第12話 魔法少女と緊急事態

「おい、メグさん! このサイレンは一体何ですか!」


サイレンの鳴る方向へと駆ける中、並走しながらアカリがメグに尋ねた。

魔力による強化をかけているのか、二人とも既に常人の出せる域を遥かに超えた速度であった。


「これは! 町に、ヤバいのが侵入した時の合図……だったと思う!」


「思うって! ちと曖昧過ぎやしませんか」


「だって、こんなの鳴ったことないんだから仕方ないでしょ……っ!」


「なるほど。そりゃつまり、こいつは相当ヤバいってことっすね!」


メグが少し息を切らしながら話しているのに対し、アカリは呼吸を乱す様子もない。どころか、言うなり、アカリはさらに速度を上げる。

素のままでの魔力行使ではアカリの方が上らしい。変身を前提とした魔法少女と、自身の身体能力の底上げを基礎とする魔法戦士では、能力の運用方法が異なるのだ。

全速力で町を駆ける。

本来ならば朝の静けさに包まれていてしかるべき道は、今日この日、この時ばかりはそうではなかった。何も鳴り響くサイレンの音ばかりではない。

耳を澄ませば聞こえてくるのは人の悲鳴や怒号だろうか。風と共に漂ってくる異様な妖気が町に尋常ならざる事が起きている事を告げていた。

町の中心部、人家が密集する地区に向かうにつれ、それらは濃密になってくる。

アカリは走りながら、鼻を突く嫌な匂いに無意識に顔をしかめた。

何度も嗅いだことのある匂いだった。例えるならば、むせ返るような腐臭、どれほど経験しても慣れる事のない匂い。

それは、実際に嗅覚に訴えてくるものではない。

第六感、あるいは五感の全てが情報としてとらえたものを、脳が匂いという形でとらえているのだった。


「何だ、これ……!」


住宅街、十字路を曲がった先で目にした光景に、アカリは絶句し立ち止まった。


「アカリ!」


数舜遅れて到着したメグも彼と同じ物を見て、目を見開く。

そこに広がっていたのは木々の群れだった。

そうとしか、表現のしようがなかった。

一見して小規模な林のようだった。まばらに生えている木々はどれも人の腕くらいから、細身の女性のウエストくらいまでの太さで、まだ若い木に見える。

朽ちたアスファルトを突き破り乱立する木々は、この荒廃した世界にあってそう珍しいものでもない。

今この時だけを切り取ってみれば何の変哲もない光景。

だが、二人にとってこれは明らかに異常なことだった。

つい昨日まで、こんなものは無かったのだから。


「ちぃッ!」


メグの横で、アカリが剣を引き抜いて構える。

長年の旅暮らしのなせる業か。危機を察し、臨戦態勢に入るのは彼の方が早かった。

呆然自失の状態から立ち直り、周囲の様子、置かれた状況を冷静に伺う。


「って!おい!」


次の瞬間、アカリは取り戻しつつあった冷静さを、危うく再び失いかけた。

木々の伸びる先に視線を送り、そこに囚われた人の姿を確認したのだ。

蔓に巻き付かれ、宙に浮かんだままだらりと肢体を垂らした人影の多くに生気はない。


「小僧!」


「爺、じゃなかった、ツネキチさん!」


不意に、人影の一つから声がかかった。

そこにいたのは、アカリも良く知る老人だった。

まだ意識が残っているのか、彼は力なくアカリに向けて手を伸ばしていた。

よく見れば、吊り上げられた人間達の中にもまだ動けるものがある。

アカリの、剣を握る手に力がこもった。


「何、これ?」


まだ混乱から立ち直れずにいるメグの目の前で、今まさに新たに地面が音を立てて割れようとしていた。

アスファルトの硬質の地面を突き破り、新たに伸びてくるそれは、根か蔓か、あるいは触手か。


「馬鹿! 呆けてる場合じゃねぇ!」


アカリの怒号で我に返る。電流が走ったかのように、固まっていた体が反射的に動いて横に飛び退く。

