第6話 魔法少女のお仕事③

「中々心地良くて結構結構」


縁台に腰かけ、目を細めた。冬が近いとはいえ、まだぎりぎり秋と言って差し支えないこの季節、風がなく、雲一つない空となれば、こうして日向にいるだけで随分と幸せな気分になれるものだ。

顔を上げ、視線を宙に彷徨わせれば、飛び込んでくるのは真っ青な空と真っ白な太陽。

思わず目を細め、すぐに手で顔を覆った。

仕事柄、夜を行くことの多い身分である。綺麗な日中の日差しは浴びるのはともかく、直接見るのは少々心に堪えるものがある。


「全く、因業な商売だ」


言ってみて思わず苦笑した。

商売、などと言ってはみたものの、長い事開店休業状態もいいところ。そもそも正規の金を貰って仕事に取り組んだことなど片手の指で数えられるほどしかない。

我ながら不真面目なことだと、そう思う。

この職を名乗り始めてもう随分と経つはずだが、名前負けも良いところだ。あるいは魔法戦士などという職が自分には元来向いていないのかもしれない。そんな事を考えていた。


「ふわぁ……っ」


大きな欠伸を一つ。暗い方向に迷い込みそうになった思考回路を無理やりに軌道修正し、頭の中を空っぽにする。もとより、あまり難しい事を考えられるほど頭が良いわけではない。そんな事は百も承知だ。

そういうことにしておいた方が、辛くない。流れ流れる毎日の中で、意識の切り替えだけは随分と上手くなった。


「大分お疲れのようだの」


振り返ると、笑みを浮かべた老人が立って、アカリを見下ろしていた。


「こりゃどうも、ツネキチさん。いやー、長い事まともな生活をしてなかったもんで。規則正しい生活が何よりキツいことこの上ないですよ」


「ほう。お前さんは旅人だったのか?」


「えぇ。いつの頃からか、見上げる空は旅の空、ってなもんです。……あ、これはこれはどうもありがとうございます」


老人はアカリに茶の入った湯飲みを手渡すと、彼のすぐ隣に腰かけた。


「若い身空で大変じゃのう」


「そりゃあ、まぁ。とはいえ、もはやこれ以外の生き方を知ってるわけでもないので大変かどうかと言われるとどうにも返答に困るんですがね」


少年の口ぶりが可笑しかったのか、老人もつられて笑い出す。


「拝み屋、じゃったか? 昔はどの町にもそんな胡散臭い連中は一人二人いたもんじゃが、最近てんで見かけなくなったの」


「えぇ、ここ何年かで一気に数を減らしましたからね。かく言うおれも、長い事同業者さんには会ってないんですよ」


「それなら、お前さんは景気が良いんじゃないのか? 同業者は少ないに限る」


「残念ながら。今やお仕事は全部、嬢ちゃん達にとられちまって赤字続きのその日暮らしです。貧乏暇なし、なんて言いますが、貧乏も極まると逆に暇だけは湧いて出てくるようで。まぁ、おかげさんで自由気ままな暮らしをしてますよ。いや、してました」


