5
「な、なにをいって・・?え?」
分からない。何も、理解できない。今、喋っているのがどっちなのかも、分からない。
「お、どうした?誰だこいつは?」
「あなた、ねえちょっと聞いてよ!」
「と、父さん・・!」
母さんに比べて老けてはいたが、面影は確かにあった。
父さんがここにいる。
「彼、レイとロイなんですって!!」
「レイとロイ・・?」
「ほら、昔飼ってた双子の・・!」
「・・・ああ!!あれか!!思い出したぞ!!」
「・・・!あ、ぁぁあ」
聞きたくない。これ以上は、聞いてはいけない。
だが、耳を塞いでも言葉は、意味は入ってきてしまう。
何かが崩れていく。壊れていく音がする。
「懐かしいなぁ。あれは良い買い物だった」
「ホントにねェ。双子にしては格安だったし、状態もすっごく良かったものね」
「ああ、お前、そう言えば泣いてなかったか?回収される時」
「そうそう!流石に愛着が湧いちゃってねー。家族みたいに思ってたもの!」
「俺も口惜しかったのを覚えてるよ。今飼ってる奴と同じくらい居たんじゃないか?」
「ええ!!今の子も捨てがたいわ・・。とってもチャーミングだもの!足がないところとか!」
「・・・っ、ぉぇぇぇえ」
吐き気がすごい。立っていられない。堪らずその場に
「あら、大丈夫かしら。この子、何か鳴いてるけど」
「さあ?とりあえず、回収員に連絡しようか」
「ええ、それがいいわ」
「・・っ!!やめ、ろっ・・!」
父さんが起動したガジェットを強制的に停止させる。
まずい、と思った時には遅かった。神経系に接続しているガジェットを強制終了させるということは、脳機能も同時に停止させる可能性がある。
「がっ・・!!」
火花が散って、父さんの身体がビクッと跳ねる。
「あ、あなた・・?」
「はぁ・・っ!!はぁ・・っ!!」
彫刻のように固まったまま動かない。硬直した姿勢のまま、ゆっくりと地面に倒れていく。
ドッ、と頭を地面に打ちつける鈍い音がして、ゆっくりと赤いものが滲んでいく。
「き、キャアアアアア!!あなた!!あなたぁぁ!!」
女の叫び声がターミナル中に響く。僕たちに注目が注がれる。
「誰か!!誰かこいつを捕まえて!!こいつは害獣よ!!人に危害を加えたわ!!!」
「・・・ぁあぁああああ!!!黙れ黙れだまれっ!!!」
目の前で何かを言っている女をひたすら殴りつける。
石を叩くような音は、やがて濡れたタオルを絞るような水っぽい音に変わっていった。
「ああっ・・!!あああっ・・!!」
何も、残らなかった。
時間も、家族も、全てを失った。
僕も、俺も、本当に空っぽになってしまった。
──ダンッ。
「・・っは!!」
熱い。鋭い感覚が右肩を焼く。
バランスを崩して、地面にひれ伏す。
何だ?何が起きた?
混乱する頭、だが、情報は勝手に脳内を侵食する。
──こちらアルファ。対象の右肩にヒット。繰り返す。右肩にヒット。
──アルファ、了解。殺すなよ。局長自ら手を下したいそうだ。
──全く、困った人だ。
──だが、あの人のおかげで執行局が今の地位を得ているのも事実だ。オーダーは厳守するように。
──了解した。手足の自由だけを奪う。
「はあ・・っ!!はあ・・っ!!」
撃たれた?撃たれたのか・・?
それに執行局だって・・?嬉々として人を殺す異常者の集団じゃないか。
「・・・に、にげなきゃ」
痛む右肩を押さえて、立ち上がる。
──おい、立ったぞ。逃がすなよ。
──勿論。
無線が耳に飛び込んでくる。引き金を絞る音さえも聞こえてきそうだ。
やばい、やばいやばい。
死ぬ、死んでしまう。
「しに・・っ、たくないっ!!」
最後の力を振り絞って走る。
──おい!!やめろ!撃つな!!撃つな!!
──!!
「!!」
無線に新しい声が割って入る。
──被験者を撃つなんて・・!何を考えてるんだ!!
──チッ!警備兵風情が。黙ってみていろ。
「ハアッ・・!ハアッ・・!警備兵・・・?」
走りながら、ちらりと後ろを見る。
見覚えのある制服。あれは俺が捕らえられていた収容所の兵士だ。
あんな奴らに助けられるとは。
「はあっ・・!ハァッ・・!僕としたことが・・!」
息も絶え絶えに走る。
「!!」
数十メートル先、空いている扉を見つける。
あらかじめダウンロードしておいたターミナルの構造図を確認する。
あの扉の先は──。
「機関室・・!」
落ちたら助かる保証はない。ただ、止まるわけにはいかない。
「・・・よしっ」
ピッチを上げる。覚悟は決まった。あとは運に身を任せるだけだ。
──おい、奴は何をする気だ。
──まさか・・!!身を投げるつもりだ!!止めろ!!止めろぉぉ!!
「・・・へへっ。ざまあみろ」
焦燥に満ちた無線を背に、暗闇へと飛び込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・
「ここから飛び降りたのか」
「はい、現在捜索中です」
「・・・そうか、ご苦労だった」
老人がそう言うと、秘書然とした男は一礼してどこかへ消えた。
「・・・」
大口を開けた奈落の暗闇を覗き込む。吹き上げる冷たい風が頬を切り、背筋を悪寒が走る。
この国の黒を映したような、そんな空恐ろしさがあった。
「・・・深淵を覗く時、か」
そう、なればきっと、これは自分自身の心の写し鏡でもあるのだろう。
ドス黒いヘドロのような精神が、ここには溜まっている。
──仮に悪魔がいるとしたら、我々の魂を欲しがるだろうか。
咎人の罪深いカルマを欲しがるのだろうか。
いや、仮に魂を求められたとしても、彼らに渡す分はもうないのだ。
なぜなら我々はもう既に、この悪魔のような所業に魂を捧げてしまっているのだから。
「“統合”が始まる。もう、手遅れだ」
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