今まで彼女が立っていた場所に、木の鞭が振り下ろされていた。

砕けたアスファルトが飛び散り、土ぼこりが舞う。避けるのが少しでも遅れれば、ぺちゃんこになっているところだった。


「『メイク・アップ変身』!」


転がりながら簪を引き抜き、変身を宣言する。

刹那で身に纏う装いが変わり、体中に今までとは比較にならない力がみなぎった。


「そっち頼む!」


言うなりアカリが跳んだ。人々を拘束している木々を切り倒すつもりらしい。察したメグも彼とは逆の方向に跳ぶ。


「しぃッ!」


簪を変化させたエストックで人間を締め上げている蔓を横薙ぎに打つ。刀身から溢れた青白い放電が、斬撃に遅れて尾を引いた。

最初から手加減はしなかった。下手に調節などすれば反撃を受ける機会を増やすだけだと、理解していた。


「なッ!?」


鈍い音と衝撃を伴い、彼女の剣は樹皮に叩きつけられて止まっていた。刀身が触れた箇所が黒く焼け焦げているが、ただそれだけだった。

僅かにも怯んだ様子も蔓が緩まった様子もなければ、さしたるダメージを負ったようにも見えない。


「あ、ああ、ぁ……」


ほんの一瞬、逆に怯んだ彼女の目の前で、宙に浮いたままの男性の目が大きく見開かれた。

彼の口からこぼれたものは、断末魔と言うにも儚すぎる小さなうめき声だった。最後に残された空気が、あるいは命が抜け出る際に、声帯を震わせただけの音だった。


「 嘘、え……」


男性の顔に深い皺が刻まれ、その皮膚から色が抜け落ちていく。彼が干からびて木乃伊のようになるのに数秒もかからなかった。体中の体液という体液、生命力という生命力を全て樹に吸いつくされたのだと、考えるまでもなく直感で理解してしまった。

次々に、吊り上げられた人間達が干からびていく。一人、また一人と命を奪われ、助けを求める手から力が抜け落ちていく。


「ちぃえぇええあッ!」


怪鳥の叫びと共に銀光が走り、黒翼が躍った。

アカリがマントを翻し、見た事もないような身のこなしで剣を振るったのだ。いかなる剣技か、幹が何の抵抗もなく断ち切られ、捉えられていた青年が地面に落ちる。

更にアカリは剣を口に咥えると、走りながら取り出した拳銃の撃鉄を起こし、引き金を引いた。巨獣の咆哮を思わせる銃声が轟き、ツネキチ老人を捉えていた樹が根本のあたりで打ち砕かれた。

落ちてきた老人をキャッチし、助け起こすと、先に助けた青年とツネキチ老人を庇うように背にし、尚も茂る木々の方に目を向ける。

彼の視線の先には、助けが間に合わずに干からびた人間の姿があった。


「アカリ! こいつらまだ!」


すぐさま顔を上げた彼の目の前では、メグの言うように木々が蠢いていた。

餌を奪い取った彼らを敵と認定したのだろう、先ほどメグを襲ったのとは比較にならない勢いで蔓が次々にアカリとメグの元へと伸びつつあった。


「ちくしょう……!」


次々に銃を撃ち、剣を振るう。

白光が閃く度に蔓が切り払われ、巨獣が吠えれば木がへし折られていく。

武器の能力だけによるものではない。純粋な彼の実力があってのものだ。それはメグが、否、この町の魔法少女達全員が思っていた以上の実力だった。魔法戦士とは言え、所詮はただの人間、魔法少女には遠く及ばない。その認識を改めざるを得なかった。

今の彼の力は、あるいは彼女達に及ぶのではないのかと、そんな錯覚さえしてしまう。それほどまでに見事な腕だった。

感心と同時に彼女の心に浮かぶ感情は憤慨だった。

気付いてしまったのだ。アズとの山での一件も、メグとの一騎打ちも、あるいはアリスに見せた魔術の失敗も、わざわざ道化を演じていたのだと。いかなる理由があっての事かは分からないが、この魔法戦士は実力を僅かなりとも彼女達に見せてはいなかったのだ。


