第17話 死線の魔法少女達

エリの振るう槍の先が、アカリの喉元、皮一枚だけ穿った。

アカリがいつの間にか引き抜いた拳銃の銃口が、エリの胸元に向いている。引き金に指がかけられていた。

思わぬ登場人物の出現に、二人の攻撃が中途半端なままで止まっていた。


「メグさん……」


「何で、エリとアカリが? あんたら、一体何して、」


「何で来てしまったんですか」


目の前の光景に混乱冷めやらぬうちに、エリは初めて顔から微笑を消した。

今にも冷たい雨が降り出しそうな顔だった。


「来なければ」


「よせ、エリ!」


「あと少し、長生き出来たのに」


アカリがとっさに声を上げる。その時には既にエリの凶刃はメグに向かっていた。

颶風となって襲い掛かる魔法少女の槍は、未だ状況の分からずにいるメグの体を穿ち、その命の灯を一息に吹き消すかと思われた。

一発の銃声が響いた。

若き戦士が放った弾丸が、風のうなりをかき消したのだ。


「ちっ」


舌打ちを一つ、エリは急制動からのバックステップをとって間合いを取り直す。

一度、別の方向に向いた彼女の注意は再び少年の元へと戻っていた。

メグのすぐ目の前、アスファルトの地面が砕けて抉れていた。

警告だった。次は当てると、警告するようにアカリは銃をエリに向け、撃鉄を起こした。


「メグ、離れろ」


錆びを含んだ声で、低く告げる。既に彼には普段の不真面目な態度は微塵もない。


「あら? 先程よりも良い顔をしますね、アカリさん。もしかして、手加減してました?」


若い戦士は答えない。


「ちょっと、アカリ! エリ! どういう事? 何がどうなって、」


「説明してる時間はない! 逃げるか、さもなきゃ戦うか。戦うんならさっさと選べ!」


「選べって、何を?」


「おれとエリ! どっちと戦うか選べ!」


「は⁉」


言いながらも、メグは簪を引き抜いていた。

曲がりなりにも戦場に身を置いてきた者の、ある種本能のような動き。それが功を奏した。紫電に包まれ彼女の装いが変わった瞬間、エリが投擲した槍が彼女の目前に迫っていた。

