第19話 魔法戦士の切り札

光の奔流に目がくらんだ二人の魔法少女の耳に聞こえたのは、アカリの呟く低い声だった。ほどなくして消えた輝きの中、ようやく視界が回復したエリとメグが目にしたのは衝撃の光景だった。


「これだけは、使わずに済ませたかった……」


絞り出すような声で告げるアカリの顔は、苦渋に歪んでいた。その表情、仕草、雰囲気の全てが、本当に、心の底からやりたくない事だと全力で物語っていた。

からん、と。

思いのほか軽い音が響いた。メグが刺突剣を取り落としたのだ。

それが沈黙を破る合図だった。


「ぷっ」


吹きだしたのは果たしてエリかメグか。あるいはアカリ本人だったのかもしれない。

エリが眉間に皺を寄せて口元を手で押さえ、メグは呆けたように目と口を大きく開いていた。

それほどまでにアカリの今の姿は衝撃的だった。


「何、その……なに?」


戦いの真っただ中にありながら、落とした剣を拾う事もせずにメグが尋ねる。

主語も文法もあったもんじゃない問いかけだったが、何を聞きたいのかアカリには痛い程分かっていた。


「……趣味、ですか?」


「んな訳あるか」


エリが恐る恐るといった風にした質問を一言で切り捨てる。

今のアカリは、輝かんばかりの純白の衣装に身を包んでいた。

もっと言えば、ウエディングドレスに似た女性向けの衣装だった。


「魔法少女の、装束……」


混乱から僅かに立ち直ったエリが、小さく口にした。

何かの冗談のようないかれたいで立ち。一見して、ある種の悪夢のような光景だった。

エリの言う通り、彼が纏っている服は魔法少女の衣装そのものだった。

加えて、先ほどの閃光は間違いなく、


「何で、アカリが魔法……少女? の衣装を? あ……」


メグが気づいたように彼の手元の拳銃に目を向けた。

古臭い造りの回転式拳銃。冗談じみた大きさに、それと見合った口径。

込められていた弾丸は先ほど撃ち尽くした五発の純銀製の二十ミリ球形弾。そして、


「あの時の魔法石……!」


今朝、彼が銃の弾倉から取り落とした、ひび割れた水晶の魔法石。恐らく、六つ目のチャンバーに収められていたそれが彼の変貌の原因なのだろう。

だが原因が分かってもそこに至る過程は分からない。本来ならば持ち主の魔法少女にしか使いこなせないはずの魔法石を扱い、ましてや男の身で魔法少女への変身を果たす。

明らかな異常事態だった。

そして分からない事はもう一つ。それは何よりも今この場において重要な事。

今の彼の実力である。


「この名乗りは好きじゃないんだが。水晶の魔法少じ……魔法戦士、アカリ。参る」


大型拳銃とショートソードを十字に組み合わせ、名乗りを上げる。

刹那、アカリの影は一迅の風になった。


「くッ⁉」


武器同士がぶつかって鋭い音を立てた。

アカリの斬撃をエリが槍の柄で止め、じりじりと競り合う。

魔法少女の動体視力を以てしてようやく捉えきれるほどの速度。そして同じく彼女らと真っ向から力比べが出来るほどの膂力。

今の彼はまさに魔法少女と等しい存在だった。


「ちぃッ!」


一撃一撃が必殺の威力を持つ斬撃を連続して放つ。秒間に五太刀以上、常識の埒外の動き。

槍が弾かれ、ガードが大きく崩れたところに、アカリが半歩後ろに跳んで引き金を引く。

弾倉は空っぽのままだというのに、銃口に青白い閃光が一瞬灯る。とっさに身をよじったエリの頭の横を砲撃が通過し、千切れた彼女の髪が宙にまった。

銃から放たれたのは膨大な魔力の塊であった。一撃の威力、スピード、どれをとっても先ほどまでの彼とは比にならない。


「おおッ!」


間合いを一息で詰めて斬りかかった。エリがそれを横に跳んで避ける。

躱された先で標的を見失った剣は建物の瓦礫と思わしきコンクリートの塊に突き立った。

勝機と見て、背後から襲い掛かるエリだったが、その瞳が丸く見開かれた。


「あぁああああああ!」


野太い咆哮とともに、アカリが瓦礫に突き刺さったままの剣をぶん回したのだ。

重機でもなければ動かせないような大きさのコンクリート塊が持ち上がり、吹っ飛んできた。


「何て、無茶苦茶な……!」


炎を纏わせ、赤熱化させた槍を全力で振るった。

溶断されたコンクリート塊の向こうから、腰だめに剣を構えたアカリが突っ込んでくる。

今度は躱しきれなかった。一太刀目が脇腹を掠め、横薙ぎに放たれた一閃を槍で受け止める。

戦況が逆転しかけていた。

防戦一方だったアカリはついに攻勢に転じ、力任せに、そして常軌を逸した攻撃を次々に繰り出していく。

だが、足りない。

対するエリもまた同じ魔法少女ならば、ようやく同じ土俵に立ったに過ぎない。

剣に対してカウンターとして振り抜かれた槍の切っ先がアカリの胸元を掠めた。


「こっちも忘れないで!」


刺突剣を手に、メグが遅れて参戦する。

斬撃、刺突、銃撃。

増えた手数、二方向からの攻撃。応じるエリの動きが、槍捌きが、全てのスピードが一段階上がる。二人の魔法少女を相手にして、ようやく彼女は本気になったらしかった。


「はぁッ!」


「やっ!」


電撃の流れる刺突剣と、炎熱を纏った槍がぶつかり、熱風が巻き起こった。エリとメグが同時に吹き飛ばされた隙にアカリが両者の間に割って入る。

エリが間髪いれずに石突で地面を叩いた。途端に彼女の足元から猛烈な火炎が吹きあがる。

目の前を塞いだ炎の壁を切り伏せて、アカリは拳銃の引き金を引く。


「しゃッ!」


弾丸こそエリを捉える事は出来なかった。だが、アカリの横をすり抜けて場所を入れ替わったメグが刺突剣を振るって紫電をまき散らした。

たまらずに槍を旋回させて電撃を防ぐ。エリの動きから余裕が欠片もなくなっていた。

メグとアカリ、急造のツーマンセルでありながら二人のコンビネーションは決して悪くない。


「“焦熱銃身ヒート”……っ!」


「これなら!」


戦士が灼熱した銃身で殴りかかかる。

少女が電撃を纏った刺突剣で突きかかる。

ほぼ同時にしかけられた不破にして必殺の一撃。



「甘い」



エリの目が細まった。

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