4
振り上げられた刃は、断頭のギロチンにも似ていた。
白髪の男の言葉はさながら、死刑囚の癇癪にも思えた。死を前にして、今まで目を背けた無意識が言葉となり転がり出ているように思えた。
「貴様は今から父親を殺すのだ。だというのに、一体何だその体たらくは。泣きも怒りもしないのか・・!そんなものなのか、私が創った貴様らは・・・!!」
子供の駄々と変わらない。二進数で出来た怪物に、プログラムで出来た傀儡に心を求めている。人殺し用の人形に親殺しの罪悪を覚えろと言っているのだ。
何とも無茶苦茶な話だ。
「・・・れ、れぷりか?」
──アンドロイドはひどく困惑していた。
彼ら(?)は言語も感情も解する。殺される人間が発する怨嗟、命乞いの意味を解する。
殺意、恐怖、怒気、狂乱・・・。それらがなぜ生じるか、自分たちに向けられるかは理解していた。それ故に自分たちが人間よりも上位に位置した思考体である、という自負すら持っていた。
だが、目の前の男の言葉は明らかに異質だった。
語調こそ怒りに類するが、その感情の根幹にあるのは恐らく──。
「・・・ア、愛・・?」
それは父性と呼ぶに近しい情だった。
自らの創り出したものがこの程度であるはずがない。
その言葉の裏側にあるのは期待と愛情。
親を持たない機械生命体が初めて受け取る家族愛だった。
そして、彼らの感情アルゴリズムにおいて、それは理解しがたいものだった。
「・・・っ!!」
白髪の男はふと我に返る。
振り下ろされずに止まった刃を見て、自分の首が繋がっていること、目の前の機械人形の内側で何かが起こっていることを理解した。
「・・・はっ、はは、ははっ!!ははははは!!!」
そして、男は笑った。
自分の命が助かったからでも、死の恐怖で気が触れてしまったからでもない。
「そうだ・・、そうでなくては・・!お前たちはそう在れるはずだ・・!」
アンドロイドは男の全てだった。そのために幾千、幾万の命を弄び、人道を踏みにじり、神に背いた。そのために何もかもを捧げた。
その結晶が今、萌芽しようとしている。
「・・・ア、ア、アあ」
男は自分の上で小刻みに震えるアンドロイドに手を伸ばす。
ゆっくりと、慈しむように。生まれたばかりの赤子に触れるように。
──だが、ここは
辺りを掃討した別個体が、男の息の根を止めるべく集まってくる。
「っ!!行かなければ・・!!」
だが、意思とは裏腹に身体は動かない。足に深々と突き刺さった槍、出血のし過ぎか朦朧とする意識。状況は男に死を突きつけるために動いているようだった。
アザラシのように上体だけで地べたを這って駅へ向かおうとする。
無様に喘ぎながら、数刻前までの自分を恥じた。
何が大義だ。何が贖罪だ。時間にしたら一分にも満たない。
だが、その時確かに自分は忘れていた。
人々を虐殺して回る“機械”を、あろうことか我が子のように慈しみ、あまつさえその喜びに心を奪われていた。
「・・・救えない」
男は仰向けに転がる。生還を諦めたわけではない。体力の限界がきたというだけのことだ。
ただ、男が発した悔恨の言葉は自分自身の首を絞めていたことに、彼は気付かなかった。
老人は目を閉じて、命の終わりを覚悟した。
瞬間、辺りの人形は一斉に動きを止めた。
まるで突然主電源が抜かれたかのように、ひどく不自然な姿勢で活動を停止した。
「!?強制シャットダウン──?」
機能としては搭載している。暴走、故障した機体が発生した場合に備えて。
だが、辺りで石像のように停止したアンドロイドたちは至って正常だった。殺されかけた自分が言うのもおかしな話だが、“国民の殲滅”という命令は忠実に遂行されようとしていた。むしろ、停止されるべきは──。
「・・・そうか、お前はそこまでも」
目の前の機械生命体は、相も変わらず腕の武装を振り上げたまま固まっている。
「・・・おめでとう」
老人は鉄の命を
「所長!!所長っ!!!大丈夫ですか!!?」
所員が駅から飛び出してきた。
「・・・阿呆、合流できなければ先に行けと言ったはずだ。・・・もう40秒も過ぎている」
「何を機械みたいなことを言ってるんですか!!行きますよ!ほら、立ってください!!」
「・・!!機械、フフ・・、機械か」
思わず零れた笑みに所員は怪訝な顔をしたが、すぐに呆れたようにため息を吐いた。
「・・・ところであの機体、何であんな格好で停止してるんですかね?」
ていうか、何でみんな止まってるんだ!?と、所員は今更ながらキョロキョロと周囲を見回した。普段ならば注意散漫だ、と男はしかりつけていただろうが、今ばっかりは特別だ。
「・・・さて、どうしてだろうね」
「・・・?なんかいいことでもありましたか?」
「・・・うるさい。さっさと運べ」
「うっ・・・!わかりましたよ、分かりました!!黙って運びます」
ぶつぶつと不満をこぼす所員に抱えられ、やっとの思いでどうにか駅構内へと逃げ込む。
途中、男は背後に
その顔は普段通りの仏頂面ではあったが、やはりどこか哀しそうに見えた。
子離れを惜しむ親のように、微かに眉尻を下げ、微笑む。
「行きましょう」
「・・・ああ」
二人は地下へと続く階段をゆっくりと下りて行った
──直後、セントラル駅は轟音と共に爆発した。
悲鳴など起こる暇もないほどの灼熱が、コンクリートの穴倉の中を燃やし尽くした。
機能停止状態で立ち尽くすアンドロイドに、そのことを知る由などあるはずもなかった。
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