「ちッ」


舌打ちまじりに、メグも負けじと電を纏った剣を振り回す。

貫き、電撃で焦げるまで焼き尽くし、砕く。あるいは力ずくで引き千切る。

けれど、二人がかりでかかってもなお迫る木々を打ち払うのがせいぜいで、その間にも次々に人間が木乃伊に変わっていく。瞬く間に二人の目の前で、助けが間に合わずに拘束されていた人間は一人残さず物言わぬ骸へと成り果ていく。


「メグ! 後退するぞ!」


大立ち回りの最中、意図せずに背中合わせとなった時だった。

さすがにただの人の身では限界があるのだろう、汗みずくになったアカリが息も絶え絶えに放った一言はメグを驚愕させるのに十分だった。


「でも、まだこの先に人がいるわよ⁉」


襲い掛かってきた蔓を、今度は剣先で引き裂く。

この道の先にはまだ多くの人家があり、そこには暮らしている人間がいるはずだった。今こうしている間にも道を埋め尽くす木々は成長と繁茂を続けていて、それはこの先にいるであろう人々が危機に陥っている事を意味していた。

アカリの言った事は、その人たちを見捨てると言っているように聞こえたのだ。


「救える人から救えって言ってるんだ」


「私たちがやらなかったら、もっと死ぬでしょ!」


「たった二人で何が出来る⁉ ここで俺らが死んだら、助けられる人も助からない! それに、誰がこの人達を安全なとこに連れてくんだよ!」


背後に回した人々を庇いながら、魔法戦士は怒鳴る。

拳銃に一瞥をくれてから舌打ちを一つ、剣を強く握り締める。装填された弾丸は全て撃ち尽くし、再装填の時間は無い。

人知れず歯を食いしばる。

メグの言っている事が分からない彼ではない。彼にとっても撤退は苦渋の決断だった。

自分とメグの体力と魔力の残量、残された武器。この先に広がる戦場の規模から逆算した必要火力。どう計算してみても不足していた。このまま戦い続ければ待っているのは無駄死にだけだと、理解してしまったのだ。


「アカリさんの言う通りです」


その時不意に、声がかけられた。

とっさに振り返ろうとしたメグとアカリの頭上を、甲高い音を立てていくつもの火球が通り過ぎた。流星の如き尾を引いて飛んだそれは、二人の前方に着弾し、轟音を上げて爆ぜる。魔法少女と魔法戦士、二人の奮戦でも侵攻を抑えるのがやっとだった木々が焼き払われ、焦げた匂いと白煙が立ち込める。