過去形で語る。今のアカリは少しばかり事情が違うのだ。


「ほう。その自由人の風来坊がこんな寂れた町にとどまる事になるとは一体どんな風の吹き回しじゃ? 噂では借金のカタと聞いたが」


「話が回るの早いっすねー。まぁ大筋でそんなところですよ。適当な所でトンズラか

ますのも手かと思ったんですが、四六時中、こわーい借金取りのお姉さんたちに見張られてます」


参ったと、口ではそう言いながらも大して困った風でもなく彼は渡された茶をすする。


「その割には随分と余裕だな」


「そりゃまぁね……世の中どうにもこうにもならない事はあるし、それならいっそ流れに任せた方が良い時もありますから」


良くも悪くもなるようにしかならないのだと、アカリは達観しきった目で語る。

それは彼の年代にしては不自然なまでの落ち着きようだった。そして、それは今まで彼が見せてきた表情の中で、一番自然な顔だった。


「良い若いもんが、枯れとるのぅ。まるで儂らと同じじゃ」


「そこまでですか?」


「うむ。儂やこの町の者がお前さんくらいの頃はもっと覇気があったもんじゃが……」


しみじみと、語る様に呟いてツネキチ老人は黙り込んでしまう。

アカリが横目で伺えば、老人の目は遠くに向けられていた。どうやら彼が見ているのは今ではないらしい。

それも、あまり良い記憶ではないのだろう。彼の眉間には深い皺が寄せられていた。


「あー……」


無意味なうめき声をあげて体から力を抜く。

アカリは何も聞かないし、聞こうとも思わなかった。人間誰しも、秘密の一つや二つは必ずあるものだ。長く生きれば生きるだけ、濃い時間を過ごせば過ごした分だけ、語るべきでない事は増えていく。

