第14話 魔法少女と約束

エリとアリスによる作戦の発表から三十分としない内に準備を整えた四人は再び校庭のど真ん中に集まっていた。


「準備はいい?」


実行チームであるエリ、メグ、それからアカリは装備一式を身に着けている。

対してアリスはいつも通りの服装のままであった。


「はい。持てるだけの装備持って、出来るだけの準備はしました」


「えぇ。後は実行あるのみよ」


エリとメグが頷いて見せると、アリスは黙ったままのアカリの方に話を振った。


「アカリは大丈夫なの?」


「さてね。そもそもおれは、この作戦に反対なんだ……でも、おれがそう言ったところで耳を傾けてくれるような御淑やかな女の子はいないんだろう。やれやれ、しゃーない。たいした事は出来ませんが、出来る限りの事はしますよ。その代わり、よっぽどヤバくなったらおれは真っ先にケツまくって逃げますからね」


舌打ちとため息交じりにアカリは答える。

やる気がなさそうな口ぶりではあるものの、少年も覚悟は既にきまっているらしかった。

マントの上から得物に触れる。剣も銃も、手入れは十分に行き届いている。万全とは言い難いにしろ、身体的にも精神的にも戦闘を行うにあたって問題は無い。

逃げると、その宣言が本心でない事は誰の目にも明らかだった。


「ま、分の悪い賭けってやつに乗りますよ。のってやるとも。賭け金追加だ」


「賭け金?」


彼の台詞をメグが繰り返す。アカリは薄く、やけくそ気味に微笑んで、


「そ。命がけ、ってやつだ」


「なら大勝ちしないと割に合わないわね」


メグも、彼に倣って不敵に笑ってみせた。この戦いが並大抵のものではなく、厳しいものになる事は彼女だって分かっている。

命がけと、そう言ったのは冗談なんかではない。本当に、一歩、あるいは一呼吸。それだけで三人の進退が、つまりは町の人間の生き死にが決定される。

どうしようもないくらいに追い詰められている。だからこそ、彼女たちは笑うのだ。自らを奮い立たせるため、これから起こる惨事と釣り合いを取る為に。

いつの間にかエリも交じり、静かではあるが笑い声が響く。僅かな間ではあるが和気あいあいとした優しい時間が流れる。つかの間の事とはいえ、心に少しの余裕と冷静さを取り戻すには十分なものだった。


「それじゃ、そろそろ術式の展開に入るわ。巻き込まれないで」


不意に、アリスが真面目な表情を浮かべ、姿勢を正す。

それが始まりの合図となった。メグもエリも、今日この時ばかりはアカリまでもが感情の全てを消し去り、無言でうなずいて見せる。

言葉など、いらなかった。エリを先頭に、メグ、そしてアカリと。アリスを置いて駆け出した。

離れていく背を見送りながら、アリスは一人、万年筆を握りしめる。

その手が微かに震えていた。彼女もこの方法を使うのはほとんど初めての事なのだ。

いつかこの秘術を用いる時がある事は覚悟していた。それでもいざ実行するとなれば緊張も恐怖も、人並みに感じてしまうのだ。


「行くわ……」


「アリスさん」


万年筆のキャップをゆっくりと引き抜いたその瞬間、狙いすましたかのようなタイミングで声がかかった。


「……何?」


何か忘れものでもしたのだろうか。アカリが息を切らしながら猛スピードで駆け戻ってきていた。

せっかく覚悟が決まったというのに、出鼻をくじかれ、些か機嫌が悪そうにアリスが彼に問う。アカリは頭を照れくさそうに書きながら、


「さっさと終わりにして帰ってきますんで。そしたら一つお願いが」


「お願い?」


「そうです。そういえば報酬的なものをちゃんと決めてなかったなー、って」


「あなた、それを今言う?」


呆れた様子のアリスには構わずに、にこにこへらへらと、いつも通りに彼は良く回る舌をさらに回転させ続ける。


「いやー、ほら? これから命がけなわけですし? 何かしら、おれの命に見合ったご褒美があるのとないのとじゃ ほら。士気に関わるし、やる気が違ってきますから。いやー、自分でも最近忘れがちですが、おれの本職はフリーの魔法戦士、言うなれば傭兵みたいなもんな訳で。こんな時くらいちゃっかりきっちり報酬を要求してしかるべきかと」


「報酬って……それなら、心配しなくても全部落ち着いたらちゃんと払うわよ。そんなに多くはだせないでしょうけど」


「ちっちっちっ……おれは安売りはなるべくならしない主義でして」


アリスの目の前に手を突き出して、一本だけ立てた人差し指を左右に振る。

何ともいえないうざったらしさがある仕草だった。思わず一発、呪いでもかけてやろうかという欲求にかられながらも、それをぎりぎりで心の中だけに押しとどめ、


「なら何をご希望なのかしら?」


「はい。その、みんな無事で帰ってこれたら、おれとデートしてください!」


「はぁ?」


待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせて返答する魔法戦士を前に、思わずずっこけそうになるのを何とか踏みとどまる。