簪が変化したエストックで槍を受ける。とっさの事で上手くさばききれずに体勢を崩してしまう。

瞬間、エリが常軌を逸した加速で迫り、投擲したばかりの得物を掴んで振り回した。

激突音がして、メグが顔をしかめる。なんとかギリギリで受け止めた剣が軋み、握る手が痺れていた。


「エリ、何を……」


「ごめんなさい。本当は、メグさんはもっと後で……でも、見られてしまった以上は」


鋭い刺突が閃く。

その度に打撃音が響いて槍と剣がぶつかり合う。常人には目で追えない槍捌きは脅威だが、それに対応し、互角に剣戟を繰り広げるメグの腕力、動体視力もただ事ではない。

魔法少女とまともに戦えるのは魔法少女だけなのだ。

十字の刃と刃のない刀身ががっちりと噛み合って、止まった。余程の力が込められているのか、両者の得物は小刻みに震え、秒刻みで押しては引いての攻防を演じていた。


「ちょっと、待って! 待ってってば! 何がどうなってんのよ!?」


「この町の人には、全員死んでもらわなければならないんです。目撃者は一人だけ……私だけで十分なんです。だから、ここで死んでください」


槍を抉るように捻る。十字がエストックを絡め取り、そのまま力任せに弾き飛ばした。


「しまっ……!」


武器を失ったメグの脇腹を、槍の柄が横薙ぎに殴打した。

声を上げる事も出来ず、吹き飛んでいくメグと、それに追撃をかけようとするエリ。

二発目の銃声が響き、エリの足元で地面が崩れた。

今まで黙っていたアカリの攻撃。二人の距離が離れた事で、化物銃の砲撃に巻き込まれる心配がなくなったためだった。

エリは起き上がりつつあるメグに向けて槍を投擲して牽制すると、無手のままアカリに飛び掛かった。


「……津川式銃法ガンアーツ


低く、小さな呟きと共に、撃鉄が起こされた。続けざまに、今度は迷いなく引き金が絞られる。


「“散弾ショット”」


更に一発。今度は砕けたアスファルトの破片が散弾のように飛び散ってエリの体を打つ。

それでも彼女は顔をしかめこそすれ止まりはしない。

今この期に及んでもまだ、アカリはエリを撃てずにいた。そして彼女はそれが分かっていた。


「くそッ!」


次弾のために撃鉄を起こす間はない。

もう片方の手に握った剣を振るう。が、それも遅い。

エリの手が振り遅れた彼の手首を固く握りしめた。体の内側から嫌な音がして激痛が走る。それでも剣を握る手は離さない。

エリの空いた手が喉元に迫ってくる。この力で首を狙われては助かりそうになかった。


「ぐっ……!」


苦悶の声が上がった。

それは少年のそれではない。攻撃を仕掛けたエリの口から漏れものに他ならなかった。

彼女の手は、アカリの首を捉えられなかった。代わりに彼がとっさに防御の為にかざした拳銃の銃身を握りしめていた。

発砲直後の銃身は灼熱していた。


「“焦熱銃身ヒート”……!」


肉の焼ける嫌な匂いが立ち込める中、撃鉄を起こし、技名と共に間髪入れずに発砲する。

銃口は空を向いたまま、弾丸は誰にも届かない。それでも十分だ。

肉が焼け、銃身に張り付いてしまった手の平を、さらなる業火の高温が襲った。


「ゃぁあぁああああ!!!」


悲鳴が上がった。今の発砲の衝撃で張り付いた皮膚は無理やりに剥がされたらしい。焼けた鉄を握りしめる激痛は、さしもの彼女とておいそれと耐えられるものではなかった。

さらにアカリは拳銃を振るう。彼女の耳元、髪が焦げるほどの距離に銃口を差し出して次なる咆哮を放った。


「“衝音弾スタン”!」


声にならない悲鳴が上がった。

二十ミリを超える超大型の弾丸。その発砲音を耳元間近で聞かされてはたまったものではない。音は鼓膜を引き裂き、衝撃は脳を揺らす。

身体能力が強化された魔法少女と言えど、皮膚を焼かれ、鼓膜を破られ、脳を揺らされては怯まざるを得なかった。

そうして得た一瞬のうちに剣を突きつける。

と、その剣と固い物がぶつかる音が響いた。立ち直り、駆け寄ってきたメグの刺突剣が、アカリの細剣を止めたのだった。


「状況を説明して。何で二人して殺し合いなんかしてんの?」


「ちょ、おま、説明は後でするから今は、って!」


「きゃっ!?」


不意に、アカリがメグを巻き込んで横合いに転がった。

今の今まで彼女の頭があった位置を、飛んできた槍が通過していった。アカリの動きが少し遅れれば彼女の命はなかっただろう。

遠隔で操作した得物をキャッチして、血振りでもするように振るう。彼女の目には何の表情も浮かんではいない。先ほど受けた脳震盪の影響もなければ、手についた火傷の傷も既に消えてなくなっている。恐るべき再生力と継戦力だった。


「ちぃッ!」


槍の一閃を剣で防ぎ、続く刺突を銃身で流す。

標的が変わる。まだ混乱の中にあるメグの顔目掛けて繰り出される突きに対し、狙われた当人もギリギリのところで、刺突剣で弾いてみせる。

次の瞬間には、二人は左右に分かれて跳び、それぞれ体勢を立て直していた。


「ねぇ、このポンコツ魔法戦士!」


「何だ、暴力魔法少女」


敬語崩れのキャラ付けをする余裕もない。剣と銃を十字に組み合わせて構えながら、アカリはぶっきらぼうにメグに応じる。


「エリがおかしくなったから止めなきゃって認識で良いの?」


「その理解で十分だ。止めるぞ!」


「おっけ」


本当はもっと説明する時間が欲しかったが、そうも言っていられなかった。

距離があるにも関わらず耳を突く風切り音を立てて槍をぶん回し、猛然と襲い掛かってくるエリを見て、魔法少女と魔法戦士の二人はそれぞれの武器を強く握りしめた。

最初にエリが狙ったのはアカリだった。刃と刃、刃と銃身がぶつかり鈍い音を立てる。撃ち切った弾丸を再装填する暇はない。既にアカリは拳銃を持ち替えて銃身を握り、銃把を鈍器に使っている。