それはアカリとて同じこと。他人には触れて欲しくない事なんて、いくらでもある。

本人が語る気になったら語れば良いし、墓場まで持っていきたければ好きにすれば良い。他人がとやかく言う筋はない。

ぼんやりと、視線を縦横斜め、あてどなく彷徨わせてから、アカリは空を仰ぎ見る。

先ほどと変わらない空が目に飛び込んできた。どこまでも続く青色。それを見ているうちに自分の悩みが小さく思える……なんて、ただの現実逃避だ。

そんな事をしても根本的な解決にはならないし、本質的には無意味な行為にすぎない。

それでも人は空を見上げずにはいられない。


「……おっと。すまん、ぼんやりしてしまった」


「いえいえ。おれもすっかり呆けてました。で、何の話してましたっけ? 魔法少女の嬢ちゃん達のスリーサイズとか?」


ふざけて言うと、ツネキチ老人は破顔して、


「そうじゃそうじゃ! それならアズちゃんがこう、すらっと引き締まっておって良い」


「そうすっか? おれとしては、エリさんの包容力がたまらないと思うのですが」


「それを言うならアリスちゃんも色白で線が細くてえぇのぅ」


「そこまでにしなさい変態ども」


盛り上がりかけた二人に鋭い声がかけられた。


「出たな借金取り」


「誰が借金取りよ」


メグはアカリの言い様に、むっとしたような顔を見せ、不機嫌そうな顔はそのままに、ツネキチ老人に視線を移す。


「ち、違う、メグちゃん。儂は何も……この小僧が言い出したことじゃ」


「ちょッ、この爺ぃ⁉」


しれっと罪の全責任を押し付けようとする老人に、アカリが苦言を呈した。


「ツネキチさん。この馬鹿をあまりつけ上がらせないでください」


「馬鹿とは失礼な」


口を尖らせるアカリを鋭い目で睨み、


「あんた何でこんなところで油売ってるのよ! 町内の見回りしてるはずでしょ」


「おれはちゃんと仕事してますよ? 今だってほら、町の人との交流してまして」


「交流? ただの流れ者のあんたが交流なんてしても意味ないでしょ」


「そんな殺生な」


「真面目に仕事する事も出来ないの、この穀潰し」


「そこまで言うか?」


のらりくらりと躱そうとするアカリだったが、少女の追及は思いのほか厳しいく、そして容赦がない。


「これこれ。言い争いなんてしても仕方あるまい。夫婦喧嘩は犬も食わないと言うぞ」


老人は冗談とも本気ともつかない調子で二人を宥めた。

険悪になりかけた空気を和ませようとしての事らしい。その意図にいち早く気付いたのは矢張りアカリである。

すぐさまへらへらとしたいつもの笑顔を浮かべて見せて、


「そう見えちゃいます? なかなかどうして悪くないっすね」


「誰がこんな間抜けと!」


再びメグが少年の顔を睨みつけた。視線で人を殺せるならば、既にアカリの残機はなくなっているところだろう。


「で、メグちゃん。急にどうした?この老いぼれに用があったわけでもあるまい?」


「そうでした……アカリ、あんたを探してたの。来てもらうわよ」


ため息を一つ、気持ちを改めたのか、幾分冷静さを取り戻した彼女はツネキチ老人に一礼すると、黒衣の少年を手招いた。


「もしかしてデートのお誘いとか?」


尚もふざけ倒そうとするを軽く無視して、彼女は踵を返す。


「エリが呼んでる。ほら、さっさとして。……ツネキチさんも、今後、こんなバカの相手しちゃダメですからね」


「ちょ、待って……あ、ツネさん、お茶ありがとうございましたー」


すたすたと、足早に行ってしまうメグの背中をアカリが慌てて追いかける。

そんな二人の様子を見るツネキチん目は、可笑しそうに細められていた。






「お待たせしました、っと。いや速いですって。おれ、まだエリさんの家知らないんですから置いて行かれちゃうと困るんですが」


ようやく追いついたアカリが息を切らしながら苦情を述べる。だが、メグは少しも取り合おうとはしなかった。

ただただ、憮然とした顔で前を見て歩き続けている。


「この町、人口はそんなに多くないんですよね? その割には家……と言っても廃屋ですか。多いですね」


「さぁね」


「ってことは、昔は結構賑わってたんですか?」


「まぁね」


エリの家までの道中、勤めて明るく問いかけるがその答えはそっけない。


「あのーメグさん? その、ちょっとくらいお話しません? ほら、仕事中とはいえ、余裕がある内は楽しんだ方が」


「うるさい」


困った顔をするアカリだったが、メグは相も変わらず塩対応を続ける。

取り付く島もないとはこのことだ。さすがの彼も諦めたかのように短くため息をついて、お手上げというジェスチャーをしてみせる。


「あの、さ。何だってメグさん、そんなにおれに厳しいんですか? 何かおれ、悪い事しましたっけ?」


「別に」


「それじゃ何で、」


「あんたが嫌いなだけ」


あまりにもストレートすぎる言葉である。

だが、彼女の答えを耳にしても、少年は僅かなりとも取り乱したり、心を動かされる様子も見せたりはしなかった。

あぁ、そう、と。

少年がやったことと言えば、納得したように頷いただけだった。

そこには別に傷ついた様子も驚いた様子もなかい。ただただ乾ききっている。

だが、しばしの沈黙が続き、真っ先に耐え切れなくなったのは少年の方だった