痛む耳を抑えながら振り返った先にいたのは、見覚えのある二人の姿だった。


「エリ……それにアズ!」


「よう。朝っぱらからひどい事になっちまったな」


「おはようございます、メグさん、アカリさん。ご無事で何よりです」


あえてなのか、いつも通りの調子で振舞う二人だったが、その言葉、その表情、一挙手一投足に至るまで微塵も隙は無く、いつにも増して真剣である事がうかがえた。

触れればそのまま破裂しそうな程の緊張を内に内包しながら、それでも二人はメグとアカリの無事に素直に安心したのか、薄く笑みを浮かべていた。


「エリ、こいつの言う通りってどういう意味よ?」


「その二人を連れて退いてください。避難所はいつもの学校の、体育館です。アリスさんが先行してくれているはずなので、そちらのサポートをお願いします」


「でも、」


「ここは任せろ、ってことだ」


アズがメグの肩を叩き、彼女と交代するかのように前に進み出る。

それに続くようにエリもまた。


「了解です。じゃ、おれらは道すがら避難誘導しながらアリスさんのとこに向かいます。それで状況に応じて、アズさんエリさんと交代ってことで」


なおも何か言いたそうなメグを手で制し、アカリは口早に今後の動きを確認する。

アズもエリも何も言わなかったが、彼女たちの作戦は彼には伝わっていた。


「話が早くて助かる。前にも言ったが、察しのいい奴は嫌いじゃないぜ」


「おぉ! 両想いってことですね……何て前も言いましたっけ」


「そうだな、この会話も二度目だ」


「それじゃアズさん、この戦い終わったらデートしてください!」


少しだけだが余裕が出来たのか、あるいは自身を鼓舞するための空元気か。冗談を口にしながらも生存者を助け起こす彼の顔には、いつも通りのにやけた笑みが浮かんでいた。


「抜かせ! まぁ、考えといてやるよ」


しかしまんざらでもなさそうに、アズもからからと笑いだし、その横ではエリが口元を手で隠して微笑んでいた。

アカリの横で老人に肩を貸すメグも呆れたように、少しだけ、ほんの少しだけだが口角を吊り上げていた。


「『パワー・アップ変身』」


「『バーン・アップ変身』」


それぞれが解号を口にした。

アズが両の拳を叩き合わせ、エリが首元の十字を象ったペンダントトップを外す。


「紅玉の魔法少女、アズ。行くぜ、化物ども!」


「黄玉の魔法少女、エリ。参ります」


魔力の奔流による輝きが収まった時、そこにあったのは、それぞれの衣装に身を包み並び立つ魔法少女の姿だった。


「早く行ってください!」


十字架が変化した十字槍を振るう。

彼女が見つめる先、ついさっき焼け野原となったばかりの大地からは既に新たな植物が芽を伸ばし始めていた。


「……うん。また後で!」


「約束、忘れないでくださいよ!」


メグが力強く頷いてみせると、老人を半ば抱えるように走り出し、アカリも彼女に負けじと、青年を背負って一気に駆け出す。

振り返る事は無かった。

当然のように、エリとアズも二人の背を見送ったりはしなかった。

背中合わせの分かれ。それは彼女たちの覚悟の表れそのものだった。






町の人間の避難がひと段落を迎えたのは、日も沈む頃だった。

校庭の中央では大きな焚火が煌煌と輝きを放っている。その傍らには青年が一人。

くたびれた様子で地面に座り込む彼の体はところどころに包帯が巻かれ、纏った衣服も泥や煤で汚れていた。

火にかけた鍋がぐつぐつと音を立て、中で灼熱した液体が煮えたぎっているのを見つめながら、アカリは物思いにふけっている。

避難を始めてから数時間が経っていた。


「アカリ」


暗闇の中から名を呼ばれた。

赤く溶けた金属を型に流し込んでいたアカリは作業を中断し、声がした方に顔を向ける。


「……あぁ、メグさん」


現れたのが誰なのかを確認すると、アカリは体から力を抜いた。

ずっと緊張のしっぱなしで、彼もいい加減に消耗しているのだ。


「何してるの?」


「弾を作ってたんですよ。もう、手持ちを全部使い果たしてしまいまして」


彼の足元には細かく刻まれた燭台や皿が無造作に積んである。エリの教会にあったもので、いずれも銀製品であった。


「火事場泥棒みたいな真似ですが、非常事態だったので。後で、エリさんに謝らないと」


「……そう」


小さく頷いて、彼女はそのままアカリの傍に歩み寄るとすぐ横に座り込んだ。

彼女の顔にも深い疲労と倦怠が滲んでいる。あれからずっと休みなしに動き続けてきた。何度か交代をしながら樹木の化物を迎えうち、町の中を駆けずり回った。

その結果は、語るまでもない。

未だ敵の討滅には至れず、今こうしている間にも戦いは続いている。救助が間に合った人間に関しても三百人以上の人口の内、避難場所に辿り着いたのは百人程度。すなわち、今やそれがこの町の人口の全てであった。