アカリにかかりっきりになっているエリの背後から、メグが刺突剣で殴り掛かる。それを見切っていたかのように、エリは彼女を振向き様に槍の柄でメグを殴り飛ばした。


「てめッ!」


苦悶に歪んだ少女の顔を見て、アカリの目に強い光が宿った。

エリが放った突きを銃で受ける。そのまま横に薙ぎ払おうとした彼女の槍捌きが一瞬止まった。

銃と触れた刃が異様な手ごたえを伝え、それを訝しんだエリの手が緩んだのだった。

アカリの手元で、拳銃の用心金トリガーガードが槍の穂先を絡め取り、動きを止めていた。


「なっ!?」


「おおッ!」


動きが鈍った刹那の間をついて咆哮と共に突きを繰り出す。

狙うはエリの右肩、得物を振るう腕を封じる。

魔法戦士、アカリの渾身の一撃だった。これ以上ないくらい、それこそ彼の今までの人生の中でも間違いなく五指に入る攻撃。

しかし、歴戦の魔法少女の実力は、若き魔法戦士の剣技も予測も遥かに超えていた。

剣が突き立つ寸前に彼女は槍を手放していた。

自由になった体を動かし剣を避ける。水中を泳ぐ若鮎のようなしなやかさと華麗さは、対峙するアカリが思わず見とれてしまうような見事なものだった。

蹴りが跳んできた。固いつま先が剣を握るアカリの手首に食い込む。

痛みは感じなかった。凄まじい衝撃に手首から先が痺れて、それどころではない。剣がはじけ飛んでくるくると宙を舞った。

続く二撃目。懐に一息で踏み込んできたエリの掌底がアカリの胸を真っすぐに打ち抜いた。

衝撃に耐え切れずに彼の体が真後ろに吹き飛んだ。息が止まる。心臓さえも止まってしまったかと、五体が千切れたかと思う程の重い打撃。地面に叩きつけられ、それでも衰えない威力を殺しきれず地面を背中が擦り切れる程に擦ってようやく止まった。

その顔のすぐ横に銀色の光が降って来た。

ざくり、と。

そんな音と共に地面に突き立ったのは、先ほど弾き飛ばされた彼の剣だった。


「くっそ……師匠並みに強ぇな、やっぱ」


剣を支えに何とか立ち上がる。全身が軋む。関節という関節が捥げてしまいそうな程に痛い。視界が歪む。たった一撃貰っただけでこの体たらくだ。

先ほどメグに止められなければと、そんな事を考えてしまい、惨めな気持ちになる。

彼の技術は未熟の一言に尽きる。

戦闘能力こそ同年代の術者、戦士と比べて決して見劣りするものではないが、所詮はその程度。

魔法戦士は魔法少女には敵わない。

化物を相手取っても、小物相手ならともかく、今回の怪樹のような大物には手も足も出ない。先ほどまで何とかエリと張り合えていたのも、隠してきた実力を小出しにしては騙し騙し、詐術を重ねて優位に立っているように見せかけていただけだ。

手の内は全て見せてしまっている。もう、イカサマは通用しない。

歯を食いしばって何とか立ち上がると、歪む視界に剣を交える二人の少女の姿が映った。

メグは明らかに劣勢だった。一太刀受けるごとに一歩下がり、一太刀避けるごとに二歩退がる。流しきれなかった刃が容赦なく装束を、肌を裂き、鮮血が散る。同じ魔法少女同士でもここまで能力に開きがあるのだ。