「あ、廃屋で思い出したんですが。おれの家、一軒家丸ごと一つ使ってるんですけど良かったんですかね?」


「あんたの家じゃない」


「そりゃそうですが。アズさんも、それからアリスさんも家主のいなくなった一般家屋借りてるって言ってたっけ。とすると、エリさんの家も?」


「えぇ」


「ほー、って事はメグさんも」


「私は自分の家」


「へぇ……ん? 借りてる家じゃなくて」


「ねぇ」


きわめて静かな声だった。

足を止め、彼女はアカリの方を振り返った。


「あんたと私、そこまで親しかったっけ?」


彼女は今までにないくらい落ち着いた様子で、静かに尋ねた。

微笑みさえ浮かべ、小首を傾げる彼女の姿は年相応で可愛らしい。もっとも、瞳の奥底でちろちろと燃える炎さえなければだが。

ぞわり、と。

アカリは背中の毛穴が全て開くのを感じた。彼女が放つ、底冷えするような殺気はただ事ではなかった。この話に触れては欲しくないという明確な意思表示だった。


「すまん」


少年は、それ以上ふざける様子は欠片も見せず、ただ一言詫びたきり、今度こそ本当に黙り込んで、エリの家に辿り着くまで会話が再び交わされる事はなかった。


「着いたわよ」


「……これは驚いた」


一切の会話もなしの気まずい時間。三十分にも一時間にも、あるいはそれ以上にも感じられる数分間を過ごした二人はようやく目的の場所に到着した。

ようやく口を開いたメグが示す建物を見て、アカリは思わず絶句してしまう。

それを家と呼ぶにはあまりにも無理があった。

およそこの国の風土には合わないであろう洋風石造りの建築。一般人が寝泊まりするには些か広すぎる敷地面積。極めつけに三角の屋根の上には十字架が掲げられている。

どこからどう見ても、教会であった。


「エリさんの家……失礼、借りてる家ですか。まぁ、あの人らしいと言えばらしいというか……」


「らしいって……エリとも別に親しいわけじゃないでしょ」


小さく呟いたアカリに、僅かにツッコミをいれてから彼女は木製の扉に取り付けられたドアノッカーを打ち鳴らした。

一回、二回、三回。

少年の記憶が確かならノック三回は親しい相手に対するものだったはずだ。金属のうち合わさる小気味良い音が響き、僅かな間をおいて中から返事が返ってきた。


「はーい……あら、アカリさん」

「どーも。何やらお呼びだったようですが、何かありましたか?」


どこか神妙な顔で尋ねるアカリだったが、対するエリは形のいい目を丸くして、すぐに朗らかな微笑みを浮かべ、


「いえ、そろそろ休憩にしようかと思いまして。丁度、メグさんがいらっしゃったので、お呼びするようにお願いしたんです。メグさん、ありがとうございました」


「別にいいわよ。それより休憩も何も、こいつ、サボって町の人と茶を飲んで話し込んでたんだけど」


隣の少年を指さすメグだったが、


「いえ、今日は町の方々の様子を見ていただくのと、ご挨拶をしてもらおうと思っていたんです。そのご様子では上手くいっているようですね」


「えぇ。幸いにして、おれは口は達者な方でして。とは言え、メグさんの言うように、少し話し込み過ぎました。いや、面目ない。もう少し効率よく回れればいいんですが」


「急がなくてもいいんですよ、ゆっくりで。まだどこに誰のおうちがあるのかも分からないでしょう? アカリさんのおかげで私の方の用事は済んだので、この後、二人で見て回りましょう」


エリに招かれ、二人は教会の中に入っていく。

通された応接間、促されるまま高級そうなソファに腰を下ろす。

室内を見回してみれば、調度品の一つ一つも高価そうなものばかりだった。暖炉にカーペット、壁際の棚にはアンティークと思わしき銀の皿や燭台まで。エリの趣味というより、以前、この教会に暮らしていた人間の持ち物をそのまま使っていると言ったところだろう。


「すげぇ高級品ばっか……銀の燭台なんて初めて見ましたよ。こっそりかっぱらって売ったらいくらになるんだろ?」


「アカリさん?」


ぼそりと、冗談とも本気ともつかない事を口にするアカリだったが、彼の呟きはエリの耳にしっかりと届いていた。苦笑しながら、今しがた奥から取ってきた彼女は皿とカップをテーブルの上に並べていく。


「おっと失敬。教会で銀食器なんて見たら、ついあの物語を思い出してしまって」


「あら。でも私はかの司教様ほどやさしくはありませんよ、ジャン・バルジャンさん?」


少年の言った事が古い名作に由来する冗談だと気づいて、エリは悪戯っぽく微笑んだ。


「あぁ、無情……」

その返しを受けて、エリはついに小さく声を出して笑いだし、アカリもつられて続く。

何のことか分からないメグはただ首を傾げるばかりだった。


「食器は差し上げられませんが、お菓子はいかがですか? お口に合うかは分かりませんが、どうぞ召し上がってください」


テーブルの上には大小形様々のクッキーが大皿にのせられている。焼き立てなのか、ほんのりと甘くこうばしい香りが立ち昇っていて、思わず口元が綻びそうになった。


「おぉ! お言葉に甘えまして」


言うが早いか、アカリは真っ先にクッキーに手を伸ばす。

一口サイズのフラワークッキー。中央には真っ赤なドレンチェリーがついていて目にも美しく見事な出来だった。さくさくとした心地良い食感に、控えめな甘さと香るバター。チェリーの微かな酸味も良いアクセントになっている。


