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 ──監視国家エイゼルは崩壊した。


 極秘裏に行われていた人体実験、人類を超えた人類を創り出す国家プロジェクト「超人類計画」。


 その過程で生み出された失敗作の出来損ないたちは、支配階級に不満を持つ下層の人間たちを従えて国に反旗を翻した。ならず者たちの民意は束となり、不条理を覆すための暴力として牙を剥いた。


 結果、国家中枢たる政府は転覆、エイゼルは破滅の一途を辿った。


「・・・」


 わけではない。


 彼らレジスタンスたちが蜂起したのはあくまで単なる原因の一つでしかない。


 仮に致命的な感染症が流行しても、海底に潜む大怪獣が暴れ出していてもこうなっていただろう。理由は別段、何だってよかった。


 “現状の維持が不可能かつ、再起も不能”という状況が肝要だった。

 国家形態の維持、という意味ではない。


──あくまで実験場として、だ。


「・・・」


 ひしゃげた駅の欄干は錆と埃に塗れている。鉄製の手すりには一か所だけ塗装が剥がれている箇所があり、アンドロイドはそこに片手を掛けた。決まりきったルーティンワークだ。


 街は崩壊を続け、あちこちで爆発、引火を繰り返していた。環境数値は周囲五十メートルが人体に極めて有害な物質で充満していることを示していた。


 突然、視界の端にポップアップが浮かぶ。


──“警告”残存電力が極めて低下。代替電力を探す必要性あり。


「・・・」


 それは機械生命体にとっての余命宣告だった。


 何度目かのアラートを慣れた手つきで消去すると、再び廃墟と化した駅を注視し始める。

 それは実に奇怪な行動だった。


 自律行動を行うアンドロイドとして製造された機体には、あらゆる命令を遂行する上でいくつかの“原則”が設定されている。生命体としての”本能”に相当する、絶対的なルールがプログラムされるようになっている。

 その中の一つに生命維持の原則という項がある。

 命令や任務が遂行途中であったとしても、戦闘中など即時的な場合を除き、自らの生命存続の危機は回避して行動しなければならない。

 つまりこの場合においては、自らの生命線である電力源を確保するために行動するのが原則からすれば最適で最良であり、殆どの機体は事実そのルールに則って動いていた。


 ただ一体を除いて。


「・・・」


 国民を殲滅する、という命令をひたすら愚直に守り続ける。それも生きているかも分からない一人を殺す為だけに、自らの命の時間を削ってまで。


「・・・機械的だ」


 アンドロイドは呟いた。それはどこか自戒の念が籠っているような声色にも聞こえた。

 もはや、彼の内側で生まれていたのは執着と呼んで差し支えのない何かだった。

 だが、この執着の源泉が一体どこにあるのか、アンドロイド自身も理解できていなかった。

 そして、また任務に戻る。

 生き残りを殺す、その確固たる意志を持って──。


──今日も彼は2E出口で待っている。





最終爆撃まで二日。

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