「油断、してた」


焚火を見つめながらメグが呟く。

それはアカリに向けてと言うよりも、自分に言い聞かせるかのようであった。


「私達が総出でかかれば相手が何でも何とかなるって、そう思ってた」


「そう思うのが普通でしょうよ」


銃弾の鋳造を再開して、アカリはその呟きに答える。

事実、魔法少女一人の戦闘能力はただの魔法戦士五人分以上、つまり彼女達四人が集まればアカリ二十人分と同等かそれ以上の働きをする計算になる。

こと荒事に関して不覚を取るなど考えられない事態であった。

体育座りのままメグは頭を抱えて顔を伏せてしまう。

彼女は自責の念に駆られているのだ。

メグに一瞥を与え、しかしアカリは黙ったまま何も言わない。こうなってしまった以上、何を言っても彼女の心に暗雲の如くかかったそれを払う事は出来ないと、彼は知っていた。

ましてや彼も当事者の一人。かける言葉など持ち合わせていようはずがない。何も出来ずにいるのはアカリも同じで、つまり、その内面も同じだ。表面上の冷静を保つのが精いっぱいで、心中では御しきれないもの、飲み込めない思いが荒れ狂っている。


「二人とも、こんなところにいたの」


項垂れることしかできない彼らの下に、アリスがやってくる。彼女は戦闘があまり得意でないらしく、避難所の設立と防御にかかりきりになっていたが、それでも顔にくっきりと浮かんだ疲労はぬぐい切れない。

それは何も肉体的な疲労によるものだけではないだろう。


「あぁ、アリスさん……すみません、そろそろアズさん達と交代の時間でしたっけ」


「まだ少しあるわ。それまで出来るだけ休んで」


立ち上がりかけたアカリをそっと制して、彼女もまた、燃え上がる火に目を向けた。


「避難所の中は、落ち着いたの?」


「えぇ。何とかね」


こくりと、彼女は首を縦に振る。

つい数時間前までは受け入れを求める人間で込み合っていたというのに、今やその時の熱気は僅かにも残ってはいない。意味するのは、もはや避難所を新たに訪れる者が絶えたという事であった。


「屈辱ね。こんなことになるなんて」


アカリがちらりと目をやれば、アリスの握り締められた拳は力の入れすぎで真っ白になっていた。彼女もまた、町を守る役割を持った魔法少女としての責務を果たせぬ自分を、少なくない時間を共有した人々を守る事が出来ない自分をもどかしく思っているのだった。

アカリは大きく、深くため息をつく。

今彼がおかれている状況は、いつか見た光景の再現に他ならなかった。

多くの人が傷つき、倒れ、残された者は無力感に苛まれる。それでも時間は流れを止める事は無い。時が来れば否応なく立ち上がらざるを得なくなり、再び傷つき、倒れ、心をすり減らす。その繰り返しの先に待つのは……

ぴしゃり、と。

少年は自分の両頬を張った。その音に驚いた二人の魔法少女が目を丸くしてアカリを見つめる。


「とりあえず、悩むのは後にしましょ。どうも立ち止まるとロクな考えが浮かばないや」


よろけそうになるのを堪えて立ち上がり、へらへらといつも通りに笑って見せた。

無理な作り笑いではあるが、それでも少しだけ元気が出た。暗く、救いのない方向に傾きかけた思考をギリギリのところで停止して、折れそうな心をその場しのぎで補強する。


「……そうね。呆然としてる場合じゃない」


アカリの様子の意味するところを察したのか、メグも深呼吸をして乱れそうになる心をどうにかまとめる。やらなければならない事、知らなければならない事、考えなければならない事は山のようにあるのだ。


「この避難所は大丈夫なの?」


「多分」


「多分って……」


まず手始めの、そして一番重要な問いに対し、帰ってきた答えは酷く曖昧なものだった。


「ここを守ってる結界は、町を囲ってたものと同じ作り、ってことですか」


頷いたアカリを、アリスは鋭い目で見つめた。感心と警戒が入り混じった目だった。

アリスから見て、この魔法戦士の青年は既に無益無害な存在とは言い難い存在になっていた。ただの流れ者の魔法戦士と言うには勘が鋭すぎ、また、ただの魔法戦士が知りえる以上の知識を持っている。高い実力を持ちながらそれを隠して道化を演じてきたのも気にくわない。