「紅茶もどうぞ」


勧められるがまま、温かい紅茶を口に含む。

少し強めの香りと、舌に優しい渋みのおかげで口の中がリセットされて、さらにクッキーが欲しくなる。

次は細かい乾燥果物が入ったものに手を伸ばした。


「これ美味しいです! 昨日のドーナツもそうでしたけど、今日のも一段と! 生きてて良かった!」


涙ぐみそうなまでの勢いで絶賛するアカリを、隣の席に座ったメグがまたしても冷たい目で見つめる。だが、彼女も今回は何も言わなかった。

いい加減、嫌みを言うのにも疲れたというのもあるだろうが、エリの焼いたクッキーが彼の言う通りに絶品だったからというのも大きいだろう。


「そんなに褒められると照れちゃいます」


まんざらでもないのか、エリも口元を隠して上品に微笑む。その仕草が様になっていて、彼女を見ながらアカリは無意識に笑みを深めた。


「何鼻の下伸ばしてんの」


「だってエリさん、どえらい美人さんなんですもん。そりゃーね」


反論することなく、あっさりと認めて少年は明朗快活な笑い声をあげた。


「あらあら」


「ったく……で、エリ。私にも何か用があったんでしょ?」


「あぁ、そうでした。ごめんなさい、すっかり忘れていました」


手を軽く打ち合わせて立ち上がると、隣の部屋に駆け込んで、間もなく戻って来る。

彼女の手には分厚く、大きな封筒があった。


「これを作っていたので、午前中の仕事をアカリさんに頼んだんです。いつも通り、アズさんとお願いしますね」


「あぁ、もう交換の時期だっけ」


納得したように頷いて、メグは封筒を受け取った。


「うん? 何ですか、これ?」


「あんたには関係ない」


「メグさんったら……町を守るための護符ですよ。私はアリスさんほどではないですが魔術も少々心得がありまして。あ、もちろん、アカリさんのような魔法戦士の方の足元にも及ばないですが」


心底面倒くさそうに言うメグであったが、エリは快く返答をする。


「エリ。こいつ大したことないわよ。昨日だって術に失敗してた挙句、アリスの借りてる家を燃やしかけて、その所為でアリスに出禁くらったんだから」


「まぁ、術に関しては三流なのは認めますが……」


「三流なのは術だけじゃないでしょ」


「……あのさ。何だってそんな噛みつくんだ?」


さすがのアカリも眉をひそめ、声にも険しいものが混じってしまう。

メグの度重なる暴言の数々が原因である。彼女のアカリへの当たりが強すぎるのだ。それも、些か過剰ともいえるくらいに。最初こそただ、余所者に対する排他的な感情の類かと思って気にしなかったアカリだったが、そろそろそれも限界に近い。

