第18話 魔法少女の断末魔

「なぁ、シスターメイガス☆エリ。あんたはどうすれば納得してくれる? おれはどうすればあんたを救ってやれる? シスターメイガス☆エリ。おれは、あんたを助けたいんだ。シスターメイガス☆エリ。あの頃みたいに、笑顔で名乗りをあげて、ポージングなんかして、楽しそうにしてたあんたに戻って欲しいんだ。シスターメイガス☆エリ!」


「その名で呼ぶな!」


エリの一喝が響いた。

だがその声は震え、そして彼女の顔はまるでゆで上がったかのように真っ赤に染まっている。心なし体が小刻みに震えているように見えるのは気のせいではなさそうだった。

彼女をそうさせたのは羞恥の感情だった。


「あぁぁぁぁぁああ……」


戦闘中だというのに、エリは槍を手放して、自らの顔を覆ってその場にしゃがみこんでしまった。


「何であなたがその名を知ってるんですか……」


「あの……エリ?」


刺突剣は構えたまま、しかし動揺を隠せない様子でメグが何か尋ねようとしたが、その瞬間にエリから向けられた視線のすさまじさに思わず黙ってしまう。


「……昔の、話です。七年以上前、私がまだ若、いいえ、幼かった頃に、そう名乗っていた事が」


いわゆる黒歴史という奴なのだろう。

彼女が言うところの幼かった頃、彼女はそう名乗り、周りからもそう呼ばれていた。だが、当時はともかく、成人済みとなった今、昔の事を掘り返され、さらにその名を呼ばれるのはキツいものがある。


「何故、あなたがその名を知っているんですか……?」


きっ、と鋭い視線に殺気さえものせて彼女はアカリに低い声で問うた。

地獄の底から響くような低温、有無を言わさぬ声音に、しかしアカリは僅かも表情を変える事はなかった。


「最後にそう名乗ったのは、あの作戦の時なのに……あなたみたいな若い人が何で、」


そこまで言って彼女は目を見開いた。


「最後に、って事はあの戦い以降はそんな風に名乗りはしなかったんですね」

少しだけ、悲しそうに眉を潜めてアカリは呟く。


遠い目をしていた。彼の目に映るエリは、今ここにいる彼女とは違う姿をしているらしかった。


「まさか、あなたは……そんな」


「えぇ。多分、予想通りですよ。おれとしては、もっと早く気づいて貰えたら嬉しかったってのが本音なんですが」


剣を持ったままの手で頬を掻いて、泣きそうな顔で微笑んだ。





アカリとエリ。どちらが先に言った言葉だったのか。

かつてあった、都を奪還する作戦において多くの命が散った。最高位の魔法戦士、熟練の戦士、名もなき戦士、実戦投入されたばかりの魔法少女。

そして、年端もいかぬ


「祠都奪還作戦。そこに数合わせで放り込まれた少年兵の生き残り」


自嘲気味に紡がれたアカリの言葉に、メグは剣を取り落としそうになった。

何も、言う事が出来なかった。それほどまでに衝撃的なことだった。


「あの時は、いろんな人がいっぱい死にました。ほんの数時間前まで一緒に飯食ってた仲間が腕だけ残して食い殺されたなんてのもザラでした。まだ小さいったって、その異常さも、過酷さも、ちゃんと理解出来てましたよ。おれ達は」


槍を持つエリの手が緩んだ。


「落ち込んで、狂ったように泣いて、逃げ出した奴だっていた。おかしくなった奴も何人もいた。戦士のおっさんや兄ちゃん達も、師匠たちでさえ忙しくて、おれ達に構ってる暇なんてなかった。そんな時にボロボロのおれ達の面倒を見てくれたのは、魔法少女の姉さん達でしたね」


アカリの持つ銃が僅かに震えている。彼の胸の内を満たす感情は果たして何なのか。


「そんな魔法少女の皆さんを、おれ達は、姉さんなんて呼んで慕ってましたよ。魔法少女の姉さん達ももおれ達を弟みたいに……中でも、特にエリ姉はおれ達が俯いてたとき、なんとかして励まそうとしてくれてましたよね」


にっこりと、アカリは微笑みかけた。

心からの笑みだった。悲しみと喜びと、色々な感情をかき混ぜて煮詰めたような、不格好で無様な笑みだった。


「あなたは、あの時の子達の、そんな、生きて」


対するエリは、その顔から一切の表情が抜け落ちていた。

困惑。驚愕。歓喜。悲哀。目を丸く見開き、口元を抑えた手の隙間からは掠れた声とも吐息とも判別のつかない音が漏れていた。


「姉さん。エリ姉。もう、やめよう」


「いいえ」


エリは沈痛な面持ちで、首を振る。

もう、退く事は出来ないと、そう決めてかかっているのだった。


「貴方なら……君なら、分かってくれるはずです。あの地獄を見た、君なら。私の、私が、どんな思いで……君も、こちら側の」


「オレの名は、アカリ。津川灯つがわ あかり。最強の魔法戦士の名を継いだ弟子で、ただの一人の魔法戦士だ。今までも、そしてこれからも」


アカリの目が鋭く絞られる。

返答は、それだけで十分だった。


「そう、ですか」


エリが俯く。

涙を流している……そう見えたのは一瞬の事。再び顔を上げた彼女が浮かべていたのは、満面の、諦観と狂気の笑みだった。


「よせ」


引き金に指先が触れるのと、エリが槍をきつく握りなおすのは同時だった。

途切れていた緊張の糸が再び張りつめ、抑えきれない殺気がぶつかって見えない火花を散らす。


「撃てますか? 君に、私が」


笑顔のまま、エリが腰を落とす。次の瞬間に彼女はアカリに肉薄し、その槍を振るうのだろう。たとえかつて可愛がっていた子供が相手でも、彼女は容赦などしない。

もう、引き返せないところまで追い込まれている。

対するアカリは果たして恩人を撃てるのか。震える手で銃を握りしめ、眉間にこれ以上ないくらいの皺を寄せ、


「撃ちたくは、ない……っ」


銃口を、空に向けた。


「馬鹿ッ!」


メグが叫び、エリが跳ぶ。

全てがスローモーションで進む中、アカリが引き金を静かに引いた。


しかし、弾丸はいつまで経っても銃口から放たれる事はなかった。


代わりに銃口から……それだけでなくシリンダーの隙間から、光が漏れて、瞬く間にそれは凄まじい閃光となって辺りを照らした。


「な⁉」


「何、これ⁉」


少女達が、目も眩まんばかりの目元を覆い、驚きと警戒を露わにする。

思わぬ事に、彼女達はそれぞれの直前までの行動を止めてしまっていた。

やがて、閃光に続く凄まじい破裂音。

しかしそれはただの銃声ではなかった。今までの砲撃音とも違う。

けたたましく暴力的な轟音はそのまま、その中に鋭く甲高い音が混じっていた。

それは丁度、少女の金切り声に似ていた。



少女があげる、断末魔の絶叫に。






「『変身ドレス・アップ』」







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