そしてじっとりとした目でアカリを睨みつけ、


「何を、言ってるの?」


「何って、そのままの意味ですが? いや、美人さん相手に口説かないのは失礼、ってのも、おれが常日頃から声高に主張している主義でして。だってのに、アリスさん、何ていうか隙がなさすぎてなかなかお声がけできず、申し訳ない限りだったんですよ。それで、丁度今がそのチャンスかと」


「何よ、それ」


困った顔で肩を落として、アリスはふと気が付く。

手の震えが消えていた。


「…………ふふっ、あなた、さっきアズの事も口説いてたでしょ? 見境なし?」


「まさか! ちゃんと相手は選んでますよ!」


口元を抑え、アリスは小さく顔を綻ばせた。

鉄面皮と思われた魔法少女には似合わない表情。そして、その年代の少女にこそ相応しい、美しい表情だった。

若き魔法戦士の冗談とも本気ともつかない話は、彼女の緊張を解いて、笑みを引き出すには十分なものだった。


「お! アリスさん、やっぱ笑ってると可愛いですね!」


「何? いつもは不細工とでも言いたいのかしら?

「まさかとんでもない! そんなフザケタこと抜かす野郎は目か性根が腐ってますって。やっぱ女の子は笑ってる時が一番、って話ですよ!」


今度はアリスが慣れない冗談を言ってみた。アカリはそれをどう受け取ったのか、慌てて手を振って見せる

彼の所作は一つ一つが相変わらずわざとらしくて、本当がどこにあるのか分からない。ともすればそれは誤魔化しや嘘に見て取れる。でも、そこにあるのは彼なりの本気と覚悟なのだと分かった気がした。


「……そ」


笑みを引っ込め、そっけなく返すと。再び彼女は魔法石のはまった万年筆を握りしめた。

もう、彼女も覚悟は決まっていた。


「デートの件は後で考えさせてもらうわ」


「考ええてくれるだけですか?」


「悪いけれど、私にも男を選ぶ権利はあるわ。まずはこの戦いで生き残る事が条件ね」


弱い男は論外なのと、そう言って彼女は万年筆を振るった。

筆先が描く軌跡が七色に輝き、虚空に魔法陣に似た紋様を残す。


「『ライト・アップ変身』」


輝きが、目が眩むほどの一瞬の閃光に変わり、アカリが再び目を開いた時にはアリスは魔法少女としての姿を露わにしていた。

ゆったりとした白いドレスに、短いケープ。彼女の体から吹きあがる魔力の奔流によって揺らぎ、はためくケープはまるで真珠層ででも出来ているかのように角度によってさまざまな色に見えた。


「虹玉の魔法少女、アリス……有栖川 玲那!……さぁ、早く行って。巻き込まれるわよ」


「うっす! そんじゃまぁ、さっさと行ってさっさと終わらしてきます!」


アカリは言うなり、全速力で先行する二人の魔法少女の後に続いた。

もう、彼らが振り返る事はなかった。

三つの背中が闇に飲まれ、見えなくなったを確認すると、満足げに頷いて、魔力を万年筆に……万年筆にはめ込まれたオパールに流し込む。


「魔力の出力を最大マキシマムパワー……安定を確認チェックオーバー術式転送ダウンロード……完了。起動準備完了、異常無しシステムオールグリーン。カウントダウン開始スタート。魔術発動まで3、2、1……」


オパールがひときわ強く七色の光を放った。夜の闇に抗い、これを払わんばかりの光が広がり、校庭を、避難所を包み込んでいく。


「発動! 凍結、開始オーパライズ・スタート!」


ぱきん、と。

ガラス質の音が彼女の足元から上がったのは間もなくの事だった。

アリスはそっと足元に目をやって、小さく安堵のため息をつく。見れば、彼女の足が、そして地面が七色と白を基調としたガラス質の鉱物に姿を変えていた。


「上手くいったみたいね」


見る見るうちに浸食は進み、彼女の体が、地面が、建物が別のモノへと姿を変えていく。

オパール化。

長い年月を経て、化石の主成分が変化し、オパールへと置き換わっていく事がある。彼女の固有の魔術はそれを一時的に再現することで、付近の生物を一時的に無機物へと変化させ、一切の生命活動を休止させるものだった。


「後は、」


頼んだわよ、と。

最後まで彼女は口にすることは出来なかった。彼女は既に、美しい彫像へとその身を変えていた。


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