腹の底から空気を絞り出すようにため息を一つ。気息を整え、心を落ち着け、話題を切り替える事にした。


「へぇ……結構な量ですね。これをメグさんが設置して回るわけですか」


「アズと私で仕掛けて回るの」


「封筒の中に地図が入っていまして。大まかな場所は私が指示してます」


エリが懐から数枚の紙を取り出して見せる。

それは先日アリスが作ったものとはまた別の、魔除けの紋様が刻まれた呪符だった。


「なるほど。エリさん、多才ですね」


「そんな。他の子より長く生きてる分、色々知ってるだけですよ」


彼女の言う通り、エリはメグやアリス、アズ、そしてアカリよりも明らかに年齢が上であった。恐らく二十代前半から半ばくらいであろうか。


「魔法少女……なんて名乗り、アズさんなんかは嫌ってるみたいですが。一番したくないのは多分、私です。もう少女、なんて年じゃありませんから」


くすくすと、冗談めかして言うエリだったが目が笑っていなかった。


「いや、いやいやいや。エリさんは十分に今もお美しいですよ。……っと、そうでした。その、聞きたい事があるんですが!」


慌ててフォローをいれたアカリが選んだのは、またしても話を変える戦法だった。


「聞きたい事ですか? 年齢のことでしたら、」


「違いますから! 何で自ら地雷原に人を誘い込もうとするんですか! それより、その、前々から聞きたかったんですが」


「下着の色でしたら前と変わらず……」


「それは、その、ちょっと興味はありますが! じゃなくて!」


首を傾げるエリを前に、少年はその顔からいつものへらへらした笑いを消していた。

今の彼の顔は、あるいは彼の本来のものなのかもしれない。即ち、若き魔法戦士のそれ。


「はい?」


「その、エリさんは、何で魔法少女になったんですか?」


エリが息を飲むのが分かった。

メグも同じだ。

重たい沈黙の中、アカリは真剣な顔をしたままエリが話すのを待ち続けていた。


「そうですね」


困ったように。

エリは微笑みながら言葉を紡いでいく。


「私は……魔法少女の適性があったものですから。当時はあの厄災の影響も今より大きくて、世の中が混乱していて……」


メグもアカリも黙り込む。

二人とも思い出していたのだ。彼らがまだ幼かった時の事を。

変わり始める世の中と、ぐちゃぐちゃになっていく世界。違うのは、彼らは生まれた時からそんな混沌のるつぼの中にあったが、エリはそうではない。

彼女は、平穏な、まだ世の理が正常に動いていた時代を知っている。


「とても多くの人が傷ついて、傷つけられて、亡くなって……私の周りの人も、親しい人も。でも、私には何とか出来る……かも知れない力があるって分かったんです」


エリの顔から微笑みが消えていた。

代わりに浮かぶその色は決意そのものだった。彼女の金色の瞳には強い光が宿っていた。


「だから、戦おうって決めたんです。私が戦って、少しでも誰かを救えるなら、って」


いつの間にか、エリは拳を強く握りしめていた。

小さく、色白で華奢な手。そんな手で彼女は今まで戦ってきたのだ。本当ならば、もっと別の生き方もあったはずであるのに。

そこにはどれほどの苦労があったのか。魔法戦士であることを選んだアカリにはその苦悩が想像もつかなかった。そして同じ魔法少女であるメグにも。


「さすがエリさん。やっぱ、立派ですね」


ぽつり、と。アカリがそんな風に感想を述べた。

立派と、そう言う彼の台詞には言葉面以上に重いものがこめられていた。感動か、尊敬。あるいはその両方である。


「私も聞いても良いですか?」


「はい、何なりと」


エリの問いかけに、アカリは素直に頷いた。


「アカリさんは、何で魔法戦士に?」


今度は、アカリが息を飲む番だった。

唇を真一文字に結び、僅かに俯く。だが、それは一瞬の事だった。


「お金ですよ。お金。どんな世の中でも、人が人らしく生きるにはどうやってもお金が必要ですから。手っ取り早く確実に、そんでもって食いっぱぐれなく稼ぐにはこれが一番だと思いましてね」


またしても彼は、いつも通りの軽薄でふざけた笑みを浮かべながらそんな事を宣った。


「簡単にお金持ちになって、女の子にモテモテ、うはうは生活だと思ってたんですが、いや、参った。多少は危険だと思ってましたが、ハイリスクな割にリターンはまちまち。その日その日を食っていくので精いっぱい。なかなかどうして上手くはいかない」


否、彼の台詞はいつも以上に薄っぺらく、そしていつも以上に饒舌だった。

どこか投げやりな様子だった。ともすれば自暴自棄を起こしているようにさえ見える。


「あんた……」


メグが噛みつこうとして、しかし言葉が尻すぼみになる。

彼女も何かを察したのか、二の句を告げずにいるのだった。


「何て、ちょいとふざけすぎましたかね?あはは」


しまいに少年は声を出して笑い出す。乾いた、明らかに作り物の笑みだった。

「アカリさん……」


彼の名を呟いて、彼女は首から下げた十字架型のネックレスを握りしめる。

アカリを見る彼女の目は、悲しみに満ちていた。


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