実戦経験の差が戦力の差に直結していた。あるいは、あの作戦を経験したものと経験していないものの違いとも言える。

それほどにあの作戦は、酷いものだった。


「くっそ……!」


呻いた。

視界が一際激しく揺れた。飛びそうな意識の中、暗転する視界。

暗闇の中に浮かんでは消える光景。

いつだって目を閉じれば見えてくる。夢に見なかった日などない。

あの地獄。

命からがら帰ってきて、なおも心を苛み続けている。

彼女もきっとそうなのだろう。

まだ子供だったアカリと違い、分別のつく年齢で、しかも責任感の強いエリ。最前線で戦い続けてきて、なのに流した血も涙も報われたとは思えない。

きっと、彼女の心はどこかで壊れてしまったのだろう。

彼女がたどった道は分かる。彼女のやろうとしている事の意味も分かる

エリの思いを本当の意味で理解する事は出来ないが、共感も出来る。

間違いだらけで歪んでいて、先には救いなんてない愚行。けれども、報復自体を咎める気にはなれなかった。

それほどの、地獄。あの時のやり場のない気持ちは、体験したものにしか分からない。

だけど。


「だけど、これは違うよな……なぁ、師匠、姉さん達」


力の入らない体に無理やり力を込めて一歩踏み出す。幸い、まだ銃は手放していない。剣もまだ持っている。

なら、まだ戦える。

手の内がばれたなら、裏技を使うまでだ。



低く、錆を含んだ声。

息も絶え絶えで、掠れていて、聞き取りづらい筈の声は、しかし澄んだ夜気の中、どんな音よりもはっきりと響いた。何度目になるか分からない激突でお互いに弾き飛ばされたエリとメグ。二人の少女の視線がアカリに向かう。

その先で、ボロボロになりながらも、若き戦士は赤黒く薄汚れたマントをはためかせていた。


「もう、やめよう。もう、たくさんだ」


ゆっくりと、拳銃を持った腕を上げる。

撃鉄が起こされる金属音が聞こえた。今にも倒れそうな体にも関わらず、銃口は一切のブレなくエリを狙っていた。

今度こそ、脅しではなかった。

今度こそ、撃つ。そんな気迫がこもっていた。


「あら。でも、撃てますか? 当てられますか?」


「撃ちたくない。当てたくない。おれはあんたとやり合いたくない」


嘲るようなエリの台詞を、アカリは振り絞るような声で真っ向から否定しながら、拳銃を構え続ける。

どれほどの葛藤がうずまいているのだろうか、銃把を握る手指が真っ白になっていた。


「あんたから、恨み事なんて聞きたくなかった。あんたには、もっと平和に過ごしていて欲しかった。そんな道だって、あったはずだ」


「平和に? それは私に、死んでいった人たちの事を忘れて、仇達がのうのうと生き続けるのを見守り続けろと? 冗談ではありません」


エリが武器を振るう手を止めてアカリと向き直る。

その間も、僅かも隙を見せる事は無い。いつアカリが発砲しても、メグが斬りかかってもすぐに対処できる。余程上手くやらなければ、仕掛けた方がその時点で詰んでしまうだろう。それが分かっているからアカリもメグも仕掛けない。

一方のエリには余裕がある。


「死んだ奴らはそんなこと望んでない……なんて月並みな言葉じゃ、納得は」


「出来るはずがありませんね。死者は何も語らない。それに、この復讐は私の物です」


今までに見せた事のない冷たい笑みを浮かべ続けるエリを見て、アカリは痛ましそうに顔をしかめた。


「じゃあ、どうしたら良いんだ。どうすればあんたを救える?」


「それを私に聞きますか?」


「おれはどうすれば良い? あの時、あの地獄で、あんた達はおれを、おれ達を助けてくれたのに」


「は?」


訝しむ様子を見せたエリに構わず、アカリは台詞の続きを口にした。


「どうすれば良いんだ。エリ姉……いや、シスターメイガス☆エリ」

場の空気が凍った。

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