった。


「なら、教えてもらいましょうか」


不愉快を隠しもせず、今までとは打って変わって語気も強く問いかける。


「ヒントは……オレの衣装。見覚え、あるって、さっきエリ姉も言ってたでしょ?」

魔法少女の瞳が丸く見開かれた。


「馬鹿な。だってあの子はもう死んで……だから、あなたがその魔法石と衣装を」


若き魔法戦士は剣を地面に突き立てて手放し、拳銃を寂し気に、あるいは愛おし気に両手で包み込んだ。

否、彼がその目を向けるのは拳銃ではなく、そのチャンバーに収められた魔法石。


「遺言、みたいなもんです」


アカリは力なく目を閉じる。

それだけであの時の光景は目の前にありありと浮かんでくる。

耳が痛い程に静まり返った瓦礫の町を吹き抜ける風の音。

ボロボロのコートに染み付いた肉が腐ったような戦いの匂い。

戦いの中で放すことがないよう、布切れで手にくくり付けられた剣の重さ。

あの人の言葉の一言一句。まるでついさっきの出来事のように。


「あの人……姉さんが、此岸を旅立つ、その前に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る