そんな彼が現れたタイミングで町が襲撃を受けた。ならば両者の間の関係を疑うのは当然の事だった。


「……言っておきますが、あの化物とおれは無関係ですよ」


そんなアリスの考えを察したのか、アカリは彼女の方を見もせず、再び愛銃に火薬と作りたての弾丸を詰め込んでいく。


「信用ならない」


「こればかりは信用してもらうより他にないモノでして。ま、隠し事が多いのは事実ですがね。手の内を隠すのは、こんな世の中を渡ってくには必要なことでしょうよ」


拳銃をホルスターに収め、苦笑交じりに呟くと、


「それよか、おれを疑うよりも先にやる事があるでしょうよ。それともおれをふん縛って、お前の所為だろう? なんて問い詰めますか。中世の魔女狩りよろしく? 言っときますが、それで事態が、」


「好転することはないでしょうね」


投げやり気味の彼の言葉を、アリスが引き継いだ。


「おや、信じてくれるんで?」


「まさか。でも、無暗に疑うよりも先にやらなきゃならない事があるのは確か。あんたをどうこうするくらい、私一人でも十分すぎる」


胸ポケットに差した万年筆に手をやって、アリスはアカリの顔を正面から真っすぐに見つめた。

一方の見つめられた方は力なく肩をすくめるのみ。


「結構結構、こけこっこー、と。吊るされないだけで十分です。さて、それじゃ本題。相手は見た所……まぁ、見るまでもなく植物です。夜間は活動が著しく鈍るらしい。もっとも、これを機に町には他の化物が侵入し始めてるみたいだが……それでも脱出するなら夜の内ってとこですね」


「ちょっと、最初から逃げる算段でいるの?」


メグが驚いたように尋ねるが、二人から返ってきた反応は極めて冷たいたものだった。


「アレをどうこうするのは少しキツイかと」


「私も同じ意見。正体も分からないあんな大物に真っ向勝負を挑むのは得策じゃない」


二人の意見はその一点で一致していた。

魔法少女四名に魔法戦士一名、並大抵の相手ならばいかようにでも出来ようが、今この町を襲っている相手は彼女たちが普段相手にしている者とは明らかに格が違った。

戦うだけならば問題はない。だが、町の住民がいる以上、負ける事の許されない戦いになる。よしんば勝ったとしても、住民を全て犠牲にしての勝利では意味がない。


「増援は? 都か、それとも近場の町に助けを頼めば」


「無理ね。連絡手段がやられたの。電話も無線も通じない……魔術的な連絡手段まで。電話線はともかく、後ろ二つをどうやって使えなくしたのか……」


「さっきちらっと確認しましたが、アズさんが使ってたオート三輪や、メグさんの単車も壊れて使えなくなってた……一体全体どうなってるのか。さっさとケツまくって逃げるが吉ですね。夜逃げみたいであれですが、早いとこ民間人連れて町を出て、人々の安全が確保出来次第、その次を考えるって方向で」


「夜中に町の外に民間人を? しかもこんな時に? 町の人の大部分は老人なのよ?それこそ外の化物共に狙い撃ちされるわ!」


「それにしたって、こんなとこで無茶な籠城戦して磨り潰されるよりはマシでしょうよ。ここの結界だっていつ破れるか、下手すりゃ今この瞬間にもダメになるかも知れないんだ。そうしたら化物共に攻め込まれて終わりだ。だが、魔法少女が四人も護衛にいれば何とか朝まで爺婆を守って、木の化物の勢力圏外まで逃げ切れるでしょうよ」


「いいえ。それも難しいかと」


議論を重ねる三人の目が一斉に同じ方向を向いた。

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